第71話 秘密

「それで、指輪ってなんのこと?」


「えっと、それは・・・」


どうしようか。まさか、美涼さんからのメッセージを見られるとは。今度からは待ち受けに表示されないようにしないと。


「それは?」


「うぅ、わ、わかったよ。話すよ。だけど、みんなには内緒にしてくれよ?」


「うん!」


満面の笑みで頷く香織。まぁ、サプライズにはならないが、彼女の喜ぶ顔が見れるなら、これもありなのだろう。


「まず、結論から言うとだな」


「うん」


香織は先ほどまでとは違い、真剣な表情でこちらを見て、俺の次の言葉をじっと待っていた。


「俺は香織達を幸せにしたいと思ってる。今までもそうだけど、これからはもっと大切にしていきたいと思ってるんだ」


「うん」


「それで、その証として婚約指輪を渡したいと思ってるんだ」


・・・。


「えっ?」


流石に、予想していなかったのか、香織はしばらく何を言われたのか理解できていないようだった。


それもそうだろう。俺達はまだ高校生なんだ。結婚とかの話はもっと後でも良いのだろう。でも、澪と正式に婚約するのであれば、他の彼女達も同じように扱いたい。


「ごめん、突然のことで驚いたと思うけど、これにはちゃんと理由があるんだ」


「う、うん。正直すごく驚いてる。でも、ハルくんのことだから、私達のことを考えてくれてるんだよね?」


香織は、未だに驚きを隠せずにいるが、それでも俺のことを信じて、話を聞いてくれている。


「あぁ、実は澪と正式に婚約したいと思ってるんだ」


「婚約、そっか。・・・婚約かぁ」


香織は、反対こそしなかったが、複雑そうな表情をしている。


「嫌か?」


俺が初めて好きになった女の子。他の彼女達と優劣をつける訳ではないが、やはり俺にとっては特別な存在だ。だから、香織を泣かせることだけはしたくない。


「ううん。別にもういいの。多少、彼女が増えたところで、私はもう気にしないように決めたの」


「本当に?」


「うん。・・・だけど、やっぱり婚約とか結婚も、私が最初がよかったなぁ」


香織は、笑って見せるがわずかに眉を下げ、寂しそうな、悔しそうな、そんな表情をしていた。


「澪と婚約するにあたって、出来れば皆んなとも同じ立場で付き合っていきたいと思ってるんだ。だから、可能ならみんなとも婚約したいと思ってる」


「うん、ありがとハルくん」


「それでさ、やっぱり、一番最初に婚約するのは香織がいいんだ」


俺は、自分の気持ちを素直に曝け出した。香織にはわかっていて欲しい。俺にとって香織は特別な存在なのだと。


「ほ、本当に?」


「うん」


「い、今さら、なしとか言っても、取り消さないよ?」


香織は、嬉しさからなのか、単に驚いたからなのか、ところどころ言葉を詰まらせながら話す。


「取り消されても困っちゃうよ。香織、俺の婚約者になってくれませんか?」


「うん、うん。なる。なるよぉ、ハルくん〜」


香織は限界が来たのか、両目から涙が溢れ出て、感情を抑えきれなくなっていた。そして、ガバッと抱きついてきた香織を、俺は落ち着くまでの間、そっと抱きしめた。


「香織、大好きだ。その、愛してる、よ」


心の中では何度も繰り返した言葉だったが、実際に言葉にすると、すごく恥ずかしかった。


「ふふ、無理しなくていいよ」


「格好つかないな、ははは」


俺は、自分の不甲斐なさに呆れていたが、香織は全く気にしていない様子だった。


「ハルくん、愛してる」


そう言って、香織は俺にキスをする。いつもと同じことでも、こんなに幸せに感じるのはなぜだろうか?ファーストキスの時に近いかもしれないな。


その後、俺達は気持ちが落ち着くまでの間、常識の範囲内でイチャイチャして過ごした。


ーーーーーーーーーー


「なんだか、急に恥ずかしくなってきたよ」


「ふふ、私も」


結局、この日は何もすることなく、時間が過ぎていった。朝から話し始めて、もう既にお昼を過ぎていた。


香織には、澪のお爺さんにお店を紹介してもらった際に、女性がいた方がいいと勧められて、美涼さんと一緒に指輪を見てもらったと伝えた。


そして、今度の不知火グループのパーティで正式に発表することもしっかりと伝えた。話を聞く限りでは、もう澪からパーティのことは聞いているようだ。


他のみんなは事情を知らないが、パーティに誘われたことが嬉しかったようで、今からウキウキしているようだ。


「なるほど、それで葛西さんも一緒だったんだねぇ。全く、紛らわしいことしないでよね。サプライズならバレないようにお願いします」


