第53話 週刊誌
「どうやら閉めるところみたいだし、今日はお暇するっすね」
「六花さん、また会いましょう」
「うん、桃華ちゃんもね。HARU様もまた今度っすね」
バイバーイ、と大きく手を振りながら帰宅する六花さんを俺はただ見てるだけだった。
「ハル先輩、そろそろ閉めて帰りますか。先輩?どうしました?」
「あ、あぁ、いや。なんでもないよ。鍵閉めて帰ろうか」
俺達は、道場の鍵を閉めると桃華を家まで送っていき解散することになった。自宅に帰ってからも、俺の中のモヤモヤが晴れることはなく、この日は悶々としながら眠りについた。
ーーーーーーーーーー
次の日の朝、今日は仕事はないはずだが、恵美さんから着信があった。
『もしもし、おはようございます』
『もしもし、おはよう』
『どうしたんですか?』
『えっとねぇ、今自宅の前にいるから準備して降りてきて。一緒に事務所まで来て』
『えっ、外にいるんですか!?わ、わかりました』
俺は、窓から外を覗くと確かに恵美さんの車があった。それにしても今回は急だな。いつもなら来る前に連絡があるのに。
俺は急いで支度をすると、恵美さんの車に飛び乗った。
「ごめんね、朝早くから」
「いえ、それよりどうしたんですか?」
「んー、落ち着いて聞いてね。別に悪い話じゃないんだけど、どうやら晴翔くんに関する記事が出るみたい」
「俺ですか?」
「そう、桃華ちゃんとの熱愛報道ってやつかしらね」
「なんか写真も撮られてるみたいだから、一応当事者呼んで確認をしようってことになってね。別に女優や俳優ではよくある記事だけど、今をときめく2人だからね。ちょっと今後が騒がしくなるかも知れないわ」
「わかりました。すみませんでした、軽率な行動でご迷惑をおかけしました」
「いいのよ、これくらい。タバコとか酒じゃないだけよかったわ」
俺達は、事務所に着くと既に使用中のミーティングルームに入る。そこにはもちろん桃華と早川マネージャーの姿があった。
「あ、ハル先輩、すみません」
「いやこちらこそ申し訳ない」
俺達は、互いに頭を下げあった。互いに平行線でキリがないので、恵美さんに促され席に着いた。
「さて、これが今回の記事に載る写真なんだけど、2人とも覚えてるかな?」
一枚は先日の制服デートの時の写真である。そして、もう一枚は離島での撮影の時、桃華と手を繋いで歩いている時の写真だった。
そうか、あの時なにか音がしたと思ったけど、撮られてたのか。
「そうですね、全て身に覚えがありますね」
「私も同じく」
俺達は、やましいことはしていないので、正直に話すことにした。
「なるほど、じゃあまだ付き合ってはないと」
「はい、まだ私のアプローチ中です」
「ふーん、でもこれはもう付き合ってると思われても不思議じゃないわよね」
確かに、これを見て付き合ってないとは思わないかも知れない。むしろ、ここで付き合ってはないって言ったら叩かれそうだ。
「まぁ、この週刊誌が発売されるまでに時間があるから少し考えといて。ちょっと気になることもあるから」
「「わかりました」」
俺達は、この後仕事がなかったため、ここで解散となった。念のため、しばらくは会わない方がいいだろうということになり、桃華と会うのも次の撮影の時かも知れないな。
「ハル先輩、すみませんでした。私こんなことになるとは思ってなくて」
今にも泣きそうな桃華を見ると、胸が締め付けられる気分だ。
「大丈夫だよ、別にやましいことはしてないからね。堂々としてればいいよ」
「・・・はい」
桃華はマネージャーに任せれば大丈夫だろうが、仕事の方に影響が出なければいいな。
「晴翔くん、送ってくよ」
「ありがとうございます」
俺は恵美さんに送ってもらい、自宅に戻ることにした。
車の中で何を話したのかよく覚えていない。気付けばもう自宅前まで来ていた。
「晴翔くん。別にダメージのある記事じゃないから気にしないで。でも、桃華ちゃんのことは頼むわよ」
真剣な眼差しをむける恵美さん。桃華のこと。そうだ、このままにはしておけない。俺がまいた種でもある。
「はい、わかりました」
俺がしっかりと頷くと、恵美さんは安心したように微笑む。
