第54話 娘の熱愛報道
コンッ、コンッ
「失礼します」
「はい、どうぞ」
ガチャ
「おぉ、安藤さん、どうしたの?」
「社長、その、大変申し上げにくいのですが」
ふむ。いつもハッキリとものを言う安藤さんにしては珍しい。そんなに言いにくいことがあったのだろうか。
「どうしたんだい、君らしくない。ハッキリと言いたまえよ」
余程なことがなければ、部下の失敗を許すぐらいの器は持っているつもりだ。なんでも言ってみなさい。私はどんと構えた。
「ではお言葉に甘えて。桃華ちゃんと晴翔くんの熱愛記事が出る予定です」
「・・・」
ふぅ、私も歳をとったものだ。桃華の熱愛報道だと?そんなわけあるか。何かの聞き間違いだ。
「安藤さん、どうやら耳が遠くなったようだ、もう一度行ってくれないか?」
私はなるべく笑顔を心がけ、安藤さんにもう一度言ってくれるように促した。
彼女は少し面倒くさそうに再度口を開く。
「ですから、桃華ちゃんの熱愛ーー」
「嘘だぁぁぁ!!」
私は、聞きたくもない『熱愛』というパワーワードに、机を叩いて勢いよく立ち上がる。
「う、う、嘘だ。桃華に限って、そんな」
「社長、現実を受け止めてください。桃華ちゃんだって、思春期真っ只中じゃないですか」
「あ、相手は、誰なんだ」
「さっきも言いましたが、晴翔くんです。うちに所属してるHARUくんですよ」
HARU?どこかで聞いたぞ。そうだ、大崎監督に気に入られたって言うモデルの。なんで、私はそんな奴をうちの事務所に入れてしまったのか。そのせいで、桃華が毒牙に。うぅ。
「どうすればいいんだ。とにかく、桃華の目を覚まさせなくてはダメだ」
「勝手に色々やると桃華ちゃんに嫌われますよ?」
「うぐっ!?」
た、確かに。最近、桃華は思春期特有の難しい時期なのか、あまり私と話したがらない。そこで余計なことをすると、本格的に嫌われてしまうかも知れない。
「これが、今回週刊誌に載る写真です。見てください、すごく幸せそうじゃないですか?そろそろ、子離れした方がいいですよ?」
「し、しかし、まだ15歳だぞ?それが、熱愛って、早すぎるだろ」
「少しは娘さんを信じてあげたらどうですか?それに、晴翔くんのこと何も知らないでしょ?」
確かに、桃華は年齢の割にしっかりしている。今までも、変な男に引っかかったこともない。
それに、晴翔くんに関しても、悪い噂は聞かない。むしろ、彼女を大切にしているともっぱらの噂である。
「そうだな。まずは、彼を知るところから始めよう。ありがとう安藤さん、教えてくれて」
「いえ、仕事ですから。これから、2人を呼んで事情を伺いますが、社長はどうしますか?」
「いや、私はいいよ。たぶん、桃華も気まずいだろう」
「わかりました。では、失礼します」
安藤さんが部屋から出ていくと、私は大きめのため息をつく。
はぁ、親としてこんな時が来るとは、思ってなかったな。さて、今回のこともそうだが、今この2人は大事な時だ。上手くフォローしなくては。
私は、静かに行動を開始した。
ーーーーーーーーーー
今日は、早めに仕事を終えて、帰宅させてもらうことにした。
どうやらちょうど、桃華達の話も終わったようで、遠くから見る桃華の姿は痛々しかった。
そこまで、今回のことを気にしているのだろう。それでも、あの男のことが諦められないのか。
「社長、これから晴翔くんを送り届けて来ますので」
「あぁ、よろしく頼むよ」
「社長、桃華ちゃんと、きちんと話した方がいいですよ。彼女も今日は仕事ありませんし、一緒に帰ったらどうですか?」
「んー、しかし」
「あぁもうっ!早川さんっ、桃華ちゃんは社長が送るって」
遠くで、早川さんが大きく丸のポーズをとる。
「ちょ、何勝手に」
「社長、いい加減にしてください。このままじゃ、桃華ちゃんが可哀想です。見たでしょ?あの辛そうな顔。社長としてでなく、親として出来ることがあると思います」
それじゃ、と言い残して安藤さんはいなくなってしまった。そして、早川さんに連れられて桃華がやってくる。
「桃華、一緒に、帰るか?」
緊張する。最近まともに会話してないからか、変な汗がでる。それに、桃華は嫌がるだろう。
すると、こくんと小さく頷く桃華。
桃華がこんなに大人しく、ついてくるなんて普段なら考えられない。
「そ、そうか。じゃあ帰ろうか」
私達は車で自宅へと戻る。自宅までの道のりで、妻にも話を通しておき、家族3人で話し合うことにした。
妻もすごく心配しているようだ。桃華は、車に乗ってから、一言も喋らない。
「ごめんなさい」
「えっ?」
驚いて、桃華の方を二度見してしまった。桃華の顔を見て、私はダメな親だと痛感した。
「謝る必要はないさ。家に着いたら、ちゃんと話そう。晴翔くんについても、お父さんに教えてくれ。好きなんだろ?」
「・・・うん」
「そうか、悪いようにはしないから大丈夫だ。大人達に任せておきなさい」
私達が家に着く頃には、玄関で妻が待ってくれていた。
「あなた、桃華、おかえりなさい」
「「ただいま」」
私達は、リビングに移動すると、3人で話し合うことにした。
「まず、桃華の気持ちをしっかり聞きたいわ。晴翔くんのことも含めて」
妻は、私と違い桃華とよく話をしているし、学校でも顔を合わせているため、私より断然距離が近い。羨ましい。
「ハル先輩のことは、大好き。私はハル先輩にこの間告白したの」
「な、なんだと!?」
「あなたはちょっと黙ってて」
「はい」
私はしばらく出番がないようなので、大人しく見ていることにした。
「それで?どうなったの?」
「まだ、ちゃんと返事はもらってない。だけど、あの感じだと振られちゃったかな」
桃華をふるだと!?あんなに楽しそうな写真を撮られておきながら!?
