第79話 秘湯?

「桃華ちゃん、今日はどうだった?」


「もうクタクタですよぉ。先輩方は二日目ですもんね。尊敬します」


「確かに今日は凄かったね。私たちの宣伝が効いたのかな?」


「それもあるでしょうが、多分一番は晴翔様では?」


「そうですね。晴翔くんは、事務所の方針で毎日欠かさずSNSを更新しています。その際に店の宣伝をしています」


そういって、葛西が見せたスマホ画面には、晴翔のつぶやきがあった。その投稿にはものすごい数のいいねとコメントが送られていた。


「なにこの数のコメント」


「フォロワーもだいぶ増えてますね」


晴翔のフォロワーはついに100万人を突破した。最近、急にフォロワーが増えたのには色々理由があるのだが、理由がわかるのはもう少し後のこと。


「このコメントを見る限り、皆さん晴翔くん目当てで来られたようですね」


「流石ですね、ハル先輩は」


「そういえば、あの2人遅いね?様子見に行った方がいいかな?」


「そういえば、そうですね。でも、今日は綾乃さんに譲ることになってますし、もう少しだけ様子を見ましょう」


この時、2人のことを色んな意味で心配しているのは桃華だけだった。視力が悪い桃華ですら、2人の異様な雰囲気を感じ取れていたのだ。そんな2人を、いや正確には綾乃を野放しにしては危ない気がしていた。


「隊長、実はお耳に入れたいことがございましてですね」


「なんだね、桃華隊員?」


桃華は、実際に目撃したことを交えながら、2人の様子を3人に伝えた。


ーーーーーーーーーー


「ちょっと遅くなっちゃったな」


「う、うん。そだね」


ゴミ出しに行ってから、結構時間が経っており、みんなも心配するかもしれないので、急いで店まで戻ることにした。


すると、もう既に皆んな店の外に集まっていた。どうやら動けるようになったらしい。


「あ、ハル先輩ー!」


「ごめんな、待たせたか?」


「いえ、ちょうどいま外に出たところです。それにしても、2人とも遅かったですね?」


「あ、ああ、ちょっとゴミ捨てた時に、身体が汚れたからシャワー浴びてきたんだ」


「ご、ごめん、私がちょっと時間かかっちゃって」


「そうだったんですね。気にしないで下さい。お手伝い出来ずにすみませんでした」


「別に大丈夫だよ、桃華も今日は来てくれてありがとな。疲れただろ?」


「大丈夫です。もう完全復活です!」


どうやら本当に大丈夫そうだな。


「ところで叔父さん達は?」


「さっき用事があるって出て行ったよ」


なるほど、それで戸締まりしたついでに店から出たのか。ということは、もう店で休むことも出来ないし、どうするかな。


「今日は疲れましたし、もう民宿に戻りますか?」


「そうだなぁ。それもいいけど、もし良かったら温泉でも行くか?」


「「「「「温泉!?」」」」」


彼女達は温泉と聞いて、かなり食いついてきた。やっぱり女の人はお風呂が好きなんだろうか?


「温泉なんてあるの!?」


「あぁ、民宿の裏に山があるだろ?あのあたり一帯は叔父さん達の土地なんだけどさ、そこに天然温泉があるんだ」


何年前だったか、叔父さんが掘り当てた温泉は、親族が使うぐらいで、お客さんなどはとっていなかった。


「へぇ、あんなところに温泉があったなんて」


「秘湯ってやつですね。面白そうです」


「海に来て、温泉にまで入れるとは思ってませんでした」


俺達はとりあえず水着から私服に着替えるため、一度更衣室へ行くことにした。


案の定、俺の着替えが先に終わってしまい、外で待つことにした。


すると、今日は綾乃が初めに出てきた。


「晴翔」


「どうした?」


何がどうしたのか、綾乃は俺に抱きついて離れない。すると、更衣室から他の4人もそれぞれ出てきた。


「綾乃先輩、着替えるの早すぎですよ」


どうやら早々に着替えて出てきてしまったようだ。どうしたのだろうか?


「なんでもない、今日は晴翔にくっつきたい気分なだけだから」


そう言って、俺から全然離れる様子のない綾乃。他の4人も別に気にはしていないようなので、そのまま好きにさせておくことにした。


俺達は一度民宿へと戻ると、着替えやタオルなどを纏めて、温泉に向かうことにした。


「うわぁ、ここが民宿ですかぁ。私初めてです。なんだか感動します!」


桃華は今日が初めてなので、目をキラキラさせながら中を探検している。


「む、この部屋からハル先輩の匂いがします。この部屋に泊まったんですね!」


「なんでわかる」


桃華は何かと匂いや気配などで俺を見つけてくるんだが、いったいこの子はなんなんだろうか?


