第55話 互いの支えに

「ま、まさか、真奈さんのお子さんだったとは、知りませんでした」


額に汗を滲ませ、苦笑いの社長。その横で、くすくすと笑いを堪える先生。不思議な構図だ。


「この度は、うちの息子がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした」


「あぁ、いえ、こちらこそ、娘がご迷惑をおかけしまして」


お互いにぺこりと頭を下げた。当事者だが、なんともシュールな光景だ。


「んんっ!まぁ、その、晴翔くん。君には話を聞きたいと思っていたんだ」


先程まで、母さんと話していた社長は、こちらに向きなおる。


「はい、なんでしょうか?」


「君と桃華は今、どんな関係なんだろうか?」


俺と桃華の関係。


今はまだ、恋人関係などではなく、ただの先輩後輩だ。


「俺達はただの先輩と後輩です」


「そうか。まぁ、桃華にも話は聞いているから念のために聞いただけなんだ」


「そうなんですね。ちなみに、桃華はいまどこに?」


「桃華は部屋にいるよ。まぁ、大事な話があると言っておいたから、こちらには来ないと思うが」


桃華は部屋か。まぁ、今あったところで上手く接することができないかもしれない。なので、むしろ好都合だ。桃華の両親に俺の気持ちを聞いてもらおう。


「社長、先生。少し、お話を聞いていただいてもよろしいですか?」


俺の真剣な表情に、何かを察したのか二人はただ頷いて、俺の次の言葉を待っているようだ。


「俺は、桃華ともっと関係を進めていきたいと思っています」


「というと?」


俺の言葉に、社長は続きを促す。


「桃華は、俺に自分の気持ちを正面からぶつけてくれました。でも、俺はその気持ちに応えるだけの余裕がありませんでした」


そう、桃華はあんなに真っ直ぐに俺のことを見てくれていた。俺は気づいていたが、気づかないふりをしていただけだ。


「その後も、彼女と一緒に過ごすことで、自分の気持ちに気付かされました。そして、俺も自分に気持ちに正直になりたいと思いました」


俺は一呼吸置くと、言葉を続ける。


「俺は桃華と真剣にお付き合いしていきたいと思っています。今回はこのような騒ぎになってしまいましたが、もし取材などで聞かれた際にはハッキリと答えたいと思っています」


「ふむ、そうか。正直、私は桃華を誰にもやるつもりなどなかったんだが、久々に桃華としっかり話してみると、君の存在はかなり大きいようだ。桃華が今後も頑張っていくためには支えが必要になるだろう。君が、支えてやってくれるか?」


「私からも、お願いするわ。学校でのあの子は本当に楽しそうなの。最近のあの子は、家ではほとんど笑わなかったのに、あの姿をみてとても嬉しかった」


両親からも、桃華に対する気持ちがすごく伝わってくる。


「はい、俺も桃華の支えになれるなら、とても嬉しいですし、俺にとっても必要な存在です」


俺は、自分の気持ちを素直に告白した。母さんを含め、皆納得してくれているようだった。


その時、不意にリビングの扉が開いた。


「ハル先輩!」


振り向くと、そこには今にも泣きそうな表情の桃華がいた。


ーーーーーーーーーー


はぁ、なんでこんなことになったんだろう。私は、先輩に迷惑をかけたいわけじゃないのに。


私は、リビングでお父さん達と話したあと、自室でひとり、ずっと先輩のことを考えていた。


それにしても、両親とあんなに話すのも久しぶりだった。2人ともあんなに心配してくれているなんて知らなかった。


ピンポーン


ん?誰かきた?


