第89話 今後の話

コンッ、コンッ


・・・。


「晴翔くん、入りますよ?」


ガチャ


「晴翔くん、朝です。起きてください?」


美涼の声かけに、全く反応しない晴翔。昨日は、寝るのが遅くなったためか、比較的朝に強い晴翔だが、完全に寝坊した。


「これは、少しくらい味見してもいいと言う、神からの思し召しか?」


美涼がそっと晴翔に近づくと、背後から声がかかる。


「そんなわけないでしょ。貴女いつもこんなことしてるの?」


「お嬢様でしたか。しかし、こんなこととは?」


美涼は澪に質問するが、澪は呆れてものも言えない。


「男性のお布団に頭を突っ込んでる人が、まともに見えるわけないでしょ?早く出て来なさい」


澪の声かけに、渋々出て来た美涼。しかし、本人は納得がいかないようで、不貞腐れている。


「何か言いたいなら聞いてあげるわよ?」


「なら言いますけど、晴翔くんの寝不足は完全にお嬢様のナニのせいですよ!」


左手を腰にあて、右手の人差し指をビシッと澪に向けて言い放つが、澪はピンと来てないようだった。


「ナニってなによ?」


「そりゃあ、お嬢様が昨夜やってた一人オオカーーー」


そこまで言うと、澪は理解したのか美涼の口を手で覆う。


「な、なな、なんで知ってるの!?」


「いや、あれだけ大声でやれば誰でも気づきますよ?幸い、気づいたのは近くにいた私と晴翔くんくらいでしょうが。場所と音量には気をつけてくださいね?あと、消臭」


「〜〜〜〜!!もっと早く教えなさいよ!」


顔を真っ赤にして、美涼をポカポカ叩く澪。恥ずかしくて仕方ないようだ。


「申し訳ありません。ですが、一人の時は声かけられると恥ずかしいですよ?声かけて良いんですか?」


「・・・ごめんなさい。やっぱり、自分で気をつけるわ」


「わかってもらえてよかったです。では、私は朝食の支度をしますので、晴翔くんを起こしてリビングへお願いします」


「わかったわ」


澪は、晴翔に近づくと声をかける。


「晴翔様、朝ですよ?起きてください」


しかし、まだ眠りについてから1時間ほどの晴翔にとって、澪の優しい声かけはむしろ心地よい眠りへと誘った。


「起きませんね。ここは、布団を剥ぐしかありませんね」


澪は勢いよく布団を剥がすが、勢いあまりバランスを崩してしまう。


「あわわわ!?」


ドンっ!


澪はバランスを崩した結果、晴翔の上へ覆いかぶさるように、見事に着地した。


「澪、おはよう」


「お、おは、おはようございましゅ!」


あ、噛んだ。澪は普段の生徒会長のイメージが強く、なんでも完璧にこなすイメージが強いのだが、たまにこういうドジっ子が顔を出す。みんなが知らないであろう一面を見れることは嬉しい限りだ。


