第84話 婚約

「えーっと、確か突き当たりを右に行って、一番奥の部屋だったよな」


俺は、美涼さんに教えてもらった通りに進んでいく。


ここか。


俺は、一呼吸おいてから、ドアをノックする。


コンッ、コンッ


「どうぞ?」


「失礼します」


ガチャ


「あっ、晴翔様!」


俺が部屋に入ると、澪は丁度ドレスに着替えるところだったようだが、すぐにこちらに駆け寄ってくる。


「どうされたんですか?」


「いや、澪にちょっと用があってさ。時間大丈夫?」


「はい、大丈夫ですよ」


澪は大丈夫と言ってくれたが、明らかに着替えるところだよな。それに、ドレスに着替えてからの方が、指輪も映える気がする。


「いや、着替え終わるまで待つよ」


俺は外で待つため、ドアノブに手をかけるが、澪に止められる。


「晴翔様、別に構いませんよ。ここにいて下さい。すぐに着替えますので」


「えっ、いや、外にいるよ」


「大丈夫ですから、ほら、早く」


俺は半ば強引に椅子に座らせられると、澪はドレスに着替え始める。


一応カーテンで仕切られているが、それが逆にドキドキした。


「晴翔様、着替え終わりましたよ」


カーテンから出てきた澪は、本当に綺麗だった。着慣れているのもあるのだろうが、すごく様になっている。


さすがは日本屈指の財閥、不知火グループのご令嬢だ。


「晴翔様?」


「あ、いや、ごめん。すごく綺麗だよ」


「あ、ありがとうございます」


頬を赤く染め、両手を頬に当てる澪。照れてる姿がまた、魅力的だ。


「男性に褒めてもらって嬉しいのは初めてです。本当に変じゃないですか?」


「うん、似合ってるよ」


「ふふふ、よかったです。それで、晴翔様のご用とはなんだったのですか?」


そうだった、澪の姿に見惚れていてすっかり用事を忘れていた。


「澪、俺達正式に婚約者になっただろ?」


「はい」


「それで、その証としてこれを受け取って欲しいんだ」


俺はポケットからケースを取り出すと、澪に見えるようにケースを開ける。


「えっ、こ、これ」


澪は突然のことで驚いているようだ。


「澪、好きだ。結婚を前提に付き合って欲しい」


「・・・ほ、本当に?」


澪は、間に涙を溜めてなんとか言葉を発した。


「わ、私、本当は、嫌われてるのではと心配していました」


真剣に話す澪に、俺は黙って話を聞いた。


「私が強引に婚約者のふりをお願いしましたし、その後も何かとご迷惑をかけました。嫌われても仕方ないと思っていました」


そんなことを思っていたのか。ちゃんと、俺の気持ちをもっと伝えてあげれば、こんなに苦しまずに済んだのだろうか?


「本当によろしいのですか?」


「もちろん。澪がいいんだ」


「・・・嬉しい、です。晴翔様、大好きです!」


俺は澪の左手の薬指に指輪をはめる。澪には全然見劣りする指輪だが、今は我慢してもらおう。


「そんなに、高い物じゃないんだけどね。結婚指輪の時は頑張るよ」


「いいえ、そんなの気にすることありません。晴翔様のお気持ちが嬉しいのです。私は幸せ者ですわ」


澪は、ゆっくりと近づくと俺の唇に自分の唇を重ねた。


「ん、んん、ぅん、ぷはぁ」


澪は目をとろんとさせて、こちらを見つめている。いつものキリッとした表情とは打って変わって、可愛らしい姿の澪にドキリとさせられる。


「晴翔様」


「澪」


俺達は、その後も何度か唇を重ねて、お互いの気持ちを確かめ合った。


ーーーーーーーーーー


「あっ、ハルくーん。遅いよもう」


「ごめん、ごめん」


俺が、ホールに戻ってくると香織達は相変わらず壁際で固まって話していた。


「澪先輩にはちゃんと渡せた?」


「あぁ、大丈夫だ」


俺の返事を聞いて、香織は安心したように微笑む。


「晴翔ぉ」


「ハル先輩ぃ」


「おぉ!?びっくりした!?」


俺の背後に現れたのは、香織とのやりとりを見ていた、綾乃と桃華だった。


「晴翔、今日うちに泊まりに来るか」


「ずるいです!ハル先輩、ぜひうちに来て下さい!」


「えっ、なに?なんでこうなってんの!?」


俺がいない間に何があったんだ!?