そういえば、誰かと大事な話があるって言ってた。まぁ、私には関係ないか。


私は、自室にこもって明日の仕事に備えようと思っていたのだが、なぜかこの時、ここにいてはいけない気がした。


リビングでは、お父さんが大事な話があると言っていた。けれど、私はそこに行かなければいけないような予感がしていた。


私は、戸惑いながらも階段を降り、リビングの前まで辿り着く。


「はぁ、何やってんだろ。部屋に戻ろ」


私が部屋に戻ろうとした時、リビングからハル先輩の声が聞こえた。私が今一番聞きたい声、間違えるはずはない。


私は、いけないと思いながらも、聞き耳を立てて静かに状況を見守った。


中では、どうやら真奈さんもいるようで4人で話しているようだ。どうして、この場に私も入れてくれなかったのか。初めはそんなことを思っていた。


しかし、話を聞いているうちに、両親の想いやハル先輩の気持ちをすることができた。


私のことをこんなに真剣に考えていてくれてるなんて、私は目に涙を溜めて話を聞いた。


『俺は桃華と真剣にお付き合いしていきたいと思っています。今回はこのような騒ぎになってしまいましたが、もし取材などで聞かれた際にはハッキリと答えたいと思っています』


私は、自分の耳を疑った。ハル先輩が、私と付き合いたい?本当に?


今、目の前で起きている出来事なのに、私は夢の中にでもいるようだった。


『はい、俺も桃華の支えになれるなら、とても嬉しいですし、俺にとっても必要な存在です』


そこの言葉を聞いて、もう私は居ても立っても居られませんでした。気付けば私はリビングの扉を開いていました。


「ハル先輩!」


私は、ハル先輩を呼びました。そして、先輩がこちらを振り返る。あぁ、ハル先輩だ。私は嬉しさのあまり、先輩に飛びつきました。



ーーーーーーーーーー


「も、桃華、どうしてここに?」


社長は、突然のことにびっくりしているようだ。実際、俺もかなり驚いた。


桃華は目に涙を溜めて、こちらを見つめていた。しかし、不意に走り出し俺に飛びついた。


「うおっ!?」


俺は、体制を崩すが、なんとか受け止めることが出来た。危なかったぁ。


「ハル先輩、本物だぁ。ハル先輩、私」


「桃華」


俺に抱きついたまま、啜り泣く桃華。俺は、頭を撫でながら見守った。


しばらく、泣き続けると、落ち着いて来たようで、顔を上げる。


「ハル先輩、さっきの話、本当ですか?」


桃華はまだ信じられないようで、不安そうな顔をする。俺は、桃華を安心させるため、桃華を抱き寄せる。


「俺は桃華が好きだ。ずっと一緒に居たい。やっと自分の気持ちに気がついたよ。遅くなったけど、俺と付き合ってほしい」


俺の言葉に、応えるように桃華も俺をギュッと抱きしめる。


「はい、私は先輩の彼女になれて嬉しいです。夢みたいです!」


そう言って、笑顔を見せてくれる桃華。良かった。この笑顔を、俺はしっかりと守っていこう。俺は心に誓った。


俺たちの様子を微笑ましく見ていた、大人達だったが、ここからさらに大事な話があると、母さんから伝えられる。


「今回の騒ぎですが、発端になった写真は、ドラマの撮影に来ていた、俳優の中川くん達からの情報提供だったようですね。それで、撮影が終わってからも、見張られてたようです」


「中川くん、あの子ですか。俳優としては、素晴らしい才能があると言われてきましたが、最近は燻っていて、素行も悪かったようですね」


アイツらの素行の悪さは業界では噂になっていたようだ。しかし、同年代としては、確かにいい演技をする。大崎監督が特別厳しいだけで、他の監督ならばあんなにNGはでないだろう。


「まぁ、今回のことは中川くんの事務所から謝罪が来ると思います。どうするかは、社長にお任せしますね」


「わかりました。責任を持って対応します」


母さんがいろんなところに電話をしていたのは知っていたが、思った以上に調べてあるみたいだ。


「あぁ、それと、この記事なんですけど、どうにか撮影が終わる頃までは抑えておけそうです」


「えっ、そんなに抑えられるんですか?」


最初の話では、来週には発売される予定だったのだが、一ヶ月も先延ばしになった。これには社長もびっくりしたようだ。


「まぁ、色々とコネがありますので、その辺はこちらにお任せください。それと、週刊誌が発売された後のことなんですが」


そこから、母さんが今後の動きを説明していくのだが、とんでもないことを言い出した。なんだが、事態はかなり大きく変化しているようで、話なついていくのがやっとだった。


一通り話し終えると、俺たちは母さんの提案に、驚くことしか出来ず、改めて母さんの凄さを実感した。



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