「うん、よろしくね。あと、これ渡しておくわね。念のため」
そう言って、手渡されたのは社長の名刺だった。そういえば、うちの社長は桃華のお父さんだったな。
俺は、自室に戻ると、すぐに社長へ電話をかける。恵美さんは念のためと言ったが、これはこうするのが最善か。
忙しい人だから繋がればいいけど。
『はい、田沢です』
『も、もしもし、私、自社所属のHARUと申します』
『あぁ、君か。ちょうどよかった。私も話があったんだ』
『そ、そうだったんですね』
『あぁ、桃華なしで話がしたいから、夜会えないだろうか?』
『わかりました』
場所と時間を聞いて、俺は夜に向けて心の準備をすることにした。
ーーーーーーーーーー
コンッ、コンッ
「晴翔、入るわよ」
ガチャ
「母さん、どうしたの?」
「あんた、今大変みたいね。うちの社長から聞いたわよ」
「さすがに情報が早いな。うん、ちょっとね。でも、ちゃんと責任は取るつもりだよ」
「そうね、もう気持ちの整理はついてるんでしょ?見ればわかるわ」
「ははは、よくわかるね」
「伊織さんにそっくりだもの」
そう言って、母さんは苦笑いしながら、父さんとのことを教えてくれた。
「私達もね、付き合う前に週刊誌にすっぱ抜かれちゃってね。あの時はうちの社長もすごく怒ってたわ」
「そうなんだ」
「えぇ、今が一番大事な時期なのにってね。それも、当時無名のスタントマンなんて、誰も釣り合わないと思ったみたい」
「でも、結婚したってことは」
「そう、その時伊織さんが告白してくれて、一緒に記者会見まで開いて公開プロポーズよ。恥ずかしいったらなかったわ」
「ははは、父さんらしいや」
「でしょ?だから、別に問題起こしたわけじゃないんだから、堂々としてればいいのよ?桃華ちゃんを悲しませちゃダメよ?」
「うん、わかってる。桃華のお父さんと今日会ってくるよ」
「桃華ちゃんのお父さんは、確かあんたのところの社長だったわよね」
「そうだよ。今日会えないかって言われて」
「ふーん」
そういうと、母さんは一瞬何かを考えると、すぐに真剣な表情となる。
「私もついていくわ」
「えっ!?」
「当たり前でしょ?大事な一人息子。ましてや未成年なんだから、少しは親を頼りなさい。私に任せておけば、全て丸く収まるわ」
「う、うん、よろしく」
この時の母さんは、頼もしくもあったが、少し雰囲気が怖かったのを今でもよく覚えている。
その後、母さんはいろんなところに電話をかけまくっていたが、なんだかすごく難しい話しをしていた。
その間、俺は待ち合わせの時間まで、自室でひたすら考え込んでいた。自分の桃華に対する気持ちを。
俺は、本当は気づいてたんだ、自分の気持ちに。それなのに、ただ答えを先延ばしにしていただけ。
俺みたいな奴に、彼女が2人いるだけでも十分すぎるのに、今人気上昇中の女優なんて、幸せにできる自信がなかった。
でも、桃華は自分の気持ちをちゃんと伝えてくれた。今度は俺が桃華に伝える番。俺は、必ず君を幸せにする。
「晴翔、そろそろ行くわよ?」
「うん、母さん」
「ふふ、いい顔つきになったわね。それでこそ私の息子。じゃあ行きましょ」
俺達は、桃華のお父さんに会うために、社長のご自宅にお伺いした。
ーーーーーーーーーー
ピンポーン
「はい、どちら様でしょうか?」
「今日お約束していた、HARUです」
そういうと、玄関のドアが開いた。
「どうぞお入り下さい」
そこには、田沢先生の姿があった。こうしてみると、本当に桃華にそっくりだ。学校の時とは雰囲気が違う。
俺達は、軽く挨拶を済ませると、そのままリビングへと通された。
挨拶をした際、真奈が一緒にいるとは思わず、先生もだいぶ驚いていたが、そこは社長夫人、すぐに平静を装っていた。
リビングに通されると、お父さんもうちの母さんを見て驚いていたが、すぐに先生に宥められ、ソファへと座った。
よし、ここからが勝負だ。
俺は、緊張を顔に出さないように心がけ、対面に座る2人を見据えた。2人に桃華とのことをしっかりと理解してもらうために、正念場を迎えることになった。
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