第65話 理由
「さぁ、葛西、教えてくれるかしら?」
有無を言わせぬ雰囲気で、俺と美涼さんの前で仁王立ちしている澪。
俺達は、いつも通り正座させられていた。
『どうしますか、晴翔くん』
『ど、どうしましょうか美涼さん』
俺達は澪に聞こえないように、声を抑えて会話をする。
「なにをこそこそと話しているのです?」
「「ひぃぃぃ!」」
「葛西、さっさと話した方が身のためよ?」
「は、晴翔くん〜」
もう、これ以上隠しておくのも無理そうだ。仕方ない。ここは素直に話そう。
「澪、俺から話すよ」
「晴翔様。わかりました」
澪から解放された美涼さんは、ホッとして胸を撫で下ろした。
「えっと、お爺さんから、不知火グループのパーティの話を聞いたんです」
「えっ、お爺さまからですか?」
「はい。毎年開催していて、今年も開催するから澪のパートナーとして出席しないかと」
「えっ」
澪は突然の話に驚きを隠せないようだ。
「で、でも、最初にお爺さまに呼ばれたときは、まだそんな時期じゃなかったですよね?」
「あ、あの時は・・・」
言うかどうか迷っていると、俺の言葉を待っている澪の真剣な顔が視界に入る。
その顔がを見て、俺はちゃんと全部話すことを決めた。澪を安心させたくてやろうとしたことなんだ。心配させたら意味がない。
「初めてお爺さんに呼ばれた時は、澪との関係について聞かれたんだ」
「私との関係?」
「うん。本当に婚約者になる気があるのかって聞かれてさ。多分、その場しのぎの、婚約者のふりだってわかってたんだと思う」
「なるほど。確かに、お爺さまならそのくらいは見破るかもしれませんね」
そう言うと、悲しそうな表情で、顔を伏せてしまう澪。俺は、早く安心させたくて、話を続けた。
「その時に、パーティの話を聞いたんだ。澪の婚約者になるなら、ピッタリの場があるってね」
「私の、婚約者」
「うん、お爺さんに言われたんだ。澪の顔を見ればわかるって。澪は本気で婚約者になりたがってるって」
「はい。もちろん本気です。今も、あの時も」
「わかってる。俺も同じだから」
「えっ?同じ、ですか?」
澪がバッと顔を上げる。先程とは打って変わって、驚きを隠せない様子。
「俺は、あの時お爺さんに言ったんだ。俺も澪が好きだって。本気で婚約者の件を引き受けたんだって」
「嘘」
「嘘じゃないよ。俺も、澪のことが好きなんだ。澪の婚約者になりたいんだ。だから、パーティで正式に発表してもらう予定だったんだ」
「・・・そうだったんですね」
澪の頬を涙が流れ落ちて行く。決して泣かせたかった訳ではないが、悲しませないで済んだことに俺は安心した。
「お嬢様、今まで黙っていて申し訳ありません」
涙を流す澪に、そっと近寄る美涼さん。二人の付き合いは小さい頃かららしく、かなり長いらしい。なんだかんだ言って仲はいいようだ。
「ううん、私こそごめんなさい。本気で葛西を疑ってたわけじゃないの」
「うっ、そ、そうですか、ありがとうございます、お嬢様」
なぜ、そこで動揺する。普段の澪なら、見逃さないだろうが、今は感情をうまくコントロール出来ておらず、美涼さんの変化に気づかなかったようだ。
「あ、あの、晴翔様。その、も、もう一度言ってくれませんか?」
「ん?何を?」
澪は頬を赤く染め、もじもじしながらこちらをチラチラ見ている。
か、可愛い!
澪が、こんな仕草をすることは、あまりないため刺激が強い。
「そ、その、す、好きだって」
「澪、好きだよ。大好きだ」
「はぅっ!」
もうすっかり涙は止まり、幸せそうな表情を見せてくれる澪。これで、一安心かな。
「も、もう。そう言うことは、早く教えてくださればよかったのに。晴翔様も葛西も意地悪です」
「ごめんね。それで、今日葛西さんと行ったところなんだけど、そっちはもう少し待ってくれないかな?」
「はい、もちろんです」
あっさりと頷いてくれたため、俺は拍子抜けだったが、助かった。
「ありがとう。話せる時が来たら、ちゃんと話すから。ごめんね」
「いいんです。もう、私は大丈夫ですから。私が晴翔様を疑うことはもうありません。心から信頼しております」
そう言うと、澪は俺に近づき目の前に座る。
「晴翔様」
そう言って、俺をそっと抱き寄せる澪。先日、田沢先生に対抗した時とは違い、澪の気持ちがすごく伝わってくる。暖かい。
そして、少しの間抱きしめられた後、俺たちの距離は少し空き、また距離が詰まった。
「大好きです、晴翔様」
今度は、抱きしめられることはなく、お互いの唇を重ねた。
ーーーーーーーーーー
私は、ちょうど帰宅した晴翔様と葛西を捕まえて、部屋へと連れて行きました。
「さぁ、葛西、教えてくれるかしら?」
私は、晴翔様ではなく、葛西を問い詰めることにしました。出来れば、晴翔様を問い詰めるなんてしたくありません。
『どうしますか、晴翔くん』
『ど、どうしましょうか美涼さん』
2人がこそこそと話しているのを見て、なぜか胸が締めつけられるように痛くなります。
「なにをこそこそと話しているのです?」
「「ひぃぃぃ!」」
む、なんだか無性にイライラしますね。
「葛西、さっさと話した方が身のためよ?」
「は、晴翔くん〜」
なんでそこで晴翔様に助けを求めるのよ。本当はこの2人できてるんじゃないでしょうね!?
