第93話 開けた視界

「きょ、今日は良い天気ですね?」


「そう、でしたか?」


確か今日は曇りだったような気が。あ、もしかして、曇りが好きなのかな?


俺も、あんまり暑いのが好きじゃないから、曇りが好きだ。


「小鳥遊さんも好きなんですか(曇りが)?」


「す、すす、好き!?」


ガシャンッと持っていた、ハサミを落とす。あ、危ねぇ。そんなに変なこと聞いたかな?


「そ、そうですね、好きと言えば、好きなんですが、これは恋なのかと言えば、よくわからないところで、でもでも、凄く格好良いなぁと思ってて、だから好きです!!」


な、なに言ってるか、わかんねぇ。桃華が、少し変わった人だって言ってたけど、まさに変な人だった。


「そうなんですね、ははは」


俺が苦笑いしていると、手が止まっていることに気がついたようで、「すみませんでした!」と仕事を再開する。


「は、HARU様、髪型なんですけどぉ」


「なんですか?」


「恵美さんから、おまかせって言われてるので私の好きに切ってるんですけどぉ。HARU様は何かこだわりありますか?」


「こだわりですかぁ」


こだわりか。今までは香織が切ってくれてたし、あの髪型以外なかったからなぁ。


「そうですね、強いて言うならスポーツがしやすいように短めが良いですね」 


「短めですね」


「はい、あとは前が見易い方がいいです」


「なるほど、わかりました」


こんな適当な感じでいいのだろうか。まぁ、小鳥遊さんは凄い人みたいだから、おまかせしよう。


「そうですねー、爽やかなツーブロックでと思いましたが、前髪はあげた方がいいかもしれないですね」


どうしようかなぁ、と悩む小鳥遊さん。その姿はまさしくプロだった。第一印象は、この人で大丈夫かと思ったが、任せて良かったな。


「わかりました。じゃあ、ちゃちゃっと仕上げちゃいますね」


そういうと、小鳥遊さんの手は止めることなく動き続ける。やることが決まっているとこんなに早いんだな。


「やっぱり、凄いですね」


「いえ、仕事ですから。それにしても、どうして切ることにしたんですか?」


んー、彼女が許してくれたから、なんて言えないしなぁ。


「まぁ、心境の変化と言いますか、仕事のためと言いますか」


「仕事ですか??写真集とかまた出ないですか!?」


「写真集ですか?なんか話は出てるみたいですよ?先日のやつが結構評判良かったので」


「ホントですか!?絶対買いますから!」


「ははは、ありがとうございます」


それからまもなくカットは終わったのだが、俺が解放されることはなかった。


「んー、HARU様、ちょっと待ってて下さい」


「わ、わかりました」


それだけ言い残すと、小鳥遊さんはこの場を離れていく。どこに行くんだ?


仕切られたスペースなので、周りの状況がよくわからない。おそらくは桃華のところだと思うが。


「桃華ちゃん、HARU様って髪染めていいのかなぁ?」


「あぁ、そういえば連絡よこせって言ってた。ちょっと待ってて下さい」


桃華はスマホを取り出すと、電話をかける。


「あ、もしもし桃華です」


『もしもし、どうしたの?』


「ハル先輩の髪色なんですけど、今後の予定はどうですか?」


『あぁ、結構仕事が立て続けにあるんだよねぇ。多分その都度ヘアカラーは変えるからぁ。とりあえずアッシュグレーでお願い』


「わかりました。ちなみにその仕事って、私はブッキング出来ないんですか?」


『一つは一緒に呼ばれてるけど、あとは晴翔くん単体かな』


「そうですか。でも、一つでもあるなら良かったです!」


『まぁ、2人のカップリングは人気あるから、そのうち増えると思うよ。頑張って。それじゃよろしく』


「はーい。若葉さん、アッシュグレーだって」


「はいはーい」


確認が終わると、再び晴翔の元へと戻る若葉。


「お待たせしましたー。HARU様、ヘアカラーなんですけど、恵美さんの指示でアッシュグレーに決まりました」


「えっ、髪染めるんですか!?」


「はい、仕事で染めるみたいなので、あらかじめ染めといて欲しいと」


「そ、そうですか」


学校は大丈夫なんだろうか?


