第73話 一日目

「おっ、来たか。それじゃあ、そろそろ開けるから、最終確認頼むぞ」


「了解。それじゃあ、香織と澪はこっち来て、綾乃と美涼さんは叔父さんの方に」


俺は、香織と澪に仕事の流れを簡単に説明した。


注文をとって、紙を調理場へ持っていく。紙は注文を取った順番に並べること。


出来た料理を配膳して、空いてるお皿は随時下げること。手が空いてる時は、掃除や皿洗い、呼び込みをすること。


などなど、やることは一般的な飲食店とさほど変わりはしない。


「どうかな、大丈夫そう?」


「私は何回かやってるから大丈夫だよ」


「私も大丈夫だと思います」


「2人ともさすがだね。それじゃあ、叔父さんに声かけてくるから、待ってて」


俺は、2人に説明を終えると、叔父さんのところへ戻る。


「叔父さん、こっちは大丈夫だよ」


「おう、こっちも終わったところだ。2人とも優秀だからすぐに終わったぜ。やっぱり、こういう子達が来てくれると助かるよ」


「ははは、まぁ、いつもの人達はあんまり期待できなかったからね」


「よし、じゃあ開けるか」


俺達は店をオープンすると、海にはすごい数の人が遊びに来ていた。いつ見ても、恐ろしい数の人だな。


「晴翔、お昼までは少し遊んできていいぞ。そろそろ嫁が来るから、混んできたら戻ってきてくれ」


「わかったよ。後で挨拶するけど、叔母さんにもよろしく」


「おうよ」


「それじゃ、少しだけ遊びに行こうか」


俺達は、浜辺の方に移動する。


「うわぁ、冷たい」


「冷たいくらいが丁度いい」


「海なんていつぶりでしょうか」


「お嬢様は小学校以来ではないでしょうか?」


俺達は足首に海水がしたる程度のところで集まっていた。足首にだけでも、海に入ると、なんだかテンションが上がるな。


「濡れるとあれだから、Tシャツは脱いでおこうか。Tシャツ預かるよ」


それぞれのTシャツを預かっていく。


「はい、ハルくん」


「晴翔」


「お願いします」


「晴翔くん、はい」


それにしても、皆んな本当にスタイルが良いな。周りの男性達の視線が集まる。さて、俺も脱ぐか。


脱いだTシャツを、一度叔父さんのところへ置きにいって、みんなの元へ戻る。


『な、なぁ、あれやばくねぇか』


『だよな、あんな美人ばっかり集まるって、ありえねぇよ』


『声かけてみるか?』


やっぱり、彼女達だけにするのは心配だな。なるべく離れないようにしないと。


「ごめん、遅くなった」


俺は、周りに聞こえるように大きめの声で近づくと、周りの男性達には視線で牽制する。


「ハルくん、おかえり〜」


「晴翔、遅い」


「待っていました、晴翔様」


「おかえりなさい」


彼女達は、俺が帰ってくると明らかに嬉しそうな顔をする。


『なんだよ、彼氏連れかよ』


『もしかして、全員彼女なのか!?』


『世の中不公平だろ!』


周りの男性達は、ナンパ目的で海に来ていたのだろうが、ショックだったのだったのか、トボトボと離れていってしまった。


『うそ、あの人腹筋やばくない!?』


『てか、あれHARU様だよ!?』


『本当だ、サイン貰えないかなぁ』


なんだか俺も悪目立ちしてきてしまった。なんだか居ずらいな。


「ハルくんはどこに行っても人気だねぇ」


「香織達も大して変わらないよ。特に」


俺は、ある人物を見る。この集団の中で、明らか視線を独り占めしている人物。


そう、美涼さんだ。


あのセクシーすぎる水着はどうにかならないのだろうか?確かに、美涼さんはスタイル抜群で大人の女性なので、よく似合っているが、目のやり場に困ってしまう。


明らかに、布面積が少ないし、普通の水着と違って形が独特でちょっとしたことで、胸が溢れてしまうんじゃないかと心配になる。


「と、とりあえず、もう少し深いところまで行こうか。一緒に居るこっちが恥ずかしくなってきたよ」


「そ、そうだね」


「そうしよう」


「葛西、行くわよ」


俺達は腰あたりまで浸かる深さまで移動すると、先程海の家に戻った時に持ってきた、ビーチボールで遊ぶことにした。


しばらく、海を満喫するとお店の方が少し混んできたように見える。そろそろ戻った方が良さそうか?