「でも、先輩は私のことちゃんと考えてくれてると思う。先輩はもっと私のこと、知ってから返事がしたいって、それに、私ももっと知りたい」
「そう、晴翔くんは本当に彼女を大切にしてるからね。それは、西城さんや大塚さんを見てればわかるわ」
あの男、2人も彼女がいるのか?
「あなた、晴翔くんは競争率すごいのよ?たぶん、あと何人かは彼女が増えるでしょうね。でも、ちゃんとみんなのこと大切にしてくれると思うわ」
桃華は、妻の言葉に思うところがあったのか、大きく頷くと顔を上げる。
「お母さん、私、先輩以外は考えられない。だから、迷惑かけるかもしれないけど、私の好きなようにさせてもらいたい」
桃華は、真剣な目で私たちをみる。そして、妻もこちらをみる。
「桃華、私達は別に反対しないよ。でもね、お前のことはとても大切に思ってるんだ。だから、ちゃんと話をしよう」
それから、桃華と妻から晴翔くんについて、色々と話を聞いた。
その話を聞いていて、晴翔くんがどんな人物なのか大まかに理解することができた。どうやら近年稀に見る好青年のようだ。
それに、勉強も運動も出来るとは、どんな親から生まれればそんな子が育つのか、親の顔が見てみたいものだ。
私が親の顔を見たいと言うと、2人は揃って笑い出し、見たらきっと腰を抜かすと言われた。そんなにすごい人物なのだろうか?
私は、晴翔くんに会うのが少し、楽しみになった。こちらから連絡してみるか?
そう思っていた矢先、見慣れない番号から電話がかかる。
『はい、田沢です』
『も、もしもし、私自社所属のHARUと申します』
おっ、晴翔くんか。
『あぁ、君か。ちょうどよかった。私も話があったんだ』
『そ、そうだったんですね』
『あぁ、桃華なしで話がしたいから、夜会えないだろうか?』
『わかりました』
まさか、向こうから電話が来るとは。どうやら、思っていた以上にいい男なのかもしれないな。
彼から話を聞けば、私の気持ちも固まるかもしれないな。本当に桃華を大切にしてくれるなら、彼に任せてもいいのかもしれない。
「桃華、今夜大事なお客さんが来るんだが、その間部屋にいてくれるか?とても大切な話があるから」
「うん、わかった」
少しは疑うと思ったが、桃華は素直に頷いてくれた。いい子に育ったな。妻に似たのだろうか。
それから、しばらくして玄関のチャイムが鳴る。妻が対応し、玄関に向かう。
ん?
何やら妻が楽しそうに喋っている。
『真奈も来たのね、びっくりしたわ。先に言っといてよ』
『ごめんなさいね』
『さ、晴翔くんも上がって』
『先生、家だと喋り方違いますね。なんだかお淑やか?』
『そう言うことは言わないものよ』
『は、はい』
ガチャ
「夫を紹介しますね、こちらのソファにどうぞ」
そう言って、妻が案内したのは2人だった。2人?よくみると、妻と同い年くらいの女性だった。あぁ、お母さんかな。
私は、何気なく女性の顔をみると、私もよく知る人物だった。
「ま、真奈さんですか!?」
「ふふふ、初めまして、晴翔の母の真奈です。いつも息子がお世話になってます」
「い、いえ、こちらこそ」
私は、夢でも見ているのだろうか。あの大女優が家にいるなんて。しばらく呆けていると、妻が笑いながら、座るように促す。
私は緊張しながら、晴翔くんに視線を向けると、そこには覚悟を決めた眼差しでこちらをみる彼がいた。
そうか、彼の気持ちはすでに決まっているのだな。なら、しっかり聞いてあげることが、私の仕事だな。私は、しっかりと彼と向き合うことにした。
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