第92話 美容室

桃華が晴翔の為に、マネージャーに電話をしているときのこと。


「あれ?桃華から電話。珍しいわね」


『もしもし、京子さん?髪切りたいんだけど、予約とってもらえます?』


「髪って、桃華の?まだダメよ、契約残ってるから」


『えっ、あぁ、私じゃなくてハル先輩です』


「あぁ、齋藤くんね。ならいいわ」


『日時はお任せするので、はい、お願いします』


「わかったわ。齋藤くんに直接連絡するから、伝えといてもらえる?」


『わかりました』


さて、それじゃあ恵美さんに連絡して、予約取ってもらいましょう。あの子腕はいいんだけど、気分屋だから困るのよねぇ。


「あ、もしもし恵美さん?」


『どうしました、京子さん?』


「桃華から連絡があったんだけど、齋藤くんが髪を切るらしくって、あの子にお願いできないかって」


『晴翔くんが、髪を!?本当ですか!?』


「うん、どうやらそうみたいよ。それで、あの子のところに連絡入れてもらえないかしら?」


『晴翔くんが髪をねぇ。わかりました、こちらの担当なので、私の方でやっておきます』


「ありがとう、助かるわ」


よし、これで大丈夫ね。さて、私は桃華の方をちゃっちゃとまとめないと。


ーーーーーーーーーー


さて、早速予約を取るとしますか。


私は、早速電話をかけることにした。あの子は気分屋だから受けてくれるといいんだけど。


『はーい、小鳥遊たかなしでーす』


「あっ、若葉わかばちゃん?安藤です。今大丈夫?」


『・・・ただいま留守にしておりーー』


「もう遅いって!」


『はい、なんですか恵美さん?仕事ですか?』


「そう、お仕事。うちの事務所の子なんだけど、髪を切ってくれないかしら?」


『えぇ、その辺の美容院でよくないですかー?私、気に入った子しか切らないんですよねー」


「うん、それは知ってるけど、たぶん気に入ると思うよ?それに、桃華ちゃんが連れていくから」


『桃華ちゃん来るの!?だったら頑張る!絶対連れてきてよね!?明後日ね、よろしく!』


「あ、ちょっと!?」


あいつ、切りやがったよ。はぁ、仕方ない。


私はそれから京子さんに連絡をとり、桃華のスケジュールを確保してもらい、晴翔くんのスケジュールも確保した。


さて、あとは晴翔くんに連絡すれば終わり。それにしても、晴翔くんが髪を切るなんて、香織ちゃんがよく許したわねぇ。


『はい、齋藤です』


「もしもし、晴翔くん。ついに髪切るんだって!?」


『もう聞いたんですか?』


「もちろんだよ。君のマネージャーだからね。それよりも、一応予約は取れたんだけど、明後日のお昼でもいいかな?」


『はい、構いませんよ。学校が始まる前に切れるなら』


「オッケー、じゃあそれで伝えとくね。場所は桃華ちゃんと一緒に行ってもらえる?」


『わかりました。ありがとうございます』


よし、これで大丈夫ね。それにしても、晴翔くんが髪を切るのかぁ。格好良いんだろうなぁ。ちょっと楽しみだなぁ。


ーーーーーーーーーー


「店長ー、たまには仕事したらどうですか?」


「んー?やだー」


「もうそればっかりじゃないですか」


それは、仕方ない。だって、仕事したくないんだもん。私は可愛い子か格好いい人しか髪切りたくないの。


「あぁ、桃華ちゃん早く来ないかなぁ?」


「桃華ちゃんは、先月来たばっかりだから、まだ来ないですよ」


「ふふふ、甘いわね。実は桃華ちゃんが今日来ることになってるのよ」


「そうなんですか?良かったじゃないですか。じゃあ気合い入れて仕事しましょう!」


「ううん、疲れるから桃華ちゃん来るまで休んでるー」


「店長って、本当に変わってますよね。何とかと天才は紙一重って言いますけど、本当なんですね」


「うっさいわねぇ。とにかく、可愛い声か格好良い人しかきりたくないのー」


私は、気分が乗らないので裏に下がろうとした時、待ちに待った瞬間が訪れた。


「すみませーん、若葉さんいますかー?」


んっ?この声は、桃華ちゃん!?


私はすぐに入口まで向かった。あっ、やっぱり桃華ちゃんだ!


私はいつも通り飛びつこうと思ったが、桃華ちゃんほ隣の男性と腕を組んでいた。


もしかして、今日の依頼ってこの人?


髪は伸び放題で、明らかに陰キャ臭がする。こんなやつと桃華ちゃんじゃ釣り合わないわ!!