「皆んな、そろそろ戻ろうか」


「「「「はーい」」」」


俺達が店に戻ると、叔母さんが一人で接客をしていた。


「叔母さん、おはようございます」


「あらあら、晴翔くん。また一段と格好良くなっちゃって。彼女もいっぱい連れてきたって?」


「ははは、まあね。紹介するよ」


俺は後ろに立っている4人を順番に紹介した。


「えっと、香織はわかってると思うけど、一応こっちから西城香織、大塚綾乃、不知火澪、葛西美涼さんだよ」


「お久しぶりです、叔母さん」


「あらあら、香織ちゃんも可愛くなって。晴翔のことお願いね。それと、皆さんは初めまして、須永航平の妻で秋子あきこです。よろしくね、彼女さん達」


「はい」


「お任せください」


「全てお任せください」


彼女達と言われて、心なしか嬉しかったのか美涼さんがボケることなく、挨拶をするとは。


「あらあら、愛されてるわね晴翔くん。さて、じゃあそろそろお手伝いを頼もうかしら」


叔母さんは、綾乃と美涼さんを連れて厨房へ。俺は香織と澪と一緒に注文を取りに行く。


初めのうちは、混み具合も穏やかで余裕を持って接客出来ていた。


しかし。


「なんだか混んできたね。毎年こんな感じだったっけ?」


「いや、これは明らかに混みすぎだ」


そう、いつも繁盛しているのは間違いないが、これほどまでは混まない。


もう、お昼前には行列が出来ており、お店の中には座るスペースはなかった。


そのため、急遽テイクアウトのコーナーを設けることにした。普段使っていない、外に設置された調理場で、美涼さんが調理を始めた。


俺は、香織と澪に店の中を任せて、美涼さんの手伝い向かう。


「美涼さん、注文と受け渡し、お会計は俺がしますので、調理をお願いします」


「晴翔くん、ありがとうございます。よろしくお願いします」


俺は注文を受けると、美涼さんに伝えて、商品の受け渡しをする。ひたすらその繰り返しである。


一応、気になって何度かお店の方を確認するが、なにやら香織と澪がそれぞれ俺の方を指差して客と話している。


なにを話しているんだ?


俺が見てることに気づいたのか、笑顔で手を振っているので、俺も笑顔で振り返す。すると、先ほどまで話していた男性客達は静かにご飯を食べ始めた。なにやってんだ?


「すみません」


「あっごめんなさい、ご注文をどうぞ」


「じゃあ、焼きそばひとつと、スマイル下さい!」


「はい、焼きそばとスマイル・・・えっ?」


「お願いします!」


俺は困って叔父さんをみるが、『やってやれ』と顔が言っている。まぁ、これ以上待たせると混んでしょうがない。仕方ないから。


俺は焼きそばを渡す時に、女性に向けてニコッと笑って見せた。


「はうぅ!?あ、ありがとうございます!」


女性は笑顔で焼きそばを受け取ると、そそくさと帰ってしまった。


「晴翔くんは人気者ですね。私にも後でスマイル下さい」


「はいはい、頑張ったらあげます」


俺は話の流れで返事をしただけなのだが、この日の美涼さんの頑張りは半端じゃなかった。


その後も、注文の際にいろんなおまけを頼まれることが続いた。


その中でも多かったのが。


「写真撮ってもいいですか!?」


これだった。


海の家の従業員と写真を撮ってなんの徳があるのか。さっぱりわからなかった。


『ねぇ、やっぱりHARU様だよ!』


『ツイッターみて、急いで来て良かったね!』


俺が海に来ているのは、見かけた人がSNSにあげたことでバレていたが、さらに海の家で写真を撮ったお客さんが、またSNSにあげたためすごい数の客が訪れていた。


中にはHARU目当てに、わざわざ海に来た人たちまで来ていて、ものすごい騒ぎになった。


それでも、閉店までなんとか捌ききった俺達は、疲れからお店の座敷に座り込んだ。


「っはぁぁぁ、疲れたぁぁぁぁぁ!!」


「ハルくんお疲れ様〜」


「やばい、海の家舐めてた」


「確かに戦場でしたね」


「ここの店だけ異常に混んでいましたね」


確かに、お店は何店舗かあるのだが、ここだけがすごい行列だった。


「そりゃそうさ。晴翔だけでもいつも混んでるのに、こんなに別嬪さんが揃ってればお客も集まるさ。給料は多めに払うからな」


「ありがとう、叔父さん」


俺達は、ここに滞在の間、叔父さんが経営している民宿を借りることになっている。しかし、まだ疲れが抜けない俺達は、しばらく休んでから移動することにした。


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