第68話 俺達の関係

「それでは、お時間になりましたので、皆さんに登場して頂きたいと思います。どうぞ」


今回の司会には、ドラマの放送局のアナウンサーだった。


その司会から、壇上へ呼ばれたため、俺達はゆっくりと舞台袖から、舞台へと上がっていく。


すると、大きな歓声と拍手に包まれながら、俺達は歩みを進めた。こんなに、拍手や歓声をもらったのは初めてで、戸惑っていた。


「はい、今日来て頂いた方々はメインのキャストさん達です。では、今回の主演2人からまずお話を聞いていきたいと思います」


今日は、簡単な挨拶のあと、いくつかの質問に答えるだけで、2、30分ほどの予定だ。


「では、まずHARUさんから一言お願いします」


「えー、試写会に足を運んで下さった皆様、ありがとうございます。今回、主人公役を演じさせて頂いたHARUです」


俺は、集まって下さった皆さんにお礼を述べた。


「今回の収録が俳優として初めての仕事だったので、初めはとても戸惑いながら始まったお仕事でしたが、監督をはじめ、スタッフ、共演者の皆さんに暖かく迎えていただき、なんとか終えることが出来ました」


無難ではあるが、公の場ででの挨拶はこれくらいが丁度いいだろう。


「HARUさん、ありがとうございました。では、次にヒロイン役を演じられた桃華さん、お願いします」


「はい。この度、主人公の鳴海の恋人役を演じさせて頂いた桃華です」


桃華は、ここで限ると一度頭を下げた。


「私は大崎監督の作品にいくつかの出させて頂きましたが、今回ほどNGを連発したのは初めてでした。ですが、それだけ妥協せずみんなで良い作品が作れたと思っております」


確かに、ヒロイン像が掴めるまではNGを連発していた桃華だったが、一度ハマってからは一度もNGを出すことはなかった。


さすが、売れっ子女優である。


その後も、次々と挨拶が進んで行き、一通り挨拶が終わる。


「では、最後に監督からも一言頂いてもよろしいでしょうか?」


大崎監督は、こういう場にあまり出てこないのだが、今回は終始笑顔で対応しており、関係者の皆さんは驚かれていた。


俺は、この笑顔が絶えない監督しか知らないが、桃華がいうにはいつもこんな感じではないとのことだった。


「えー、今回の作品に関しては、監督人生で一番の出来かもしれません。見て頂ければ、納得していただけるんじゃないかと思います」


「なるほど、大崎監督の渾身の出来で有れば、おそらくすごい完成度なのでしょう。私も、今からとても楽しみです。それでは、一通り挨拶をして頂きましたので、ここで簡単な質問コーナーとさせて頂きます」


質問は事前にアンケートが取られているようで、MCの裁量でどの質問か決まるようだ。


「では、まず監督にお聞きしますが、今回苦労されたシーンなどありますでしょうか?」


「そうですね。今回の作品は原作に限りなく忠実に作っていたので、動物が出るシーンも多いんですよね。なので、動物と上手く演じる難しさが今回はよくわかった作品でしたね。そういう意味で、動物とのシーンが苦労しましたかね」


