第78話 桃華合流

「ハル先輩、綾乃先輩こんなところでなにしてるんですか??」


桃華は無邪気に質問して来るが、こちらはなんとも言えない微妙な雰囲気になっている。


「べ、別に何もしてないし。ね、晴翔?」


『何も言うな』と言わんばかりにこちらを見る綾乃。もちろん言われるまでもなく、何があったかなんて言わない。


「特に何もなかったよ。綾乃と泳いでただけ」


「ふーん、ならいいんですけどねぇ。海だって言うからコンタクト外しちゃってるんで、よく見えないんですよね」


そう言って、眉間に皺を寄せる桃華。俺はその眉間を人差し指で突っついた。


「いだっ!なにするんですか!?」


「いや、なんとなく。それより、そろそろ店に戻ろう。宣伝の効果があれば、そろそろいっぱいのはずだから」


「そういえば、そうだった。よし、今日もいっぱい焼きそば作るぞ」


綾乃が作った焼きそばは、同じ作り方をしているはずなのにお客さんからの評判がいい。


「あ、そういえば綾乃先輩が作ってるんですね、あの焼きそば」


「そうだよ、私焼きそばにはうるさいからね」


えっへん、と腰に手を当てる綾乃。こういう子供っぽいところが、また彼女の魅力かも知らない。


「それにしても、『あの焼きそば』ってどういうことだ?」


俺は桃華の言い方が気になったため、聞いてみる。


「あぁ、知らないんですか?『海の家の焼きそば』がツイッターでトレンド入りしてるんですよ。ほら」


そう言って、桃華がスマホの画面をこちらに向けると、確かにそこには『海の家の焼きそば』とある。


「でも、これじゃ私とは限らないんじゃない?」


「いやいや、この画像を見てください」


つぶやきと一緒にアップされていた画像には、バッチリ綾乃が写っていた。焼きそばを鉄板で焼く綾乃はなんだかイキイキしている。


「この写真のせいか、綾乃先輩も有名人になってますよ?今日も焼きそばと綾乃先輩目当ての人達がいっぱい来てるみたいですよ?」


確かに、遠目に見たうちの店は、なんだかやばいことになっていた。


「とりあえず、2人とも急いで戻るぞ」


「「はーい」」


俺達は、Tシャツを着ると店へと急いで戻り、束の間の休息を終えた。


ーーーーーーーーーー


桃華が、2人を呼びに行く少し前。


「ハル先輩、あなたの桃華が来ましたよ!」


私は仕事終わりに、直接海の家に向かいました。早くハル先輩に会いたかったから。


しかし


「ハルくんなら、居ないよ?」


「なんでですか!?」


こんなに急いで来たのにハル先輩が居ないなんて!?


「今頃は綾乃さんと遊んでいる頃でしょう」


「おそらくそうですね。さっきまで、岩場に居ましたが、海にでも入ったんじゃないないでしょうか?」


「なんで、2人っきりなんですか隊長!?」


いつもなら、香織先輩が一番に反対しそうなのにどうなってるの!?


「桃華隊員、今日は仕方ないのだよ」


「な、なぜ?」


「昨日、勝負に負けたからだよ」


「へっ?」


どんよりとした3人を見て何事かと思ってが、よくよく話を聞いてみると、料理対決で自由時間の権利を賭けたらしい。


いやいや、料理で綾乃先輩に勝つのは無理でしょう。


それにしても、2人が気になります。綾乃先輩は最近かなり積極的だし、ハル先輩も押しに弱いところがあるから。


「昨日の感じだと、そろそろ混み始めるから2人を呼びに行かないとね」


「そうですね」


「では、私が行きましょうか?」


「いえ、ここは新参者の私が行って来ます。先輩方は待っていてください!」


私は、急いで目撃情報のあった岩場へと向かいました。すると、飲みかけのペットボトルとTシャツが置いてありました。


「あ、このTシャツは先輩方が着てたやつだ」


ということは、この辺にいるってことかな?


私は海の方を見ると、人らしき物体がぼんやりと2人見えました。


ハッキリとは見えないですが、私の中のハル先輩レーダーが、アレはハル先輩だと言っています。


なので、もう一人は綾乃先輩なのでしょう。


しかし私は、2人を見ていてなんとなく嫌な予感がしました。ぼやけてよく見えないが、なんだか止めなきゃいけない気がします。


「ハル先輩ー!」


私は大きく手を振って、2人に呼びかけました。


すると、2人がこっちに向かって来るのですが、なんだか気まずそうな雰囲気を感じます。


ま、まさか、もう事後なんですか!?


「ハル先輩、綾乃先輩こんなところでなにしてるんですか??」


今後の私の立ち回りも考えなくてはいけないので、探りを入れてみる。


「べ、別に何もしてないし。ね、晴翔?」


「特に何もなかったよ。綾乃と泳いでただけ」


あ、怪しい!


何この何かありましたよって感じの雰囲気!

