第63話 お爺さんとの話

そういえば、あの写真。


「ねぇ、母さん。俺が小学校くらいの時の写真ってあったっけ?」


「あったと思うけど。伊織さんどこにあったかしら?」


「確か、アルバムは倉庫にあっただろう。でも、今は出せないな。急ぎか?」


「いや、大丈夫だよ。出せるときに出しといて」


「おうよ」


できればすぐ確認したかったが、どうやら今はダメなようだ。何かがずっと引っかかっているような、なんとも言えない感覚。何かを思い出せそうなんだが。


「そうだ、晴翔。あなた明日も不知火さんのお宅へ行くのよね?」


「まぁ、そうだけど」


「だったら、これ持って行ってくれる?」


「なにこれ?」


俺は、母さんから何かが入った、少し大きめの袋を受け取った。果たしてなにが入っているのか?


「ふふふ、頼まれたやつよ。ちゃんと渡しておいてね」


「へいへい。最近、あの人に会うのも抵抗がなくなってきたな」


「あら、いいことじゃない。婚約者のお爺さんでしょ?」


「その、サラッと婚約者とか言わないでくださいよ。気恥ずかしい」


ちょっと前までは、澪のことは不知火さんとか澪ちゃんって呼んでたのに。


「別にいいじゃない。あんたが蒔いた種でしょ。それに、あんたが決めたことなんでしょ?」


「まぁ、そうだけど」


「だったら、ちゃんとしなきゃダメよ」


「わかってるよ」


俺は、気恥ずかしさから自室へ戻ることにした。そして、明日は澪の家に行くため早めに寝ることにした。


ーーーーーーーーーー


「さて、この家に初めてきたときは、驚いたもんだが。慣れとは恐ろしいものだな」


俺は、特に呼び鈴を鳴らすこともせず、敷地の中へと入っていく。そして、正面からではなく、中庭を通って直接お爺さんの部屋へと向かう。


「晴翔です。失礼しまーす」


ガラガラガラッ


「おう来たか」


初めこそ、澪の婚約者として訪れた時は、本当に殺されるんじゃないかと思ったが、話をしてみればただの孫が心配なお爺さんだった。


最近では、頻繁に会う機会も多くなり、それなりに距離が縮まったと思う。


「これ、母さんからです」


「おぉ、待っておったぞ!」


俺は、母さんから預かった荷物を、顕彰さんに渡す。かなり喜んでるな。


「それ、なんですか?」


「ん?聞いてないのか?真奈さんのサインじゃ。私物にしてもらったんじゃ」


「ふーん」


「見せんぞ?」


大事そうに抱え込み見せてはくれなそうだ。まぁ、決して見たいわけではないが。


「そういえば、サイズはわかったのか?」


「はい、一応。見ればわかりますので、おそらく大丈夫だと思います」


「ふむ、それにしても変わった特技もあったもんじゃの?では、葛西を連れて行くといい。あやつが居れば、顔パスで入れるからの」


「か、葛西さんですか」


「ん?なんじゃ、なんかあったのか?」


「いえ、なんでも」


はぁ、昨日の今日で会うのも気まずい。しかし、例のものも返さないといけないしな。仕方ない。


「では、葛西さんと行ってきます」


「うむ、おそらく外で待っておるはずじゃ。金の心配はいらんから、好きに選ぶんじゃぞ」


「ありがとうございます」


俺は、葛西さんと合流するため敷地の外を目指した。すると、なんだか声が聞こえてくる。


「ねぇ、葛西。私に隠してることあるでしょ」


「お嬢様、そんなことありませんよ」


「じゃあ、今日はどこに行くのよ?」


「顕彰様に頼まれて買い物に行くのです」


「怪しいわね」


どうやら、美涼さんが澪に捕まっているようだ。どうするか。


「おい、澪。ちょっといいかい?」


「お爺さま、なんですか?」


どうやら顕彰さんが、気をひいてくれているようだ。今のうちに行くしかない。


俺は急いで車へと向かうと、すぐに美涼さんもやってくる。


「すみません、遅くなりました」


「いえ、俺も今来たところです。澪は大丈夫ですか?」


「はい、私が嘘をついてるのに気づいたようでして。顕彰様と晴翔くんのことを問い詰められてました」


相変わらず、勘がいいな澪は。美涼さんには、今まで知らないふりをしてもらっていたが、一応今回の協力者だ。


「じゃあ、早速だけど行きましょう」


「お願いします」


俺達は、今回の目的地へと向かった。初めて入るお店なのでとても緊張していた。


ーーーーーーーーーー


時は遡ること少し前の話。


