第61話 組手


「あの、本当に、今更ですけど、晴翔さんって呼んでもいいですか?」


「あぁ、いいよ。好きに呼んで」


「やったぁ。あ、私のことは六花と呼んでください」


「了解。あのさ」


んー?晴翔さんが、こっち見てるっす。顔になんかついてるっすかね?


念のため手で軽く顔を触ってみるけど、特に何もないっすね。


「どうかしました?」


「いや、喋り方が全然違うんだなぁって思ってさ。よくここまで直せたね」


なるほど、そういえば前回会った時に、普通に喋ったんだっけ。


「そうっすね。もうどっちでも大丈夫っすけど、最初は慣れなかったっす」


「ははは、まぁ癖みたいなもんだからね。でも、俺はこっちの方が好きかな?」


「えっ!?ほ、本当っすか!?」


「え、うん。なんか自然な感じがするし」


ど、どうしよう!?

晴翔さんが好きって、好きって言ってるっす!


あ、もちろん『私を』じゃないことは、知ってるっすよ。でも、嬉しいっすねぇ。


「ありがとうございます。すごく嬉しいっす」


はぁ、晴翔さんって、こうまじまじ見ると、本当に格好いいっすねぇ。髪で隠れてても、あんなに格好いいのに、これはやばいっす。


このままじゃ、心臓が持ちそうにないっすよぉ。そのうち破裂して死んじゃうんじゃないっすか??


僕は、意識し出すとなかなか晴翔さんを直視できなくなっちゃったっす。どうしよう。


ーーーーーーーーーー


「あの2人、結構気が合いそうだね」


「そうですね、2人はどっちもスポーツマンですからね。気が合うんじゃないですかね?」


「だったら、大丈夫そうかな?」


「何がですか?」


「ん?あぁ、今回8曲用意してあるんでけど、そのうち3曲はデュオなんでよねぇ。出来ればあの2人に歌って欲しいんだけどな」


「えっ、そうなんですか!?」


この短時間で、8曲用意してるのも驚きだけど、なんでデュオを3曲も用意してるのよ。


やっぱり売れる人って、普通じゃダメなんだろうか?それにしても、六花さんの事務所がOK出すかわからないわね。


「六花さんの事務所には話通したんですか?」


「うん、誰使ってもいいって言ってたから、りっちゃん連れてきた。まぁ、事務所にはまだ言ってないけど」


「そうなんですね。なんか、すごいとしか言いようがないですね」


「まぁ、りっちゃんに関しては特に問題ないよ。近々事務所も移るみたいだし」


え、初耳なんですけど!?それって、聞いちゃってよかったやつ??


「あ、まだ誰も知らないから言わないでね」


「やっぱり!?」


この人、本当にすごい人なんだけど、こういうところは抜けてるのよね。


「さて、りっちゃんにも了承取らないと」


「え、まだその段階ですか!?」


「りっちゃーん」


ダメだ、やっぱり私じゃこの人についていけないわ。晴翔くん、助けてぇぇぇ。


ーーーーーーーーーー


その後、あれよこれよと話が進んでいき、結局俺たちは2人でCDを出すことになった。


初めは、3曲とも違う人に歌ってもらうつもりでいたようだけど、そこは六花が断固拒否して、全部自分が歌うと言い出したので、お願いすることにした。


「いやー、それにしても六花は歌がうまいな。さすが本業だね」


「いえ、僕の方がびっくりしたっすよ!晴翔さんの方が凄いっす!」


六花は興奮気味に、話を続ける。


「いろんな歌手の方と仕事をしてきたっすけど、こんなに心に響いたのは初めてっす」


確かに、レコーディング中はずっと涙ぐんでたけど、そんなによかったのかな?


「さて、じゃあ道場に行こうか」


「はいっす!」


俺達は、スタジオを出ると自宅へと向かった。自宅へは恵美さんが送ってくれるとのことで、お言葉に甘えることにした。


「さて、それじゃお疲れ様」


「「ありがとうございました」」


恵美さんは俺達を降ろすと、事務所へ帰った行った。


「さて、父さんに声かけてくるから待ってて」


「はいっす」


俺は家に帰ると、リビングで休んでいる父さんを見つけた。


「あ、父さん。道場借りてもいい?」


「おぉ、晴翔、おかえり。別にいいぞ」


「ありがとう。それでさ、1人紹介したい子がいるんだけど」


「なんだ、新しい彼女か?」


「違うっつーの」


俺は、軽く父さんを小突く。しかし、思ったより綺麗に肘が入ってしまった。


「ぐおっ!?お、お前、最近やるようになったな。ぐおぉぉぉ」


「な、なんか、ごめん」


俺は痛がる父さんを玄関に連れて行く。玄関まで行くと、父さんは彼女に気がついたようだ。


「おっ、りっちゃんじゃんか!?」


「はいっす、伊織さん、お久しぶりっす!」


あれ?父さんは覚えてたのかな?


