第86話 俺の部屋

「晴翔様、大丈夫ですか?」


「う、うん。なんとか」


俺はこの日、澪と正式に婚約することになり、無事に?不知火家のパーティーを切り抜けることが出来た。


「大丈夫ですよ、皆さん良い人達ですから。一緒にお呼ばれしましょう」


「そ、そうだね」


俺達は、あのあと奥様方に囲まれ大変だった。馴れ初めなど、色々聞きたいようで、今度食事に誘われることになった。


今回助けてくれたお礼や会社絡みのことでお断りするのは難しい。ここは、我慢して行くしかない。


「さて、そろそろみんなのところへ戻るか。先に戻ってるよ」


「わかりました。私もすぐに向かいます」


俺が澪の控え室から出ると、廊下には彼女達が待っていた。


「もういいの?ハルくん」


「あぁ、とりあえずエントランスに向かおう」


俺達はエントランスで澪を待つことにした。


「それにしても、晴翔の人気は凄まじいね」


「確かに。ハル先輩ならいつか日本中の女性を虜にしそうです!」


「晴翔くんならあり得ますね」


「いやいや、ないから。それより、美涼さんは澪のところに居なくていいんですか?」


前は澪のところから離れることはなかったのに、最近ではずっとこっちのグループにいる気がする。


「そうですね。本当ならお嬢様のところへ行くべきなのですが、これもお嬢様の為ですからね」


「そうなんですか?」


「はい。皆さんの関係性がどの程度なのか、常に知っておかなければなりませんから」


「それって、必要なの?」


俺は正直いらなくね?と思ってそう言ったのだが、予想外に反論をくらった。


「ハルくん、それはとても重要なことだよ」


「そうだぞ。この世は情報が全て」


「そうです!」


「そ、そうか。悪かったよ」


予想以上に大事なことだったようだ。それにしても、俺達の関係性は彼女、または婚約者というところだ。


俺は、少し香織には甘いと自覚しているが、基本的には平等に接しているはず。心配しなくても大丈夫なのだが。


「晴翔様、お待たせしました」


「早かったね。あれ、お爺さんは?」


「お爺さまは会社に寄ってから帰るそうなので、先に帰るようにと」


「それじゃあ、帰りますか」


俺達は、美涼さんにそれぞれの家に送ってもらった。最初は澪に引き止められたのだが、流石にこの格好で遊びに行くのも面倒なので、今日は帰ることにした。


別れ際、なんだかすごく寂しそうな顔をしていたので申し訳なく思い、明日澪の家に行くことにした。


流石に今日は疲れたので、すぐにお風呂に入ると、俺は早めに就寝することにした。


一方その頃。


晴翔達が無事に家に辿り着き、澪と美涼さんが自宅に戻っている車内での出来事。


「はぁ、晴翔様が帰ってしまいました」


「そりゃそうですよ。晴翔くんは初めての場ですし、疲れたでしょう」


「そうですよね。はぁ」


ため息が止まらない澪が、なんとなく気にかかる美涼は理由を訊ねてみる。


「お嬢様、どうかしたんですか?」


「いや、その、私達って婚約した訳じゃないですか?」


「そうですね。おめでとうございます」


「そうよね。ありがとう。でも、だったらその日はあれじゃないの?」


「ん?あれとは?」


美涼はいまいち澪の意図がわからない。そして、澪ももじもじとしていて、煮え切らない態度である。


「その、婚約したら、しょ、初夜を共にするんじゃないの?」


「ぶーーー!!!」


「か、葛西、危ないわよ!?ちゃんと運転して!?」


澪のトンチンカンの発言に、美涼は危うく事故を起こすところだった。


「お、お嬢様、そのこと誰かに言いましたか?」


「い、言える訳ないじゃない!?」


「よかったぁ」


美涼は、心からホッとした。自分のお仕えする主人がこんなお花畑だと知られる訳にはいかない。


「お嬢様、帰ったらちゃんと一から説明しますが、お嬢様の言う初夜は婚約ではなく結婚後のことです」


「えっ、そ、そうなの!?」


どうやら、澪の元気がなかったのは、今日は晴翔と2人で過ごすと思っていたからだったようだ。


その後、帰宅してから美涼による、初夜を含めた性に関する授業が開催された。


「葛西、やっぱり貴女も大人なのね。見直したわ」


「いえ、これくらいでよければいつでもお教えします」


顕彰の過保護により、超箱入り娘に育てられた澪の性に関する知識は、偏りがすごかった。大事な部分は、今日美涼に聞いて初めてやり方を知った。


そして、そんなことを教えてくれる美涼は、すでに経験済みの大人だと、澪は解釈する。


『すごいわ。流石ね、葛西!』


『いや、私も処女おとめなんだけど』


美涼は、話がこじれるのが面倒なので澪に真実を話すことはしなかった。


『あ、そうだ。いっそのこと晴翔くんにもらってもらおうかな』


「葛西。今、なんか良からぬことを考えなかった?」


「い、いえ、なんでもありません」


こうして、今日の授業は終了した。


ーーーーーーーーーー


澪と婚約をした翌日。


俺は約束通り不知火家に向かっていた。


「美涼さん、いつもすみません」


