第60話 助っ人

「恵美さん、おはようございます」


「おはよう、晴翔くん」


今日の仕事はレコーディングのため、スタジオの方に来ていた。


「晴翔くん、大丈夫?なんかすごい疲れた顔してるけど」


「い、いえ、大丈夫ですよ。ちょっと、午前中知り合いに会っていたんですけど、少し疲れちゃって」


まぁ、美涼さんも悪い人ではないんだけどね。ちょっと暴走し出すと手がつけられない。澪に手綱をしっかり握っててもらわないと。


「そっか、無理しないでね」


「ありがとうございます」


俺は、レコーディングルームに向かうと、そこには蘇原さんが、準備をして待っていた。


「おはようございます、蘇原さん」


「おはよー、さっそくだけどやろうか」


挨拶もそこそこに、俺はレコーディングを始める。もう既に、蘇原さんに何度かレッスンをしてもらっているため、ほとんど完成に近いのだが、なかなかOKは出ない。


「ちょっと、休憩するよー」


「わかりました」


一度休憩を挟むと、恵美さんが蘇原さんに話があるようで、なにやら話し込んでいる。向こうの部屋とは、ガラスで仕切られており、マイクを通さないと声は聞こえない。


そのため、何を喋っているのかは、わからなかった。


「蘇原さん、以前お話しもらった例の件なんですけど」


「あぁ、あれね。準備は着々と進んでるよ」


なにやら仕事の話らしいが、なんの話だろうか。初めてここに来た時も、何か喋ってたようだけど。


「それが、今回のドラマなんですけど、放送時期がかなり前倒しになりそうです」


「えっ、でもクール的に10月とかでしょ?」


「いえ、来月には放送されそうです」


「えっ、なんで!?」


「今やってるドラマの一つが、主演俳優の不祥事で打ち切りになるんですよ。本当だったら、特番やら昔のドラマの再放送とかで補うんですけど。どうやら、そこにこのドラマをねじ込むみたいです」


「何かあったの?そんな急に放送時期変えるなんて、普通じゃないよ」


「まぁ、そのうちわかりますよ。今は説明できないことの方が多くて」


「そっか、じゃあ例の件も早めに進めないとね。了解したよ」


「ありがとうございます」


一通り話は終わったようで、レコーディングは再開した。その後、順調に進んでいき、とりあえず、この曲のレコーディングは無事に終了した。


「お疲れ様、晴翔くん。終わって早々だけど、仕事の話をしてもいいかな?」


「はい、大丈夫です」


「以前から、蘇原さんからお話しもらってたんだけどね。今回ドラマで主題歌歌うでしょ?」


「はい」


「そこでね、シングルもいいんだけど、アルバム出さないかって。何曲か溜め込んでるのがあるらしくって、晴翔くんに歌って欲しいみたいなの。ちょうどドラマにぶつけて発売した方が売れるかなって思ってたんだけど」


「アルバムですか?俺としては、嬉しい限りですけど、出来ますかね」


一曲だけでもこんなに大変なのに、それが何曲もなんて。出来る自信がない。


俺が、なかなか踏み切れないでいると、蘇原さんが近づいてくる。


「まぁ、難しく考えなくて大丈夫だよ。それと、今回助っ人を用意してるからさ。その人が来てからまた話そう」


「わかりました」


助っ人って一体誰だろうか?レコーディングであれば、やっぱり歌手の人なのかな?


