第82話 いつもの御礼

「さて、挨拶もしたところで、あなたもこのままミーティングに参加して下さい」


「了解っす」


そういうと、六花は俺の隣の席へと座る。いや、別に隣じゃなくていいんだよ?席いっぱいあるし、一個開けるとか。


六花の方をじーっと見ていると、視線に気付いたのかこちらに振り返る。


「晴翔さん、そ、そそ、そんなに、見つめないで欲しいっす。照れちゃうっすよ」


暑いっす〜と言いながら、パタパタと顔を仰いでいる。


「あぁ、ごめんな。別になんでもないんだ」


俺は六花から恵美さんの方へ視線を戻す。


「本当に仲がいいわね。やっぱり共通の趣味があるからなのかしら?」


どうやら空手のことを言っているようだ。まぁ、それもあるのだが、六花とはもう古い付き合いだからな。


「そうですね。うちの門下生ですし、それに小学校も同じなんですよ」


「えっ?」


「あっ、そうなんだ。じゃあ小学校の後輩なんだ」


恵美さんは、六花に向けてそう言うと、六花は驚きながらもすぐに答える。


「そ、そうっす。小学校の時に空手でお世話になって、その後は疎遠だったっすが。また、会えたんす」


そう答える六花は、どことなく嬉しそうな表情をしている。


「そうなんだ。良かったね、また会えて。よし、それじゃあ仕事の話に戻ろうか」


そこまで話すと、恵美さんは先程までとは違い、キリッとした表情で話しを続ける。


「さっき、ユニットを組むって話が出たと思うんだけど、あれはほとんど活動はしないと思うわ」


「なんでですか?」


「それはね、そもそも六花ちゃんにはタレントとして入ってもらってるのと、本人がほら、空手の時間をあんまり減らすなってうるさいのよ」


「なるほど、そういうことですか」


俺は再び六花に視線を向ける。


「すみません、やっぱり体動かしてる方が性に合ってるんで、しばらくはバラエティ中心で細々とやるつもりっす」


申し訳なさそうにいう六花。まぁ、もともとそのつもりでアイドルも辞めているのだから仕方ないだろう。


「そのかわり、来た仕事はしっかりやるっすよ?」


「そうね、差し当たっては特にないけど、アルバムの売れ行き次第では、早速2人で出てもらうかもしれないけど」


「それは問題ないっす」


「はい、問題ないです」


それから、恵美さんに今後の仕事の話をきき、俺達は解散となった。


俺にはCMとバラエティの話がきていて、六花にも体育会系のバラエティ番組からオファーが来ているようだ。


これから忙しくなりそうだ。


恵美さんが、先にミーティングルームから出て行くと、俺達2人が残される形となった。


「晴翔さん」


「ん?どうした?」


「あの、僕のこと、思い出してくれたんすか?」


何かを期待するかのような表情。きっと、俺が思い出すのをずっと待っていたんだろうな。


「遅くなっちゃったけどね。改めて、久しぶりだね、りっくん」


俺がそう言うと六花の表情は、ぱぁっと明るくなる。


「やった!嬉しいっす!晴翔さーん!」


そう言って抱きついてくる六花。昔と違い、胸元にはふくよかな双丘が存在する。否応でも、女性なんだと意識させられる。


「お、落ち着いてくれ六花」


「あぁ、嬉しいっす〜。晴翔さん〜」


あぁ、これはダメなやつだ。香織達と同じく、こうなると時間がかかる。俺は、六花が戻ってくるまで、しばらく待つことにした。


ーーーーーーーーーー


「す、すみません。つい、嬉しくなって、我を忘れたっす」


「いや、大丈夫だよ」


「そ、それにしても、いつ思い出したんすか?この前会った時は、そんな感じじゃなかったっすよね?」


「この前?あぁ六花が下着をーー」


「あぁぁぁぁぁ、何言ってんすか!?」


慌てて俺の口を塞ぎにくる六花。そうだった、『葛西さんの見つけた』と言おうとしたが、こいつも俺の鞄な入れたんだった。


「は、晴翔さん、あれは忘れて下さいっす」


「大丈夫、もう覚えてないよ」


うん、今でも思い出せる。六花の下着は特徴的だったから。


「その顔は、絶対に覚えてますよね!?あの時は、たまたまっすよ!?いつもはあんな下着じゃないんす!」


「おい、自分で下着の話をぶり返すな。お前があんな格好で寝てるのが悪い。それにしても、くまさんは可愛かった」


「ぬぁぁぁぁ!?」


どうやら会心の一撃が入ったようで、六花は机に突っ伏した。


「あぁ、もうダメっす。立ち直れないっす。好きな人にあんなパンツを見られるなんて。うぅぅ」


なんだかブツブツと聞こえるが、何言ってるかは聞き取れなかった。今日はダメそうなので、俺は恵美さんにお願いして、事務所を後にした。


ーーーーーーーーーー


