第112話 絶叫

「晴翔さん、次どれ行きたいっすか?」


「六花は乗りたいやつあるのか?」


「大観覧車っすね!」


「あー、あれか。じゃあ乗るか?」


「晴翔さん、ムードもへったくれもないっす!もう少し考えて欲しいっす!」


「お、おう?悪かったよ」


「むぅ、もう少し暗くなってから乗るっす」


乗る時間が決まってるなら始めから教えてくれよ。それにしてもムードか、難しいな。


「とりあえず、あれ乗るっすよ」


そう言って、六花が指差すのは遊園地の定番ジェットコースターだった。


「ジェットコースターか、いいな。やっぱり遊園地に来たら乗らないとな」


「やっぱり、そうっすよね!テンション上がっちゃいますよね!?」


さっきまでそう言っていたのだが、いざ列に並ぶと様子がおかしい。


「は、晴翔さん、た、たた、楽しみっすね」


「お前、もしかして絶叫系苦手なんじゃ」


「そそそ、そんなわけないじゃないっすか!?やだなぁ晴翔さんはー」


「じゃあ少し離れてくれないか、暑い」


「嫌っす!離れたら怖いじゃないっすか!?」


「やっぱり怖いんじゃん」


その後も、俺から全く離れる気配のない六花。流石に抱きつかれてると暑いな。


俺は六花を身体から引き離すと、しっかりと手を握る。


「これで大丈夫だろ?」


「むぅ、じゃあ、これで大丈夫っす」


六花は、繋いだ手を握りなおす。所謂ところの恋人繋ぎというやつだ。


決して、おれと六花はそういう関係ではないのだが、何故かドキドキする。今日の六花は服装もそうだが、所々で女の子っぽさを感じる。


いつもの男の子っぽさとのギャップのせいだろうか?


俺達の順番になる頃には、六花の膝がガクガクと笑い出した。こいつ、本当に大丈夫なんだろうか。


「はい、では順番にお乗りくださーい」


「ほら、六花」


「は、はいっす」


ジェットコースターに乗り込んでからも、六花が俺の手を離すことはなく、それはジェットコースターが動き始めてからも変わらなかった。


徐々にジェットコースターが、登っていき頂点までくると握る手に力が入る。


「は、晴翔さん」


「どうした?」


「こ、これは、あれですか!?遺言とか残した方がいいっすか!?」


「いやいらないよ。てか、もしかしてジェットコースター初めて?」


「ば、バレました?」


「六花、とりあえず叫んでおけばすぐ終わるから」


「えっ?それってどういう・・・えっ!?ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」


結局、それから六花は叫びっぱなしだった。多分、六花が一番楽しんだじゃないだろうか?