「澪、俺から話すよ」
「晴翔様。わかりました」
葛西の態度には納得いきませんが、晴翔様の真剣な表情を見て、少し落ち着きました。
初めは、どんな話を聞かされるのかと、ドキドキしていましたが、どうやらお爺さまと話していたことを教えてもらえるようです。
話を聞いてみると、どうやらお爺さまは私達の関係が、ふりだということに気づいていたようですね。
「本当に婚約者になる気があるのかって聞かれてさ。多分、その場しのぎの、婚約者のふりだってわかってたんだと思う」
「なるほど。確かに、お爺さまならそのくらいは見破るかもしれませんね」
想いというものは、顔に出ますからね。私がいくら本気でも、あなたは。
私は、悲しくなってきてしまい。つい、俯いてしまいました。しかし、話の続きを聞いて、私の気持ちはすぐに変わりました。
「その時に、パーティの話を聞いたんだ。澪の婚約者になるなら、ピッタリの場があるってね」
「私の、婚約者」
それにしても、そんな前からパーティの話をしていたとは知りませんでした。
そ、それに、婚約者として晴翔様と出席するなんて。そ、それって、お爺さまが認めてくれたってことですよね!?
「お爺さんに言われたんだ。澪の顔を見ればわかるって。澪は本気で婚約者になりたがってるって」
「はい。もちろん本気です。今も、あの時も」
私は、本気であなたのことを想っています。私は真剣に晴翔様へ言葉を伝えます。決して届かないとしても、悔いはありません。
「わかってる。俺も同じだから」
「えっ?同じ、ですか?」
一瞬、私は何を言われたのかわかりませんでした。私が思っていた返事と全く違ったから。
「俺は、あの時お爺さんに言ったんだ。俺も澪が好きだって。本気で婚約者の件を引き受けたんだって」
「嘘」
私は、まだ信じられませんでした。でも、晴翔様の言葉を聞いて、先ほどまで締めつけるように痛かった胸から、今度は違う感情が溢れ出てきます。
「嘘じゃないよ。俺も、澪のことが好きなんだ。澪の婚約者になりたいんだ。だから、パーティで正式に発表してもらう予定だったんだ」
「・・・そうだったんですね」
私は、流れる涙を止めることができませんでした。だって、この涙は嬉しい涙だったから。
「お嬢様、今まで黙っていて申し訳ありません」
「ううん、私こそごめんなさい。本気で葛西を疑ってたわけじゃないの」
「うっ、そ、そうですか、ありがとうございます、お嬢様」
ん?なんだかいま、ちょっとおかしかったような気がするけれど、気のせいよね。ごめんなさいね、葛西。
私は、どうしても、もう一度聞きたい言葉があったため、晴翔様の方へ振り向きます。
「あ、あの、晴翔様。その、も、もう一度言ってくれませんか?」
私は、恥ずかしさのあまり、もじもじとしてしまいましたが、晴翔様から大好きだと言ってもらえたため、全てがどうでもよくなってしまいました。
そして、今日葛西と出かけていた件は、ここでは聞かないことにしました。今なら2人を疑うことはありません。
「ありがとう。話せる時が来たら、ちゃんと話すから。ごめんね」
「いいんです。もう、私は大丈夫ですから。私が晴翔様を疑うことはもうありません。心から信頼しております」
私は、そっと晴翔様を抱きしめました。先日のように無理して抱きしめた時とは全く違いました。嬉しくて、暖かくて、愛おしくて、色々な感情が溢れてきます。
私は、もう自分の気持ちを抑えることが出来ませんでした。
「大好きです、晴翔様」
私は、晴翔様の唇に、自分の唇を重ねた。ほんの僅かな時間だったけれど、永遠のように永く感じる。幸せです、晴翔様。
その後、晴翔様が無事ご自宅へと、お帰りになったため、私は久々に葛西とゆっくり話をすることにしました。
「葛西、疑ってごめんなさいね」
「い、いえ、私はお嬢様の見方ですからね。決して抜け駆けしようとか思っておりません!」
「どうしてそんなに動揺しているの?もう疑ってないって言ってるでしょ?安心して」
「はい、お嬢様。ありがとうございます」
良かった、葛西もいつもの笑顔に戻ったわ。これで、また仲良くやっていける気がするわ。
「そういえば、さっき晴翔様から受け取った紙袋はなんだったの?」
「えっ!?な、なな、なんでも、ありませんよ、お嬢様!」
怪しい。これは何かあると私の勘がそう言っています。
「葛西、見せてごらんなさい?」
「いえ、大したものではありませんので」
「なら見せなさい」
私は葛西から紙袋を取り上げると、袋を開けて中を覗きました。すると、女性ものの下着が入っておりました。
それに、これは先日のお風呂騒動の時に見たものと一緒。ということは、あなたのものよね!?
「か・さ・い〜?」
「申し訳ありません〜!!」
私はその後、結局また葛西に対して、態度が厳しくなってしまいました。しかし、何かがあったと疑っているわけではありません。
こんな時間も楽しく思えるようになりました。
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