「なんだよ、こんなに大きくなりやがって。間違えたな!」


そう言って、父さんは六花の頭をわしゃわしゃと撫で回す。


「い、痛いっすぅ」


「おぅ、悪るい。今日はどうしたんだ?」


そうだった、空手のこと言わないと。すっかり忘れてた。


「また、うちで空手のやりたいらしくてさ、いいかな?」


「おう、当たり前だろ。ちゃんと、りっちゃんの札残してあるぞ。ちょっと待ってろ」


父さんは納戸に札を探しに戻る。そして、札を持って帰ってくる時には、母さんがセットで帰ってきた。


「あらあら、りっちゃん。大きくなったわね。仕事頑張ってるわね」


「お久しぶりっす。相変わらず真奈さんは綺麗っすね。羨ましいっす」


2人は小声で何か話している。


『りっちゃん、ごめんね。晴翔は鈍感だから、まだ気づいてないでしょ?』


『ははは、まぁ。でも、気づくまで待つっす』


『ありがとう、晴翔をよろしくね』


『はいっす!』


2人は何やら楽しそうに話しているので、俺は父さんから、先に札をもらった。


「じゃあこれ、つけといてくれ」


「わかったよ」


さて、母さんの方も終わったみたいだし、道場に行くか。


「六花は空手しばらくやってないんだろう?」


「はい、筋トレとか走り込みはやってますが、組手の相手とか居ませんでしたし、大会にも出てないので」


「じゃあ、軽くウォーミングアップしてから、組手で勘を取り戻そう」


「わかったっす!」


俺達は、更衣室で道着に着替えると、準備運動を始める。


うん、サイズが合ってよかった。それにしても道着がよく似合ってる。着こなせてるというか、様になってるな。


「よし、じゃあやってみようか」


「押忍っ!!」


俺達は2分間、お互いに打ち合った。


うん、足腰がしっかりしてる。拳も蹴りも芯に響く。女性にしては重い。


「シッ、シッ!」


休みなく打ち続けるスタミナもある。俺はしばらく、六花からの攻撃を受け続けた。こちらからはまだ攻撃はしない。


「スタミナは申し分ないね」


「シッ、ッ!お褒めに預かり光栄っす!セイッ!」


うん、手数が多い。男性を相手にするなら必要ことだけど、それまでだな。


俺は、残り半分を過ぎると反撃する。六花の攻撃をガードすると、すぐさま蹴りを出す。


「くっ!」


うん、反応出来てる。でも、ガードが甘いね。ガード出来てるようでも、ちゃんと芯を捉えないとダメージを受ける。


「よし、ここまで!」


「ハァ、ハァ、ハァ。あ、ありがとう、ございましたっ!」


六花は息絶え絶えだが、久しぶりだから、これだけ動ければ上出来だ。


「お疲れ様。久しぶりとは思えないね」


「いえ、ハァ、ハァ、まだまだっす」


うん、謙虚だし、向上心もある。きっともっと強くなるね。


俺は、そんな六花にダメ出しとアドバイスをすることにした。


「まず、スタミナは申し分なし。攻撃も芯を捉えててよかった。でも、攻撃が単調だね。そういう攻撃は読まれやすい」


「はいっす」


「それと、ガードが甘いね。出来てるようで、捌ききれてない。無駄にスタミナが減るだけだ。それと、実践が少ないからか、フェイントに引っかかりすぎだね」


「反論出来ないっす。僕も同じこと思ったっす」


うん、原因は至極単純なことなんだけどね。彼女は多分目が良過ぎるんだ。あと、駆け引きが出来てない。


「まずは、勘に頼りすぎないことだね。どんなスポーツも考えるに力が必要だ。空手もそう」


俺がそう言うと、みるみるうちに顔色が曇る。どうしたのだろうか?


「・・・僕、脳筋アイドルって呼ばれるほど、考えるの苦手っす」


「あぁ、そんなことか。大丈夫、ちゃんと教えてあげるから」


すると、パァッと笑顔になる。こういう、素直な性格は彼女の長所だな。


「汗が凄いね、俺の鞄にタオルあるから使っていいよ」


「ありがとうっす!」


ふっふふーん♪


機嫌良く俺の鞄を漁る六花。しかし、しばらくすると、突然手を止める。


すると、鞄からあるものを取り出してこちらをみる六花。


「は、晴翔さん、これ、なんすか?」


「あっ」


六花が、手に持ってるのは見覚えのある黒い布。あれは、美涼さんの!?


なんで鞄に入ってんの!?

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