コンッ、コンッ


「失礼しまーす」


「おっ、来たな。どうぞ」


なんだか、聴き覚えのある声がすると思ったら、入ってきたのは六花さんだった。


「今日よろしく頼むよ、りっちゃん」


「はい、蘇原さんの頼みであれば、任せてください!」


どうやら、蘇原と六花さんはかなり仲がいいらしい。仕事上、関わることが多いのだろう。


「それで、その新人って、あれ?まさかHARU様ですか!?」


やっと俺に気づいたらしく、かなり驚いている様子。聞かされてなかったのか。


「それじゃあ、こっちは話があるから、晴翔くんと少し話してきなよ」


「えっ、晴翔くん?」


「うん、よろしくね」


「あっ、蘇原さん、待って!・・・行っちゃったか。しょうがない、今は気にしないでおこう」


六花さんとの話が終わったのか、蘇原さんはまた、恵美さんと再び話し込んでいる。


そして、六花さんはこちらの部屋にやってきた。


「HARU様、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


ーーーーーーーーーー


「もしもし、りっちゃん?」


「あ、蘇原さん、お久しぶりです。どうしたんですか?」


「久しぶりー。今日って、少し時間取れる?」


「はい、大丈夫ですよ。最近は仕事が少なくなって、いい感じです!」


「それはよかった。ちょっと、歌の面倒を見てもらいたい子がいてね。お願いできないかな?」


蘇原さんが、頼み込むってことは、相当見込みがある子なんだろうな。ちょっと気になる。


「いいですよ、いつものスタジオですか?」


「そうそう、よろしくね」


「わかりました」


蘇原さんと通話を終えると、私は準備をしてスタジオへと向かった。


外に出る時は、基本的に帽子やマスク、サングラスをかけていく。


やりすぎなように思われるが、身バレした時は本当に面倒くさいのだ。これからでちょうどいい。


それに、週刊誌に見張られている可能性も高い。元アイドルは、まだ需要がある。気をつけないと。


私は、そそくさとタクシーに乗り込むと、例のスタジオに向かった。到着すると、そこには昔と変わらない姿のスタジオがあった。


「懐かしいなぁ。アイドルは面倒だったけど、歌は好きだったからなぁ」


さて、今日の子はどんな子かしら。


私はちょっと嬉しくなって、少し舞い上がっていた。


コンッ、コンッ


「失礼しまーす」


「おっ、来たな。どうぞ」


あ、蘇原さんの声だ。この声も懐かしい。私は、ワクワクしながら扉を開ける。


「今日よろしく頼むよ、りっちゃん」


「はい、蘇原さんの頼みであれば、任せてください!」


あぁ、懐かしいなぁスタジオ。えっと、新人さんはどこにいるのかな?


「それで、その新人って、あれ?まさかHARU様ですか!?」


私は、部屋の中をぐるっと見渡すと、ガラス越しにHARU様の姿を見つけました。


「それじゃあ、こっちは話があるから、晴翔くんと少し話してきなよ」


「えっ、晴翔くん?」


HARU様じゃなくて?

いや、たまたま名前が同じだったとか?


「うん、よろしくね」


「あっ、蘇原さん、待って!・・・行っちゃったか。しょうがない、今は気にしないでおこう」


しょうがない、本人に聞いてみるしかないか。


「HARU様、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


うわぁ、久しぶりのHARU様だぁ。

晴翔さんの道場で会ったのが最後だったかな?


そういえば、なんでHARU様があの時、道場の鍵を持ってたんだろう。


基本的に、上の人しか持たされてないのに。そうだ、名前、確かめないと。


なんだろ。名前を聞くだけなのに妙にドキドキする。私が心を落ち着かせていると、HARU様が声をかけてくれる。


「六花さん、久しぶり。あれから道場に来ないけど、他で始めたの?」


「あ、いえ、なかなか伊織さんに会えなくて。伊織さん忙しいですからね。仕方ないんですけど」


「あぁ、そっか師範に声かけないと、また入れないのか。あのさ、今日この後って時間ある?」


「えっ、時間ですか?大丈夫ですけど」


「だったら、一緒に道場に行こうよ。今日なら父さん居ると思うし」


「えっ?お父さんですか?」


なんでお父さん?私はよくわかっておらず、話についていけない。


「うん、伊織って俺の父さんだから。ついでに、少し一緒に汗流そうよ。六花さん強そうだから気になってたんだ」


そう言って、笑うHARU様の笑顔は、私が知ってる人にそっくりだった。いや、伊織さんの息子さんなら間違いない。


やっと見つけた。


「じゃあ、今日一緒に行っていいですか?晴翔さん」


「うん、いいよ。あれ?俺名前言ったっけ?」


「いえ、さっき蘇原さんに聞いたんです」


そっか、と納得してくれた晴翔さん。


やった、やった♪


やっと見つけた。僕はちゃんと気づいたっすよ、晴翔さん。いつ、僕に気づいてくれるかな。早く気づいて下さいっす、晴翔さん。


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