テストが終わったあと、澪の家を後にする時のこと。突然、顕彰さんが現れて、俺を呼び出した時の話だ。


「どうしたのですか、お爺さま?」


「おぉ、澪、元気そうだな。友達とも仲良くやれているか?」


「えぇ、それは問題ありませんが」


「そうかそうか。ちょっと儂はこやつと話があるんでな。ちょっと借りるぞ」


「えっ、俺ですか?」


「お前以外誰が居るんじゃ。早よ来い、小僧。葛西、他の子は先に送ってやりなさい」


「かしこまりました」


俺はお爺さんの後を大人しくついて行くと、玄関からは入らずに、中庭を通ってかなり奥の方まで入って行く。


俺は一体どこへ連れて行かれるのか?


「ここじゃ、さっさと入れ」


「は、はい」


どうやらお爺さんの部屋らしく、母さんのポスターが貼ってあった。本当に好きなんだな。


「んんっ!これは気にするな。さて、さっそく本題だが」


「なんでしょうか?」


「お主が澪の婚約者になるというのは本当なのか?」


「え、どういうことですか?」


もしかして、仮の婚約者だとバレたのか?


「いや、男嫌いのあの子が突然婚約者を見つけて来るのも怪しいが、なんとなく儂の勘が怪しいと言っておる」


「・・・」


「沈黙は金じゃぞ?」


この人には、ちゃんと言わなきゃダメな気がする。この人は、きっと澪のことが心配なだけなんだ。嘘はつけない。


「そうですね、俺は婚約の話を断るために、頼まれて婚約者のふりをしています」


「ふむ、じゃがのぅ。澪の顔を見ればわかるが、あれは嘘ではなかろうて。小僧も気づいておるだろ?」


「そうですね。自惚れかもしれませんが、先輩からは好ましく思われていると思っています。それに」


俺は、次の言葉を口にするか迷っていた。しかし、真剣にこちらを見ているお爺さんを見て決心した。


「俺も、先輩のことを好ましく思っています。でなければ、こんな話は受けなかったと思います」


「ふむ、そうか」


・・・。


しばし、俺たちの間には沈黙が続いた。


「小僧、名前はなんだったか」


「齋藤晴翔です」


ふむ、と腕を組んで難しい顔をしている。しかし、すぐにため息を吐くと、何かを諦めたような表情をする。


「可愛い孫のわがままなら、叶えてやらねばならんな。晴翔、ちゃんとあの子のことを見てやってくれ」


「はい」


俺は、考える時間も必要なく、即答で返事をする。どうやら俺の気持ちが伝わったようだ。


「ならば、何も言うまい。しかし、正式な発表は少し待って欲しい。こちらにも色々準備があるし、発表にはピッタリの催しが近々ある」


「ピッタリの催しですか?」


「あぁ。毎年、不知火グループが主催するパーティがある。その時に、正式に婚約者として発表する」


そんなパーティがあるのか。というか、それって俺も出るのか?


「それまでに、お前も色々準備しておけ。指輪くらいなくては格好つかんぞ?」


「ゆ、指輪ですか?」


「別に、高いもんじゃなくてもいいわい。それに、儂が紹介すればそれなりの金で買えるから安心せい」


「そ、そうですか」


人生はじめての指輪が、婚約指輪になろうとは思いもしなかったが、俺の気持ちを表すにはいいのかもしれない。


時折見せる澪の悲しそうな表情は、見ていて辛い。少しでも安心してくれるなら。俺は腹を括る。


「あの、お願いがあるんですが」


「なんじゃ?」


「澪先輩だけでなく、他の彼女にも同様に贈りたいのですがよろしいですか?」


「ふむ」


もしかしたら、反対されるか?孫のこと本当に可愛がってるからなぁ。


「いいだろう、それぐらいの甲斐性は見せなくてはな。大事にするんじゃぞ?」


「ありがとうございます」


こうして、初めてのお爺さんとの話し合いは終わった。その後、パーティの日取りか段取り、指輪の話など何度も話し合いは続いた。


そして、協力者として美涼さんにも加わってもらい、澪に鉢合わせないようにしてもらっていた。


そしていま、俺は美涼さんの案内で、顕彰さんに紹介してもらった店へと向かっていた。


「着きましたよ、晴翔くん。ここです。私と居れば大丈夫ですので離れないで下さいね」


「わかりましたが、さすがに近くないですか?」


「いえ、これくらい普通です」


「そ、そうですか」


俺は美涼さんに腕を取られながら、店の中へと入って行く。彼女達に似合うものをしっかりと選ばないと。


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