「別にいいんですよ。私も好きでやってるんですから」


俺はいつも通り、美涼さんに送ってもらっていた。なんだかいつも申し訳ない。


「流石に、一方的に良くしてもらうのは気が引けるので、何かお礼をしたいんですが」


「別に構わないのですが。あっ、では今度私の買い物に付き合ってください」


「そんなことで良いんですか?」


「はい、お願いします」


「わかりました。買い物ですね。行く時は連絡してください」


俺は美涼さんと約束を交わすと、あることを思い出したため、聞いてみることにした。


「そういえば、澪は昨日大丈夫でした?元気がなかったですけど」


「ぶふぉぉあ!?」


「あ、危ないですよ!?」


「す、すみません。私としたことが、二日連続でこんな失態を。そ、それより、お嬢様は大丈夫ですので、昨日のことは忘れてください。お願いします。本当に」


「わ、わかりました」


そこまで言われると、余計に気になるが、お願いされた以上は、ちゃんと守ろう。


俺が不知火家に着いた時には、敷地の入口で澪が待ってくれていた。


「あっ、晴翔様。おはようございます」


「澪、おはよう」


挨拶を交わす澪の左手には、昨日の指輪がはめられていた。


「指輪、してくれてるんだね」


「はい、もちろんです。晴翔様に頂いた物ですから。肌身離さず持っています」


「ありがとう」


俺は、澪の言葉が無性に嬉しくて、澪の頬にキスをする。


「くすぐったいです」


そう言って微笑む澪。今度は澪の方からキスをしてくれた。


「うぅん、晴翔様とのキスは癖になりますね。変な気分になってしまいます。これも葛西のせいですね」


頬をほんのり赤くする澪。咳払いをすると、先頭を歩いて屋敷へと向かう。


『美涼さん、昨日なんかあったんですか?美涼さんのせいで、なんとかって言ってましたよ?」


『昨日は、ちょっと一緒に勉強したのですよ。お嬢様の苦手な分野だったので新鮮だったのでしょう』


『そうなんですか』


澪の苦手な勉強というのが、想像つかないが、仕事の話なんだろうか?


そういえば、お爺さんが後で今後の話がしたいって言ってたな。後で顔を出すとするか。


ーーーーーーーーーー


「晴翔様、こちらにどうぞ」


澪に案内された部屋は、今まで来たことのない部屋だった。


大きさは12畳くらいだろうか?


フローリングの部屋で、ベッド、机など一色揃っている。なんとなく、俺の好みに近い。


「ここは、今日から晴翔様のお部屋ですよ」


「えっ、俺の部屋!?」


「そうですよ?せっかく婚約したのですし、これからはその、お、お泊まりとか、しても、いいんですよ?」


「い、いやいや!流石に悪いって!」


「で、でしたら、もう少し大きい部屋で、私と一緒に、ね、寝ます、か?」


ぼふんっと一気に澪の顔は真っ赤になり、澪は部屋を出て行ってしまった。


「あれは、反則だろぉ」


俺はとりあえず、澪が戻ってくるまで部屋の中を探索することにした。


「マジか。服から下着まで全部揃ってる。しかもサイズピッタリ」


「その辺は抜かりありません。ちゃんと調べましたので」


「いつもどうやって調べてるんですか?」


「ひ・み・つ」


「どうせ母さんですよね」


「なんだ、わかってるじゃないですか」


まぁだいたい想像はついていた。なんだか母さんが楽しそうに電話をしていることが増えたからな。


そんなことを考えながら、俺は何気なく机の引き出しをあける。


ガラ


バタンッ!!


俺は少し開けたところで、中の物に気づいて急いで閉めた。


俺が美涼さんの方をみると、美涼さんは誇らしげに、親指を立ててウインクをする。


「いやいや、なんでこんなにいっぱい入ってんの!?」


「だって、思春期の男の子ですし、避妊はして下さいね?」


「でも、こんなに要らないでしょ!?」


ぱっと見だけでも、10箱は入っていたアレ。俺がこんなに使うように見えるのか!?


「安心してください。私も手伝いますよ?」


「いやいや、美涼さんはダメでしょ!?」


「ちぇっ」


本当にこの人と居ると、ペースを乱される。リアクションするのも体力がいる。


そんな時、ふと入口をみると澪が立っていた。


「あ、澪、おかえり」


「た、ただいまです。とりあえず、座りましょう」


「そうだね」


俺達はベッドに腰掛けると、美涼さんは飲み物を取りに部屋から出ていく。


「晴翔様、あの」


「なに?」


「葛西から聞いたのですが、お、男の子は、その、彼女と2人になるとオオカミになると聞いたのですが」


澪にしては珍しく、ソワソワしながら聞いてくる。若干目も泳いでいる。小動物みたいで可愛いな。


「晴翔様も、オオカミに、なりますか?がおぉって」


両手を前に持ってきて、ガオーとポーズをとりながら、恥ずかしそうにこちらをみる澪。


なんだこの生き物は!?俺は今、なにかを試されているのだろうか?


俺は必死に理性を保ちながら、とにかく必死に考えた。この超難問の答えを。


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