「ははは、手厳しいな。今度は気をつけるよ」


やっと、誤解も解けて、いつもの香織に戻ったようだ。よかったぁ。


しかし、香織には気掛かりなことがあるようで、表情はまた曇ってしまった。


「私は、もちろんハルくんと婚約したい。でも、私達はまだ高校生だからさ。両親がなんていうか」


なんだ、そんなことを気にしていたのか。本当に可愛いやつだな。


「あぁ、そのことなら問題ない」


「なんで?」


「うちの両親はもう既に了承済みだし、香織の両親にも話してあるんだ」


「えっ!?いつの間に??」


驚くのも無理はない。香織が皆んなと出かけている時にこっそり、お邪魔したからだ。


さっき香織も言っていたが、やはりまだ高校生の俺達に婚約は早い。だけど、俺の置かれている状況と彼女達のことを考えて、真剣に決めた結果だ。


「お母さん達は、なんて?」


「2人とも喜んでくれてたよ。香織をよろしくってさ」


実際にはもっと色々話したのだが、香織には結果だけ、そう伝えた。


すると、香織はまた泣き出してしまい、落ち着かせるのに時間がかかった。


完全にお昼を買いに行くタイミングを逃した俺達は、キッチンに置いてあったパンを食べることにした。


「うん、たまにはパンもいいな」


「そうだねぇ、なんだか気分は新婚さん?」


すっかり上機嫌の香織さん。どうか、香織が口を滑らせませんように。俺は何もないことを祈るばかりであった。


「そういえば、ハルくんと2人でお泊まりなんて、初めてだよね」


「そうだな」


「今考えればおかしいもん。少し前までは、親が居ないとお泊まりなんて許してもらえなかったのに、この前話したらお母さんも伊織さんもニコニコしてるだけで、反対しなかったし。早く気付くべきだったなぁ」


「まぁ、皆んなには黙っててもらう約束だったから、仕方ないよ」


「わかってるけど、あのニヤニヤがムカつく」


その後、ご飯を食べ終わった俺達は、午後少し出かけることにした。


ーーーーーーーーーー


「ふふふ、最近ハルくんと2人でゆっくりできる時間も少なくなったよねぇ」


「そうだなぁ。なんかごめんな?」


「ううん、気にしないで。みんなで騒いでる時間も楽しいから。今度みんなでバーベキューとかいいかもね」


「ついでにバーベキューの道具とか見ていくか?どうせ近くまで来てるし」


「それもそうだね。そうしよっか」


俺達は、アイスを買いに行こうとしただけだったのだが、急遽近くのホームセンターへ向かった。


最近のホームセンターはキャンプやらバーベキューの道具が豊富に売っている。買わなくても、見てるだけでもすごく面白い。


「ハルくん、先にお手洗い行ってくるね」


「はいよ」


香織がお手洗いに行っているあいだ、俺は近くの壁に寄りかかる形で、香織を待っていた。


すると。


「あっ、HARU様だ!」


そう言って近づいてくる人がいる。あれ?もしかして。


「やっぱりHARU様だ!」


「お久しぶりです!今日は誰と一緒ですか!?」


この2人は以前にも会った、鳥居さんと南さんだ。この人達、出かける先でよく会うな。


でも、今日は町田が居ないようで、助かった。


「俺と話してて大丈夫なの?この前は彼氏が怒ってたけど」


「あぁ、私達別れたんです。気にしないで下さい。それから、ずっと聞きたいことがあったんですけど」


「HARU様はうちの学校の生徒なんですよね?2年生ですよね。何組なんですか?」


「あー、それはー」


なんとも答えにくい質問。なんとか、話を逸らさなくては。俺は、色々考えるが、いい答えほ出てこなかった。


しかし、頼れる相棒が現れた。


「ハルくん、お待たせ。あれ?鳥居さんと南さん。どうしたの?」


「あ、西城さん。こんにちは」


「HARU様見つけたから、ちょっと話してたの」


「町田くんが見ると、うるさいわよ?」


香織も俺と同じことを思ったようだ。そりゃ、そう思うよな。あいつしつこいし。


「あぁ、HARU様にも言ったけど、別れたから大丈夫」


「そうそう、ちょっと色々あってね。この前別れたばっかり。西城さんも来たし、私達も行こっか」


そう言うと、2人は香織に「バイバーイ」と言って離れる。そして、去り際に俺にも声をかけていった。


「バイバイ、齋藤くん」


「また、登校日にね」


「うん、また」


俺は手を振りながら去って行く2人に、手を振りかえした。


・・・あれ?


俺、完全にバレてない?

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