「晴翔さん、ちょっと休憩するっす」


「まぁ、そうだよな」


ジェットコースターから降りて、六花は産まれたての子羊のようになっている。これはこれで可愛いが、可哀想なのでベンチに座らせて休ませることにした。


「何か飲み物買ってくるよ、何がいい?」


「あ、私コーラでお願いするっす」


「コーラ?まぁいいけど。ちょっと待ってな」


「はいっす」


俺は六花を残して、飲み物を買いに行くことにした。ここからだと、自販機より売店の方が近いな。俺は、売店の列に並ぶことにした。


それにしても、六花がコーラとは珍しいこともあるもんだ。六花はいつもミネラルウォーターかスポーツドリンクしか飲まない。


「炭酸を飲めるようになったのか。大人になったなぁ」


「失礼なこと言ってるっすね」


「うおっ!?なんで居るんだよ!?」


「いや、その、離れたくなくて。ついて来ちゃったっす」


そう言って、裾をちょこんと掴む六花。暑さのせいか、六花の頬はほんのり赤く色づいていた。


「そっか、じゃあ、一緒に並ぶか」


「はいっす!」


「それにしても、六花がコーラって珍しいな。どうしたんだ?」


「そうっすね。炭酸なんて小学校以来かもっす」


「そんなに!?じゃあなんでいきなり炭酸飲み始めたんだ?」


「それが、炭酸飲料のCMが決まったんすよ。でも、僕が炭酸飲まないなんて知れたら大変じゃないっすか。だから飲んでるところをSNSにアップしようかと思いまして」


「なるほどね。そういえば、俺も今度CM入るって言ってたな」


「そうなんすね。じゃあここは私が奢るっすよ。晴翔さんへのお祝いっす」


「そうか?じゃあ遠慮なく」


飲み物代くらいなら、大した金額じゃないしな。負担にはならないだろう。


「あ、あれは!?」


「どうした?」


「晴翔さん、僕が買ってくるので、席を取って置いて下さいっす」


「お、おう。じゃあ頼んだぞ?」


「お任せくださいっす!」


俺は一抹の不安を抱えながらも、注文を六花に任せて席を取りに行った。


ーーーーーーーーーー


まさか、こんな素晴らしい物を見つけてしまうとは思わなかったっすね。


流石にカップル割などで、カップルを応援しているだけのことはあるっす。


こんな物を用意しているとは。



遡ること少し前。


僕は、初めてのジェットコースターを乗ったあと、想像以上の恐怖にまともにあるけなかったっす。


そこで、ベンチで休むことになったんすけど、晴翔さんはすごく紳士で優しいっすね。こんな僕に飲み物を買いに行ってくれるなんて。


初めは、単純に嬉しくって、遠ざかる晴翔さんの背中を見送ったっすけど、それも最初だけだったっす。


だって、1人で歩く晴翔さんを周りの女性達が放っておかないから。


僕は心配になって、後をついていくと、やっぱり話しかけようと近づく女性達が居た。むぅ、今日の晴翔さんは、僕だけの晴翔さんなのに!



「ねぇ、話しかけてみようよ!」


「えぇ、HARU様が1人なわけないじゃん。香織さん達が居るんじゃないの?」


さすが香織さん。小学校のころから晴翔さんの近くにずっと居ただけあって、晴翔さんの最初の彼女になるなんて。流石っす。


「でも、居なそうだよ?」


「そう?じゃあ話しかけてみる?」


僕は、そんな女性達と晴翔さんの間にスッと割って入る。


「申し訳ないっすけど、今日は僕のっす」


僕は、女性達に一言残して晴翔さんの後を追った。


「今のって六花ちゃん!?」


「え、じゃあ六花ちゃんってHARU様と!?」


なんだか盛り上がってるけど、今はそれどころじゃないっす。早く追いつかないと。


僕が追いついた頃には、晴翔さんはもう列に並んでいた。なんか失礼なことを言っていたけど、まぁ許すっす。


なんで居るんだと、晴翔さんは言うけれど、そんなの離れたくないからに決まってるじゃないっすか。わかって欲しいっす、僕の気持ちを。


僕は売店の列に並び、順番を待っているとき見つけてしまったっす。アレを。


「あ、あれは!?」


「どうした?」


「晴翔さん、僕が買ってくるので、席を取って置いて下さいっす」


「お、おう。じゃあ頼んだぞ?」


「お任せくださいっす!」


僕は、ワクワクしながら順番を待つ。


そして、僕の順番になる。


「いらっしゃいませー、ご注文をどうぞ?」


「はい、これをお願いするっす!」


「はい、中身はどうなさいますか?」


「中身はコーラで」


「かしこまりました」


僕は、店員さんから飲み物を受け取ると、晴翔さんのところへ向かった。


「ふふ、可愛いわね。彼氏とデートかしら」


「あの子すごく幸せそうな顔してるね」


「私達もあれ頼もうよ」


六花は晴翔とコレを飲むことを想像し、とても素敵な笑顔を振り撒いていた。


そして、今日はハート型のストローが刺さった、2人でドリンクが飲めるカップルドリンクが馬鹿売れした。


「晴翔さん、お待たせしましたっす!」


「なにそれ?」


「一緒に飲むっす!」


六花の眩しい笑顔に、反論の余地はなく、一緒に飲むことになった。

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