第58話 ご褒美?

「す、すみません、晴翔様!」


「別に大丈夫だから、落ち着いて」


未だに俺の上であたふたとしている澪。いつものしっかりしている雰囲気とは打って変わって、幼い印象を受ける。


これがギャップというやつなのだろうか。妙にドキッとした。しかし、それ以上に澪が慌てていたため、すぐに我に戻る事ができた。


「大丈夫、落ち着いて」


俺は、少しでも落ち着けるように、ゆっくりと声をかける。しかし、それが逆効果だったようで、妙なスイッチが入ってしまう。


「晴翔様、私・・・」


澪はほんのりと頬を染め、俺を見つめる。


しばしの沈黙の後、俺たちの距離は少しずつ縮んでいく。少しずつ、少しずつ、澪の顔が俺に近づく。俺は澪の肩を持ち、止めようとするが、あと数センチcmのところで澪が止まる。


どうしたのだろうか?と思ったが、俺はすぐにその理由がわかった。なにやら、こちらをずっと見ている人物がいたからだ。


俺達はそっと体育館の入り口に視線を向ける。すると、そこにはお茶を抱えてこちらの様子を窺っている葛西さんがいた。


「葛西、いったいなにしているのかしら?」


こめかみをピクピクさせ、引き攣った笑顔で声をかける澪。それに対し、葛西さんはバレてからも飄々としており、特に気にした様子もなくこちらに来る。


「いえ、お嬢様の貴重なファーストキスが見られるかと思い、陰ながら応援しておりました」


「ん〜〜!!葛西、私はそんなはしたないことをしようとしていないわ!」


澪は調子を取り戻してきたのか、凛とした佇まいになってきた。さっきみたいな、あたふたしているのも可愛いのだが。


「へぇ、そうなんですね。男性を押し倒していましたが、見間違いでしょうか?」


「あ、あれは、バランスを崩してしまっただけよ。お、お押し倒したなんて、人聞き悪いこと言わないでちょうだい!」


なんだかいつもと逆の光景だな。いつもなら、澪が葛西さんを問い詰めるところだが、今日に限っては澪の方が押されている。


「いえ、当初お話ししていたのとは、違うシチュエーションにーーー」


「ちょっと!それ以上はダメよ!!」


突然、澪は葛西さんの口を両手で塞いだ。話してたシチュエーション?とはなんだ。


気になったが、聞いていい雰囲気ではなかったので、俺は状況を見守っていた。しかし、時間も迫ってきているので、声をかけることにした。


「澪、今日は他に手伝うことないの?」


「えっ?あ、はい、あとは明日の資料をまとめて綴じれば終わりです」


「そっか、じゃあ休憩したらやっちゃおうか」


「そうですね、葛西、お茶もらえますか?」


「はい、どうぞお嬢様。晴翔様もどうぞ」


「ありがとうございます」


葛西さんから頂いたお茶を飲みながら、しばし休憩した後、俺達は生徒会室に移動することにした。


「晴翔様、さっきは失礼しました。ちょっと、暑さのせいか、ふらっときてしまいまして」


「あ、そうだったんだ。あまり無理しない方がいいよ?資料作りだったら葛西さんと2人でも出来るし、ちょっと休めば?」


「そうですよ、お嬢様。少しお休みになられてはどうですか?」


「もう大丈夫ですよ。座ってやっていれば問題ありませんから」


俺達は、生徒会室に到着すると、席につき資料をまとめていった。


作業も折り返しを迎えるころ、生徒会室のドアがノックされる。


コンッ、コンッ


「入るわよー」


あれ、この声は。どうも聞き覚えのある声に、俺はドアの方をみる。


ガチャ


「不知火さん、準備はどう?って、あれ晴翔くん、どうしたの?」


「あはは、ちょっと先輩のお手伝いに」


「ふーん、そっかそっか。不知火さん、準備の方はどう?」


田沢先生は、それだけ聞くと、澪の方に準備の進み具合を確認する。


「はい、体育館の方はもう終わりました。あとは、資料を作れば終わりです。晴翔くんが手伝ってくれましたから、助かりました」


「あら、そうだったの?さすが男の子ね」


やっぱり、家にいる時とは喋り方が全然違うな。お淑やかな感じもいいが、やっぱり先生はこうじゃないとな。


「じゃあ、ちゃんとお礼しなくちゃね」


そう言って、先生が近づいてくる。あれ、この流れは、覚えがあるぞ。確か、テスト結果が出た時にもご褒美にって、言って。


俺がそこまで思い出したところで、もうすでに遅かった。


俺は先生にギュッと抱きしめられ、顔は先生の柔らかい部分に包まれていた。


ちょうど、座っていたため、以前立っていた時よりもすんなりと抱き寄せられてしまった。


「ちょ、せ、先生!」


い、息が、く、苦しい!