ある程度探検したところで満足したのか、桃華は荷物を持って俺達のところへ戻ってきた。


「すみません、ついつい楽しくなっちゃって」


「気持ちはわかるけどねぇ」


「私達も初日は似たようなものでしたよ」


確かに初日はかなりテンションが高かったように感じる。今はその関心が全て温泉に向かっているようだが。


「それじゃあそろそろ行こうか」


「「「「「はーい」」」」」


俺達は民宿の裏にある山道に来ていた。


「ここからどれくらいかかるの?」


「10分くらいだよ。それに、道は舗装されてるから大丈夫」


「そっか、ちょっと安心した。獣道でも登るのかと思ったよ」


まぁ、秘湯って言うと険しい道を想像するからな。仕方ない。


俺達は10分ほど山を登り、温泉へ向かった。


「ここだよ」


「す、すごい、更衣室とかまで完備されてる」


「なんというか、立派に温泉だね」


確かに秘湯っぽくはないが、これはれっきとした秘湯だ。


「それじゃあ、先に入ってきなよ。俺はここで待ってるから」


「えっ、晴翔は入らないの?」


綾乃は驚いているが、ここは男女に分かれていないんだ。仕方ない。


「ここは家族しか使わないから、混浴になってるんだよ。着替えも一室しかないしね」


「ハルくんなら私は構わないよー?」


「私達も大丈夫ですよ。ね、葛西?」


「もちろんです。私は一回入ってますからね」


そう言えばそうだったな。あの時は背中を流してもらっただけだけど。


「私も先輩なら大歓迎ですよ」


「私も大丈夫だよ、晴翔」


みんなが大丈夫でも、俺の方が大丈夫じゃないんだけど。


俺はなんとか断ろうとしたのだが、結局のところ先に入っててくれと言われ、そのまま流される形で先に温泉へと入った。


「はぁ、今からでも出ようかな」


いやいや、今行ったら裸の彼女達に遭遇する。それはそれでまずい。あまり耐性がないので、極力見ないように心がけよう。


ガラガラガラ


「うわぁ、思ったより大きいねぇ」


「10人くらいは入れそう」


「すごいですね」


「先輩方、早く入りましょうよ!」


バスタオルで隠れているとはいえ、みんなスタイルがよく目のやり場に困る。


彼女達は、楽しそうに身体を洗いっこしている。俺にはその光景だけで、もうお腹いっぱいだった。


「ハル先輩、もっとこっちに来てくださいよー」


「い、いや、遠慮しとくよ」


何度か呼ばれたが、俺は彼女達からなるべく離れたところで温泉に浸かっていた。


あんまり強い刺激は、思春期の男子にはきついものがある。ただせさえ、昼間のせいで綾乃の姿が頭から離れてくれない。


それからしばらく温泉を堪能すると、彼女達はのぼせる前にと先にあがった。


俺は1人残ると、もう一度身体を洗って出ることにした。


「あれ?ボディソープどこだ?」


さっきまでここにあったんだけど。


「晴翔、これ」


「お、サンキュー助かるよ」


俺はボディソープを受け取ると身体を洗い出すが、ここでやっと気づいた。


「あの、綾乃さん?」


「なに?」


「もうみんな出たよ?てか、綾乃もさっき出てたよね?」


そう、さっき5人が出るところをちゃんと確認したのだ。なのに、なんでいる。手品か?


「香織がボディソープ渡してくれって言うから持ってきたよ」


「あ、ありがとう。よくわかったな」


「晴翔は身体を2回洗うって、香織が教えてくれた」


なぜ香織がそんなこと知ってるんだ。ま、まぁとにかく助かったことに変わりはない。


「あ、ありがとう」


「ふふ、どういたしまして」


あれ?


「綾乃?先にあがってていいぞ?」


「また洗ってあげよっか?」


「なっ!?」


「冗談だよ♪早く行かないと怪しまれるから、もう行くね」


「お、おう」


綾乃は出口まで行くと、再び振り返る。


「晴翔、昼間の約束忘れないでね」


「わ、わかったよ」


「ならよし。早く来てね」


笑顔で出て行った綾乃を見送り、俺は急いで身体を洗いみんなと合流した。


その後は夕飯を食べて、みんな死んだように眠っていたが、俺は中々寝つくことが出来ず、綾乃とした『約束』を思い出していた。

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