「おい、ここは先輩に譲るべきだろう後輩」


「いいえ、先輩だろうと譲れません!それに、綾乃先輩の家に連れてかれたら食べられちゃいますからね」


「なっ!?お、お前、私をなんだと思ってるんだ!?」


「ビッチギャル」


「なっ!?わ、私はまだ処女おとめだ!」


綾乃は、言った瞬間にハッとして、あたりを見渡す。


ヒートアップしすぎたせいか、予想以上に大きな声が出てしまっていた。それに、美女2人の喧騒にあたりはチラチラとこちらを見ていたので、今の発言は結構な人数が耳にした。


綾乃は、徐々に顔が熱くなるのを感じ、しゅんと小さくなり、晴翔の陰に隠れる。


「晴翔、ヘルプ」


「綾乃先輩、こっちまで恥ずかしいですよ」


「ご、ごめん」


思いがけず、2人の言い争いは幕を閉じた。そして、その後すぐに司会の方が話し始めたため、タイミングはバッチリだった。


それにしても、2人ともなんだったんだろうか?


「そんなに遊びたかったのかな?」


「晴翔くん、期待を裏切りませんね。2人は頑張ってください」


「ハルくんは手強いからねぇ。2人とも頑張って」


俺は2人が何を言ってるのか、よくわからなかったが、綾乃と桃華とも話を進めていかないといけないと考えていた。


『大変ながらくお待たせ致しました』


おっ、始まった。


パーティーの方は、澪のお爺さんの挨拶から始まり、色々なお偉いさんの挨拶が続く。


その後、一通りの話が終わると、皆一様にお爺さんと澪の元へ挨拶へと向かっていた。


さて、俺たちはどうするか。


「晴翔くん、私達はなるべく後に行ったほうがいいと思います」


「そうなんですか?」


「はい、適当に並んでるように見えますが、財閥の力関係の縮図ですよ、あれは。強い会社から弱い会社へと列をなしています」


「なるほど。であれば、俺達は後ろに並んだ方がいいわけか」


面倒くさいが、こればっかりは仕方がない。それに、変に目立つのも嫌なので、最後にすることにした。


しかし、晴翔達はもう既に目立っていた。このパーティーは不知火グループの取引先や仕事の関係者が呼ばれているのだ。


ただの知人が呼ばれるような敷居の低いものではない。そのため、晴翔達と、不知火グループのつながりを気にしている人は少なくない。


「あっ、あの人、澪先輩のクラスの人だ」


香織が見つけたのは、西園寺日向だ。確か澪のクラスに行ったことに、澪と話してたキザなやつだ。


「不知火さん、久しぶり。夏休みに入ってからはじめてだね」


「そうですね」


澪はそれだけ言うと、もう西園寺に興味がないようだ。


「し、不知火さん?そ、そうだ、仕事でこれからも関わるわけだし、『澪さん』と呼んでもいいかい?」


すごい爽やかな笑顔で、澪に問いかける西園寺。澪以外のご令嬢たちは壁際で、その笑顔にキャッキャ言っていたが、澪の表情は険しくなるばかりだった。


「いえ、私は親しい人にしか名前で呼ぶことを許していないので、やめて下さい。不愉快です」


「な、なな」


手厳しく振られた西園寺。その姿を見て、一緒にいた男性が助け舟を出した。どうやら西園寺の父親のようだ。


「すみませんな、うちの息子が。しかし、顕彰様。ご令嬢はまだ、婚約もまだだとか。それではいくら不知火家のご令嬢でも要らぬ噂が立つのでは?」


ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべる男。そして、息子の方も復活して、胡散臭い笑顔を取り戻した。


流石に、そこまで言われるとお爺さんもいい気はしないようだ。お爺さんは、仕事では表情をほとんど変えないことで有名らしいが、あれは絶対に怒ってるだろ!?


「何が言いたいんじゃ?」


「大財閥を背負っていくのですから、婚約者は早めに決めるべきかと思いまして。あっ、そういえば、うちの息子もまだ決まっていないのですよ。偶然ですなぁ」


あからさまな提案に、周囲も気になったのか、事の成り行きを見守った。


もしここで、不知火グループと西園寺グループが手を組めば、ビックニュースだ。


しかし、周囲が思っているような方向にはいかなかった。そして、西園寺の思い通りにもならなかった。


「いや、それに関しては心配はいらぬ。そうじゃな澪?」


「はい、お爺さま。私、先日婚約致しましたので、心配いりませんわ」


「へっ?し、不知火さん?い、いま、なんて?」


「ですから、私には愛する婚約者がいるのです。ですから、そんなくだらない気遣いはいりません」


「う、うそだぁぁぁ!?」


「不知火さんに婚約者!?」


「男嫌いで有名なのにか!?」


澪の突然の爆弾発言に、西園寺だけでなく、周囲は驚きを隠せなかった。


そんな中、お爺さんと澪がこっちを見ている気がする。おいおい、こんな状態で出ていきたくねぇぞ??

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