「桃華ちゃん、いらっしゃいー。もしかして、今日はそっちの人かなー?」


「そうです、高校の先輩なんですけど。よろしくお願いします」


ぐっ!?


桃華ちゃんにお願いされては仕方ない。嫌だけど、切るしかないかぁ。私は、乗り気ではないが、テキトーに切って早く桃華ちゃんと遊ぶことにした。


ーーーーーーーーーー


「ハル先輩、行きましょう!」


「今日はやけにテンション高いな」


今日は、桃華の紹介で髪を切りに行くことになっている。なんでも、うちの事務所が専属でお願いしている人のようだ。


専属と言っても、今までタレントは桃華だけだったんだけど。今は俺と六花が入って3人になっている。


「だって、ハル先輩とデートですよー!?テンションぶち上がりですよ!!」


やったー♪とピョンピョン跳ねている桃華。デートが相当嬉しいらしい。


「だって、髪を切った先輩との初デートが出来るんですよ??嬉しすぎて、今から鼻血が出そうです」


「お、落ち着け!」


俺は、桃華の案内で例の美容室へ向かうことにした。これからお世話になる小鳥遊若葉さんはテレビで度々特集が組まれるほど、人気な方らしい。


桃華の話では、かなりの変わり者で自分が気に入った人しか髪を切らないという。俺で大丈夫だろうか?


「ハル先輩、ここですよ!」


桃華に案内され、美容室の中へと入っていく。なんだか凄くオシャレで場違いな気がしてきた。


「すみませーん、若葉さんいますかー?」


桃華が小鳥遊さんを呼ぶと、奥でガタンッと音がしたと思ったら、バタバタと走ってくる人物がいる。


桃華よりさらに一回り小柄で、金髪のショートボブをぽわぽわさせてやってくる。


「桃華ちゃん、いらっしゃいー。もしかして、今日はそっちの人かなー?」


顔は笑っているが、空気が重い。これは、ダメそうかな?


「そうです、高校の先輩なんですけど。よろしくお願いします」


「ぐっ!?そ、そうかい、その人が」


キリッとこちらを睨み付けるように小鳥遊さんは見てくるが、小柄すぎて全然怖くはなかった。むしろ、近所の子供みたいで可愛いな。


「あんま乗らないなー。桃華ちゃんは切らないの!?」


「私はまだ切れないんですよー。契約でこの長さをキープしてるんで」


「そうだよねぇ。ガッカリ」


言葉だけでなく、見るからにガッカリしているのが伝わってくる。なんだか申し訳なくなってきたな。


「若葉さん、大丈夫ですよ。ハル先輩の髪を切って見ればわかります。きっとやる気が出ますよ」


「・・・ホントに?」


「本当です。あっ、でも気に入ったからって、あげませんよ?ハル先輩は私のなんで」


「ははは、面白いこと言うね。ないない、私は面食いだからね」


「そうですかぁ、もったいない。じゃあ、お願いしますね。私はそこで雑誌読んでるので」


「はいはいー。じゃあ君、こっちきて」


「は、はい」


俺は案内され、奥の軽く区切られたスペースへ移動する。


「ここは私専用のスペースだから気にしないでねー。じゃあ、そこに座ってー」


俺は言われるがまま椅子に座る。


「さて、じゃあ切っていきますかー」


小鳥遊さんは、スプレーで軽く髪を濡らすとチョキチョキと軽快に切っていく。


切りながら、小鳥遊さんはブツブツと独り言を言っている。


『あー早く桃華ちゃん堪能したいなー』


とか


『お腹すいたなー』


とか


とにかく自由な人だった。


「じゃあ前の方も切っていくよー」


そう言って、前髪を切っていく。初めは軽快に切っていたのだが、だんだんと切るペースが落ちていく。


「あ、あのー、もしかして」


「なんですか?」


なんだかさっきと雰囲気が少し変わった気がする。物腰が若干やわらかくなった?


「は、HARU様、ですか?」


「そうですけど」


「ひゃあぁぁぁ!?」


小鳥遊さんは、大声をあげながらどこかへ行ってしまった。


「も、もも、桃華ちゃん!?」


「あ、やっと気付きましたー?」


「あれHARU様じゃん!?なんで言ってくんないのさぁ!?」


「あれ?言いませんでしたっけ?」


「言ってないよ!?私がファンなの知ってるでしょ!?第一印象最悪だよー!!」


「まぁまぁ、この後デートなんで、早く格好良くして下さい♡」


「お、おのれぇ、覚えてろぉ」


それから、何事も無かったように小鳥遊さんは戻ってきて、作業を再開した。

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