「せ、せ、先生!な、何やってるんですか!?生徒相手に破廉恥です!!」


「えっ、別にいいじゃない。これは頑張ったご褒美なんだから。こうしてあげると男子は、みんな喜ぶわよ?」


やばい、息が。俺はここで死ぬのか?こんな幸せな、じゃなくて、こんな死因は最悪だ。


俺はもぞもそしながら、どうにか息が出来るところに出ることが出来た。


「ぷはぁっ!!ハァ、ハァ、ハァ、死ぬかと思った」


「あら、ごめんなさいね。ちょっと悪ふざけがすぎたわ。いつも喜んでくれるからサービスしたんだけど」


別に喜んでないんだけどなぁ。それに、今回は本当にやばかった。


「それじゃ、私はまた職員室に戻るから、何かあったら呼んでね」


それじゃ、と先生は部屋から出て行ってしまった。


「晴翔様は、いつもやってもらってるんですねぇ。へぇ、知りませんでしたねぇ」


「い、いえ、あれは先生が勝手にやっているだけであって、決して俺が頼んだわけでは!」


「ふーん、そうですか」


あれ、澪が膨れている。いつもクールな彼女が、今日はいろんな顔を見せてくれる。見ていて飽きないな。


「だったら、私もお礼をしなくちゃいけませんね」


そう言って、澪が近づいてくる。あれ?まさか。


「えいっ!」


ぬっ!?


俺は澪の胸元に引き寄せられる。先生同様に、澪の立派なそれは、優しく俺を包み込んでくれた。しかし、先生の時よりも、なんだか恥ずかしい。


俺は、早く逃げようともがくが、なかなか抜け出せなかった。


「んっ、晴翔様、あんまり動かないでください。ちょ、ちょっと、刺激がっ」


澪は、ゆっくりと俺を離すと、すぐに後ろを向いてしまう。怒ったかな?


「澪?」


「ちょ、ちょっと、お花摘みに行ってきます!」


そう言って、澪は勢いよく部屋から出て行ってしまった。残された、俺と葛西さんはとりあえず資料作りを再開した。


しばらく2人で、続けていたのだがチラチラと葛西さんがこちらを見てくる。


何か、あったのだろうか?


それにしても、暑いな。先輩も暑そうにしていたし、心配だ。それにしても葛西さんはそんな様子はない。


よくこの暑さで、スーツを着てられるな。


「葛西さん、スーツ暑くないですか?」


「えっ、スーツですか?もちろん暑いですよ?でも、使用人ですからスーツは脱ぎません。私の作業服ですから」


「そうなんですね。でも、無理しないで下さいね。倒れても心配ですし、暑かったら脱いだ方がいいですよ?」


俺がそういうと、葛西さんは何を思ったのか、「それがいいですね」と言って立ち上がった。


「晴翔様が、そこまで言うなら脱ぐことにしましょう。ちょっと、そっち向いててください」


俺は、言われるがまま、後ろを向いたが上着を脱ぐだけなら必要ないのでは?


俺はそう思いながらも、声がかかるまで待った。


ーーーーーーーーーー


今日は、晴翔様に手伝って頂けだので、早く終わりそうですね。やはり、女生徒だけでは大変ですからね。


晴翔様なら、生徒会に入って頂いても構わないのですが、私の任期ももうすぐ終わりですからね。我慢しましょう。


私達が、黙々と仕事をこなしていると、そこに田沢先生がいらっしゃいました。


田沢先生は、桃華さんのお母様なので、晴翔様とも面識があるのでしょう。とても、気さくな感じがしますし、なんだか先生が楽しそうに見えます。


しかし、そんな先生は、あろうことか晴翔様を抱き寄せ、む、胸で誘惑しています!


「ちょ、せ、先生!」


「せ、せ、先生!な、何やってるんですか!?生徒相手に破廉恥です!!」


晴翔様が苦しそうです、早く助けてあげないと。


「えっ、別にいいじゃない。これは頑張ったご褒美なんだから。こうしてあげると男子は、みんな喜ぶわよ?」


へぇ、男子はみんな喜ぶのですね。それに、先生はそのあと、いつもやっていると言い出しました。


先生は気が済んだのか、さっさと職員室へ戻ってしまいましたが、なんとなくモヤモヤします。


「晴翔様は、いつもやってもらってるんですねぇ。へぇ、知りませんでしたねぇ」


「い、いえ、あれは先生が勝手にやっているだけであって、決して俺が頼んだわけでは!」


「ふーん、そうですか」


なんだか、大人しく晴翔様に接してきた自分が馬鹿みたいに思えてきました。少し、積極的にいかなくてはダメですね。


私は、晴翔様に近づくと、抵抗される前に勢いよく抱きしめました。


「えいっ!」


すると、晴翔様は抜け出そうと、暴れ出しました。しかし、晴翔様の顔が、あ、当たって、ちょっと気分が。


「んっ、晴翔様、あんまり動かないでください。ちょ、ちょっと、刺激がっ」


その後、先生のようには上手くいかず、すぐに離しました。そして、恥ずかしくなった私は、逃げるように部屋から飛び出しました。


「はぁ、少し落ち着いたら戻ることにしましょう」


私は、少し校舎を歩きながら、気持ちを落ち着かせました。まさかこの時、晴翔様に危険が迫っているとは、この時の私は思って居なかった。

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