あ、でも桃華もバッチリ染めてるけど何も言われないもんな。何か申請を出してんのかな?


後で聞いてみよう。


「じゃあお願いします」


そこから、髪を染めて、トータルで2時間以上が経過した。まさか、髪を切るだけでこんなにかかるとは思わなかった。


こんなに大変だと、前のままでもいい気がしてきちゃうな。


学校の人達は、みんなこんな苦労をしているのか。凄いな、みんな。


「HARU様」


「ん?どうしました?」


真剣な面持ちでこちらをみる小鳥遊さん。いったいどうしたのだろうか?


「写真を、撮ってもいいですか!?」


「え、い、いいですけど」


「ありがとうございましゅ!」


あっ、噛んだ。しかし、小鳥遊さんはそんなことお構いなしに写真を撮っていく。


てっきり、一枚だけだと思っていたが、色んな角度から何枚も撮られた。しかも、一眼レフで。


「ふー、堪能したぁ。あっ、これは決してプライベート用ではありませんから!あくまで仕事用ですからね!」


必死に手を動かしながら、仕事用だと言う小鳥遊さんは本当に子供にしか見えなかった。


俺は、微笑ましくなり自然と笑みが溢れた。


「小鳥遊さん、可愛いですね(近所の子みたいで)」


「〜〜〜!?」


声にならない何かが聞こえたような気がしたが、それよりも小鳥遊さんが動かなくなってしまった。


「こ、これは、どうしたものか」


困った俺は、近くにいた店員さんを呼ぶことにした。


「あ、あの、すみません」


「はーい、なんですかぁ・・・って、は、HARU様!?」


なんだろう、このやりとりは。そして、この店員さんも動かなくなった。なんだ、そういう遊びなのか?


「桃華、ちょっと助けてくれ」


「はーい、今行きます!」


桃華を呼ぶと、入口付近にいたのにあっという間に奥のスペースまでやってきた。


「ひゃぁぁ、ハ、ハル先輩!!」


「ど、どうした!?」


桃華は悲鳴をあげると、スタスタと近づいてきて、両手で俺の頬を挟んだ。


「なんでこんなに格好いいんですか!?髪型変えただけなのに、動悸が。やばい、今日が私の命日か?とにかく鼻血が出そうですヤバいです!」


「いやいや、もう出てるって!」


それから、桃華の鼻血がおさまるまで待ってから、小鳥遊さんたちを起こしてもらった。


「先程は失礼しました、HARU様」


「すみませんでした!」


「いえ、大丈夫ですよ。それと、HARU様って言われるのも、くすぐったいので晴翔でいいですよ」


「「いいんですか!?」」


2人はキラキラと目を輝かせている。この反応もだいぶ慣れてきたな。なんとなく、俺も成長を感じる。


「で、では、私のことは若葉と」


「私もかえでと呼んでください!」


「わかりました、若葉さん、楓さん」


「や、やばい、いい歳して高校生にときめくなんて!」


「私も、今なら浮気する人の気持ちがわかる気がします。もう少し早く出会っていれば」


なんだか、とても個性的な美容室だな。


俺は、桃華を待たせているのでお会計を済ませると、奥で休ませてもらっていた桃華と合流する。


「桃華、もう大丈夫か?」


「も、もう少し、慣らしていいですか?」


慣らす?


俺は何を言っているんだ?と思ったが、ここは桃華の好きにさせることにした。


「まぁ、いいよ?」


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」


それから、桃華はささっと近づいたと思ったら、ちょっと手を繋いでみたり、抱きついてみたり、色々試している。


その都度、「ぐぅ!?」とか「はぅ!?」とか言っているのが気になったが、しばらくすると、いつも通りの桃華になっていた。


「はわわわ、ハル先輩やばいです!格好良いです!ささ、みんなに自慢しに行きましょう!!」


桃華は俺の腕を取ると、しっかりと抱きかかえて美容室を後にした。


「いいなー、桃華ちゃん。私もあんな彼氏欲しいー!」


「私もあんな旦那がよかったー!」


残された2人は、先程撮った晴翔の写真を見ながら、話に花を咲かせてた。


一方、美容室を後にした桃華は晴翔を世間に見せつけるようにデートを楽しんだ。


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