「そうなんですね。では、次に主演の2人に質問です。2人が選ぶ、印象に残ったシーンなどありましたか?」


その質問に、俺たちは一度目を合わせるが、俺達が選ぶシーンは決まっている。


「私達が選ぶしたら、ラストシーンですかね。あのシーンは私達2人にとってとても大切なシーンになりました」


「はい、きっと生涯忘れることはないと思います。それだけ、大切な時間でした」


俺達は、視線を交えると静かに微笑み合う。その姿を見た、お客さんからは黄色い声があがった。


「今回、恋人役ということですが、お二人を見ていると、本当の恋人のようですね」


その言葉を聞いて、桃華はとても嬉しそうに微笑む。


「はい、私達は本当に恋人ですからね♪」


屈託のない笑顔で、そう言う桃華に、周囲は一瞬何を言っているのか理解できていなかった。


「あれ、私変なこと言いました?」


あまりに反応がないため、桃華は不安に思ったのか、キョロキョロとあたりを見渡す。


「えっと、これは、大丈夫なやつですか?」


明らかに、MCの人は慌てている。世間は、2人の熱愛について興味はあったが、未だに事務所から答えがなかっただけに、この発言にあたりは騒然としていた。


笑っているのは、事実を知っているキャスト達だけだ。


「はい、全然大丈夫です。事務所からはオッケーもらってますし、別に隠すことじゃないですからね」


そう言って、桃華は俺の頬にキスをして、ニンマリと笑顔を見せる。


「「「「キャーーーー!!!」」」」


その場に居合わせた、女性のお客さん達は、最高に盛り上がっていたが、男性客の落胆は手に取るように分かった。


「な、なるほど、じゃあこちらも気にせず聞いちゃいますが、よろしいですか?」


「はい!なんでも聞いてください」


そう言って、えっへんと胸をはる桃華。桃華の胸は控えめなので、なんだか見ていて微笑ましい姿だ。


桃華の行動に、終始和やかに進んだ舞台挨拶は、完全に桃華に乗っ取られる形になり、俺達の記者会見のようになっていたが、誰も文句は言わなかった。


初めから、こうなることを監督や母さん達は見越していたようで、これがいい番宣になると踏んでいるようだ。


しかし、予定していた30分はあっという間に過ぎており、1時間近く使ってしまったことは、後でめっちゃ怒られたのは言うまでもない。


ーーーーーーーーーー


『HARU &桃華、熱愛認める』


こんな見出しのニュースが、この日のうちには日本中を席巻した。


「全く、ハルくんも大胆なことするよねぇ」


「いや、あれはどう見ても桃華だろ?」


まぁ、桃華が言わなくても、俺が言うつもりだったから結果は変わらなかったが、やはり桃華が言ったことが大きかったと思う。


桃華は男女問わず人気がすごく、アンチが極端に少ないことで有名だ。そんな桃華のあんな幸せそうな顔を見たら、ファンじゃない人達も応援したくなるのだろう。


どこのニュースを見ても、俺達に対してマイナスな発言をする人はいなかった。


「ねぇ、ねぇ、ハルくんや」


「なんだい、香織さんや」


俺達はいま、俺の家のリビングでお茶を飲みながらニュースを見ていた。


「この後、ちょっと時間ある?」


「ん?まぁ、大丈夫だよ」


「あのさ、今日はお互いに両親が居ないからさ、外に食べに行こうよ」


「そうだな。俺たちが料理すると、黒い物体が出来るだけで、なんの生産性もないからな」


そう、俺達は2人とも料理ができない。これは致命的なことで、2人の時は冷凍食品か外食になってしまう。


俺達は、夏休み中にこの難題を解決したいと考えているのだが、中々良い解決策に巡り合えていなかった。


「よし、じゃあ夕飯は何食べるか」


「うーん、なんでもいいかな」


俺達は、大体困った時にはいつもファミレスに行っており、今日も例外ではなかった。


自宅から徒歩15ほどのところにあるファミレスで、俺たちは晩御飯を済ませることにした。


「いらっしゃいませー。あらお二人さん、いらっしゃい、いつもの席にどうぞ」


俺達は、そう言っていつもの席に案内される。


「それにしても、ここのファミレスに通うようになって長いよな」


「そうだね、常連だからね。私達顔パスでこの席に案内されるしね」


そう、俺達はいつも窓際のど真ん中に案内されるのだ。何故か知らないが、いつの間にか、ここが俺達の指定席になっていた。


「いらっしゃい、2人とも。今日も頼むわね」


そう言って、いつものウェイトレスのお姉さんは厨房に戻ってしまった。


すると、奥からさっきのお姉さんの声が聞こえた。


「さぁ、今日も忙しくなるわよ!2人が来た後が勝負だからね!」


俺達は何を言っているのか、分からなかっだが、俺達の料理を運ばれてきて、食べ始めた頃から妙にお客さんが増えていった。


俺達は気づいていなかったが、ある日店員の1人が気づいたらしい。


俺達が道路からよく見える位置で、仲良く食べると、その姿を見てお客さんがどんどん入ってくるという謎の法則があるらしく、俺達の席はここに固定されているのだとか。


俺達がそのことを知ることは、今後もなかったが、ずっとこの席案内されることは間違いなかった。


「はぁ、食った食った」


「こんなご飯が作れたらなぁ」


「無理言うなよ、俺達に料理の才能はない!」


「器用なハルくんが出来ないなら、私には無理だね。諦めて、うちの食卓は綾乃ちゃんに守ってもらおう」


俺達は、食べ終わると、レジで先程のお姉さんに会計をしてもらった。


「あ、そうだ。これ、よかったらどうぞ」


そう言って、手渡されたのは1枚のチラシだった。えっーと、料理教室のご案内?


へぇ、近所でこんなことやってるんだ。


「知り合いに頼まれて、チラシ配ってるの。もし良かったら行ってみて。初回は無料だから」


よろしくね、と手を振るお姉さんに軽く頭を下げて、俺達は家に帰ることにした。


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