「澪は今日も可愛いね」


俺は澪の頭をポンポンと軽く叩くように撫でる。


「ひゃあぁぁ!?」


急な晴翔のデレと、頭ポンポンによって、澪の許容範囲を一気に振り切った。


「もう朝か。それにしても、なんで俺の家に澪が・・・。はっ!?」


俺はポンポンしていた手を止めて、勢いよく起き上がる。


「ご、ごめん!」


「い、いえ、べべ、別に大丈夫ですよ?わわわ私の方がお、お姉さんですからね。このくらいなんともありませんよ?」


そう言うと、澪はすくっと立ち上がると「行きますよ」と言ってリビングへと向かってしまった。


俺は急いでベットから降りると、澪の後を追った。


ーーーーーーーーーー


「おはようございます、晴翔くん」


「おはようございます、美涼さん」


こちらを見てニコニコしている美涼さん。何か言いたげな表情だ。なんだか嫌な予感がする。


「ちゃんと消臭出来てましたね」


「・・・その節はどうも」


まぁ、確かに消臭は大事。あれに関しては素直に礼を言おう。


「なんで消臭するんですか?」


「お嬢様、後で教えて差し上げますので、今は朝食に致しましょう。顕彰様も、お待ちですので」


「お爺さまが?ならば、早くしなくてはいけませんね。晴翔様、ご飯に致しましょう」


俺達は朝食をささっと済ませると、お爺さんの待つ部屋へと向かった。


「おはようございます、お爺さま」


「おぉ、おはよう澪、それと晴翔も来たか」


「おはようございます」


俺達は挨拶を済ませると、促されるままソファに腰掛ける。


「早速じゃが、本題に入るとしよう。昨日も途中まで話したが、お前の進路についてじゃ」


「はい」


「まぁ、最終的なところは両親とちゃんと話して決めることになるじゃろうが、一つの案として、会社の手伝いをしてくれるなら大学進学も視野に入れてほしいかの」


不知火グループの社員には、高卒の社員もかなりいるが、どうしても上の方の社員は皆大学卒で固まっている。


もし、経営に関わってくるなら、せめてどの大学でも良いので大卒の経歴が欲しいとのこと。


「別に、澪と結婚したからと言って、無理に手伝うこともない。その場合は大学の話も忘れてほしい」


「私は一応都内の大学に進学予定ではありますが、晴翔様は無理する必要はありませんわ」


んー、大学については今までずっと考えていたことだ。今年は急に仕事が見つかり、なんとなく将来の展望が見えたところだった。


将来の選択肢が広がったと思えば、嬉しいことだ。それが、恋人との将来であれば尚のこと。


「とりあえず、大学に関しては芸能活動をする前から考えていたので、準備は出来てますが、少し考えさせて下さい」


「うむ、それがいいじゃろう」


「そうですね。ゆっくり考えて下さい、晴翔様」


「さて、今後のことはまた話すとして、先日のパーティーでいちゃもんをつけて来た奴らが居ただろう?覚えておるか?」


西園寺日向、澪と同じクラスの先輩だ。学校でも度々澪にアプローチをかけて来ていたからよく覚えている。


「はい、西園寺ですよね」


「そうじゃ。連中がお前さんの身辺を嗅ぎ回っておるから、少し用心した方がいいじゃろう」


「どういうことですか?」


「うむ。パーティーのあと葛西が皆を送っていったじゃろう?あの時につけられていたようじゃな。お前さんと、彼女らの家を嗅ぎ回っておった」


「えっ、そうなんですか!?」


まさか、そんなことになっているとは。俺が驚いていると、美涼さんが捕捉してくれる。


「昨日晴翔くんの家に行った時、見覚えのある人物が何人か居ました。パーティーに参加していた人なのでよく覚えています。西園寺側の派閥が協力しているようですね」


「葛西の言う通りじゃな。昨日調べさせたが、やはり西園寺とその取り巻きで間違いない。敵に回しても痛くも痒くもないが、小蝿が飛んでいては目障りだ」


西園寺グループも日本で屈指の財閥なのだが、それが敵対しても大丈夫とは、不知火グループの恐ろしさを垣間見た気がした。


「大人の方はこちらでなんとかするが、あの西園寺の小僧に関しては、お前さんに任せる。いいな、晴翔よ」


「は、はい」


「まぁ、澪の相手になる器ではないが、お前にちょっかいを出してくるだろうから注意するんじゃぞ?」


また、面倒くさい奴に目をつけられてしまった。俺の平穏な学園生活はどこへ行ってしまったのか。


うなだれる俺を見て心配したのか、澪は俺の頭を撫で始める。


「大丈夫ですよ。何も心配いりませんからね、晴翔様。よしよし」


「澪、な、なんだか恥ずかしいし、お爺さん怖いからやめてくれ」


俺の目の前には、鬼の形相で睨みつけてくるお爺さんがいた。


その後、澪と美涼さんにお爺さんをなんとか宥めてもらい、俺は明日に備えて家に帰ることにした。


なんと明日は登校日だ。


はぁ、行きたくねぇ。


ーーーーーーーーーー


「ハルくーん、おはよう!」


「おはよう、香織。お前は朝から元気だよなぁ。登校日なのに、なんでそんなにテンション高いんだ?」


「だって、ハルくんに会えるんだもん!テンションぶちアゲだよぉ!」


俺は、朝からテンションの高すぎる香織と合流すると学校へ向かう。


「晴翔、香織、おはよう」


「おはよう、綾乃。お前は普通で助かったよ」


「おはよう、綾乃ちゃん!」


「お、おはよう。今日は圧が強いね、香織」


「うふふ、学校楽しいからねぇ」


「なるほど、晴翔の気持ちがわかったよ」


良かった、ここに理解者がいた。俺は、仲間を一人増やし学校へと向かった。


ーーーーーーーーーー


俺達が学校へ向かうと、夏休み前とは違った視線を感じた。


『おい、来たぞ』


『本当にあれがそうなのか?』


『でもでも、バスケとか凄かったし、もしかしたら本当かも』


『ちょっと話しかけてみる?』


なんだかこちらを見てヒソヒソと話している。別にいつものことだから良いが、それにしても今日はめっちゃ見てくるな。


クラスに行くと、騒がしかった教室も一瞬のうちに静まり返る。


「あっ、齋藤くんだ」


「やっほー」


そんな中、南さんと鳥居さんだけは、何事もなかったように話しかけてくる。


「おはよう、鳥居さん、南さん」


「朝から辛気臭い顔してんねぇ、どうしたの?」


「いや、皆んなの視線がさ、ちょっと」


「あぁ、仕方ないよ。皆んな、齋藤くんの顔を見たくて仕方ないんだよ」


「えっ?」


ほら、といって鳥居さんがスマホを見せてくれたのだが、そこには例の掲示板が。


そこには、パーティーの帰りに美涼さんの車から降りる俺と香織の写真があった。それに、バッチリ家も写っている。


なるほど。これのせいで、俺のことを確認したがっているのか。面倒くさいことになったな。


「ハルくん、今日時間ある?」


学校に着いてから、今まで黙って見ていた香織が、やっと口を開いた。


「あるけど、どうした?」


「じゃあさ、美容室に行こう」


「・・・は?」













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