事務所を出ると、そこには見覚えのある車が停まっていた。


「晴翔くん、今から時間大丈夫ですか?」


「美涼さん、どうしたんですか?」


「指輪が出来たので受け取りに行きましょう。それと、スーツなども一緒に回収に行きましょう」


そう言えば、例のパーティはもうすぐだった。最近は忙しくてすっかり忘れていた。


「時間が大丈夫でしたら、今日で全部済ませて、段取りを確認しましょう」


「わかりました。お願いします」


俺は美涼さんに連れられて、またジュエリーショップに来ていた。


「ご来店ありがとうございます、齋藤様。ご依頼のものをお持ちいたしますので、こちらの席でお待ちください」


こういうところは、何度来ても緊張するな。俺は促されるまま席につく。


先程の男性が奥から、俺が依頼しておいた指輪を持ってきてくれた。


美涼さんは、いつもあんな感じなので忘れがちだが、本当に有能な人なのである。


今まで、男性が離れた隙に、彼のことを教えてくれた。


『あの方は、ここの支配人になりますので、失礼のないようにいたしましょう。顕彰様の紹介なので、直々に接客してくれているようです』


『えっ、そうなんですか!?』


『はい、お嬢様と結婚される方は、顕彰様のご家族になる訳ですから、無碍には出来ません。お店の一つや二つはすぐに潰れてしまいます』


この時俺は、常識外の人物と婚約しようとしていることを改めて思い出した。


「やっぱり、不知火はやばいな」


「そうですよ、なのでここは私にしておきましょう。うちの家もそれなりですから。損はさせません」


冗談ではなく、本気で言っているからタチが悪い。この人は、すごいと思っても、すぐにダメだと思わせてくれる。こんな人は他にいない。知り合いとしては面白い人だ。


「お待たせ致しました。こちらになりますね。実際に手に取ってご確認ください」


「ありがとうございます」


俺はお願いしてあった指輪を手に取る。デザインは似たようなものになってしまったが、一つ一つ形は違うものを用意した。


本当は宝石が目立つようにしたかったが、普段つけるとしたら、少し邪魔になりそうなので、宝石は小さいものをいくつか埋め込む形にした。


「それにしても、澪様もついに婚約者が決まったのですね」


「そうなんです。こんなにいい子を見つけて。お嬢様が羨ましいです」


なんだか、美涼さんが親みたいな事を言い出したが、どうやら本気で思っているようで、表情は嬉しいような、悲しいような、そんな複雑な表情だった。


「お支払いの方は、以前ご提示した通りで大丈夫ですので、よろしくお願いします」


「ありがとうございます」


俺が、彼女達の指輪を受け取っていると、美涼さんは先に出ていった。どうやら車を持ってきてくれるらしい。


本当に気が利く人ではある。


「葛西様も、うちのお得意様ですので、少しお勉強させて貰いましたよ?」


支配人さんは、俺だけにボソッと耳打ちする。


「ありがとうございます。助かりました」


「いえいえ、齋藤様とは今後も良いお付き合いをさせて頂きたく思っておりますので」


最後まで真摯に対応してもらい、俺は店を後にする。店を出ると、美涼さんが車を停めて待ってくれていた。


「晴翔くん、行きましょう」


「はい」


俺は美涼さんに連れられ、スーツの他にも必要な物を揃えるために何箇所か買い物を続けた。


そして、今俺の家の前で降ろしてもらったところだ。


「さて、これで大体は揃ったでしょうか?」


「そうですね。今日はありがとうございました、美涼さん」


「いいんですよ。お嬢様のことお願いしますね」


「もちろんです。それと、これはいつもの御礼です」


俺は鞄にしまっていたある物を取り出す。


「・・・これは?」


「美涼さんには、いつもお世話になってますので、その御礼です。ずっと欲しそうに見てましたから」


そう、ジュエリーショップには何度か行ったのだが、その時に美涼さんがいつも眺めていたペンダント。


「これを、私に・・・?」


あれ、もう少し喜んでもらえると思ったんだけど、余計なお世話だったかな。


「美涼さん?」


心配になって覗き込むが、表情はよく見えなかった。しかし、次の瞬間。


「ありがとう、晴翔くん!」


ガバッと抱きつかれたと思ったら、勢いに耐えられずにそのまま押し倒されてしまった。


「一生大事にします」


うっすらと目に涙を溜めて喜んでくれる美涼さんに、俺は少し安心した。喜んでもらえたようでよかった。


この日から、美涼さんは肌身離さずそのペンダントをつけるようになった。

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