これは隊長に報告せねば。もしかしたら、もう2人は大人の階段を・・・。


ーーーーーーーーーー


「ごめん、皆んな!遅くなった」


「とりあえず、私は厨房行くね!」


「わ、私は何すれば良いですか??」


綾乃はすぐさま店の調理場へと入っていった。もう慣れたもんだな。


「俺は美涼さんを手伝うから、桃華はとりあえず着替えてこい。Tシャツも置いてあるからな」


「わっかりましたー!」


俺は美涼さんの元へ向かうと、テイクアウトのお客さんを捌いていく。


「ご注文どうぞー!」


「焼きそばとイカ焼き下さい」


「はい、1100円になります。ちょうどお預かりします。こちら商品です」


「ありがとうございます、HARU様応援してます。頑張って下さい!」


「ありがとうございます」


お客様の客層は結構ハッキリと分かれている。テイクアウトの列には女性客、もしくはカップルが多い。


「HARU様、ツイッターみて来ました。写真撮って良いですか?あ、焼きそばひとつ」


「はい、500円です。写真も構いませんよ」


「ありがとうございます!」


俺が写真を撮っている間、男性客はみな美涼さんに話しかけている。


「お姉さん、美人だね。仕事終わったら俺達と遊ばない?」


「すみません、彼氏が怒るので」


「大丈夫だよ、彼氏には黙ってれば良いんだからさ。ちなみにどこにいるの?」


美涼さんは、何故か俺の方を指差している。まぁ、防波堤代わりくらいはいいか。


「なにか用ですか?」


「い、いえ、すみませんでした!」


そんなに怖がらなくても良いじゃないか。俺をなんだと思ってるんだ。


「ハル先輩、着替え終わりました!」


「おぉ、桃華いいところに。てかTシャツどうした?」


「いえ、一度ハル先輩に見ていただこうかと思いまして。どうですか?」


「あぁ、可愛いぞ。フリルがよく似合うな」


「さすが先輩、よくわかってるぅ」


褒められて、満足したのか桃華は大人しくTシャツを着る。


「よし、桃華は材料を奥から持って来てくれ」


「了解です!」


『おい、あれ女優の桃華ちゃんじゃないか?』


『桃華ちゃん、水着も似合うなぁ』


『この店どうなってんだよ?』


『彼氏の手伝いに来たのかな?』


『青春ね。羨ましいわぁ』


桃華の登場で、先程よりもお客さんが増えてしまった。これは、かなりまずいな。捌けなくなって来たぞ。


初日に続き、二日目も大繁盛だった叔父さんの店は嬉しい悲鳴だった。閉店の時間を待たずに材料が底をついたため、早めに閉めることにした。


初めのうちは俺だけ写真をお願いされていたのだが、途中からは桃華も一緒にお願いされることが多かった。予想以上に俺達のことを応援してくれている人達が多いことに驚いた。


「みんな、今日もありがとな。それにしても、桃華ちゃんに会えるとは思わなかったよ。晴翔のことよろしくな」


「はい、叔父様。お任せください」


流石に桃華は有名人で、紹介するまでもなかった。


「叔父さん、こんなに早く閉めてよかったの?もう少し材料残ってるけど」


お客さんには材料が無くなったためと説明したが、本当はまだ残っていた。


「本当はもう少し出来たけど、他のお店が困るだろ?勝ちすぎはよくないこともある」


「そういうもんか」


「ほれ、お前たちはもう少し遊んでこい。まだまだ遊ぶ時間あるぞ」


確かにまだ時間が早い。俺はみんなと相談することにした。


「この後、どうする?」


「ハルくん、少し休みたいかも」


どうやら皆んな遊ぶ元気はないようだ。桃華に至ってはもう既に和室で仮眠をとっている。仕事終わりに直接来たみたいだから仕方ない。


「じゃあ、ちょっと片付けしてくるから、みんなは休んでてくれ」


俺は今日出たゴミをまとめる。生ゴミはもちろん、お客さんが捨てた皿や割り箸なども袋にまとめる。


「晴翔、私も手伝うよ」


「綾乃、ありがとう」


俺は綾乃と共に、ゴミ捨て場までゴミを運ぶ。ゴミ捨て場の近くには、簡易のシャワー室が設置されており誰でも使用できる。


「ゴミで汚れちゃった。少し流してくる」


「おう、俺も流してくるかな?」


俺たちは、それぞれ個室に入るとシャワーを浴びて汚れた身体を洗い流す。あぁ、シャンプーとかボディソープがあればよかったのにな。


「ボディソープとかあるけど使う?」


隣の部屋から綾乃の声がした。さすが綾乃、準備がいい。


「晴翔、持ってきたよ。鍵開けて」


「はいはいー」


俺が鍵を開けると、綾乃がシャンプーなどを持って入ってきた。


ガチャ


「あ、綾乃?なんで鍵閉めてるのかな?」


「・・・ってあげる」


「えっ?」


「身体、洗ってあげる」


そういうと、綾乃は泡だらけの身体を俺に密着させる。


「あ、綾乃!?」


「お願い、さっきの続き・・・」


綾乃は昼間と同じく、とろけた表情で俺を見つめている。俺は、積極的な綾乃のアプローチに対し、必死に理性を保とうと努力した。

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