第45話 一日目の終わり

「では、今日はこの辺で撮影終了です!この離島で撮るシーンは明日で撮り終わりますので、その後はまた別のロケーションで撮影を致します!」


助監督が皆に口頭で指示を出す。


「今日は、コテージに泊まって頂いて、明日は朝から撮影に入りますので、撮影までは自由にしてもらって構いません」


離島で自由にって言われても、やることないよな。


「ハル先輩、この後予定ありますか?」


「いや、強いて言えば散歩とか?」


「じゃあ、私と一緒に散歩しませんか?」


「いいけど?」


「やった♪京子さんに伝えて来ますね」


桃華はスキップしながら、マネージャーの元へ向かった。さて、俺も恵美さんに伝えておくか。


「恵美さん、この後少し散歩してきていいですか?」


「いいけど、一人で大丈夫?」


「いえ、桃華と一緒に行ってきます」


「桃華ちゃんと?別にいいけど、間違いだけは起こさないようにね。社長に殺されるわ」


「大丈夫ですよ、桃華は妹みたいなもんですからね」


「そう、ならいいけど。桃華ちゃんも可哀想にねぇ」


「え、なんでですか?」


「なんでもないわ。鈍感お兄さん」


頑張って、と恵美さんに送り出された俺は、桃華と一緒に島を散策することにした。


「ハル先輩、私のヒロインはどうでしたか?」


「すごく良かったよ。読み合わせの時とはまるで別人だった」


「へへへ、ハル先輩の足を引っ張らないように頑張りました」


本当に頑張ったんだろうな。読み合わせの時は本当に悔しそうだった。でも、その悔しさをバネに努力できるのは凄いことだ。


「そうだ、ハル先輩。まだ夕飯まで時間ありますし、少し浜辺に行きませんか?」


「あぁ、構わないよ」


俺達は15分ほど歩き、浜辺へと移動した。


「うわぁ、綺麗ですねぇ!」


「あぁ、綺麗だ」


海に来るのも、あの時以来か。俺が香織に告白したとき。つまりは初めて彼女ができた瞬間だ。


「ハル先輩、誰のこと考えてたんですか?」


ぷくぅと頬を膨らませながら、こちらをみる桃華。どうやら顔に出ていたようだ。どうしても香織のことを考えると顔が緩んでしまう。


「ごめんな、ちょっと夕陽を見てたら昔のこと思い出してさ」


「昔のことですか?ちょっと気になります」


「いやいや、大した話じゃないしね」


「ハル先輩。私、ハル先輩のこともっと知りたいです。小学校とか中学校の時の話とか聞かせてくださいよ!」


「そんなこと聞いてどうすんのさ?」


俺の昔の話なんて聞いてもいいことないだろうに。俺は乗り気ではなかったが、桃華にどうしてもとせがまれて、渋々話すことにした。


「そうだなぁ。思い出と言っても、小学校の頃は空手ばっかりだったなぁ」


「空手ですか。ハル先輩は結構強いんですか?」


「まぁ、そこそこにはね。そういえば、その時よく道場に来ていた子がいてさ、いつも一緒に練習してたなぁ」


「その子は今どうしてるんですか?」


「さぁ、中学に上がる頃には、辞めちゃったみたいで、今は何してるんだか」


「そうですか。そうだ、香織先輩の話も聞かせてくださいよ!」


その後、桃華があれもこれもと根掘り葉掘り聞いてくるため、話しているうちに結構な時間が経っていた。


さて、そろそろ戻らないとな。


「桃華、そろそろ戻ろう」


「えー、もうですかぁ?」


「そろそろ夕飯の時間だし、あまり遅いとマネージャーに怒られるぞ?」


「うげ、確かに京子さんならあり得る。わかりました」


なんとか桃華を説得し、俺たちはコテージを目指して歩き出した。


「ハル先輩、手繋いでもいいですか?」


少し頬を赤くし、手を差し出す桃華。確かに、もう暗くなってきてるからな、はぐれたら危ない。


俺はそっと、桃華の手を取った。


「えへへ」


嬉しそうな桃華を連れて、俺達はコテージへと向かった。


ーーー。


ん?


今、何か音が聞こえたような気がしたけど、気のせいかな?


振り向くがそこには何もなかった。まぁ、気のせいだろうと、俺はその場を後にした。


ーーーーーーーーーー


コテージに着くと、もうすぐ夕飯の時間とのことだったので、一度部屋を確認してから食堂に集まることにした。


「ハル先輩、私の隣ですね」


「あ、本当だ」


「ふふふ、これは運命ですね!後で遊びに行っていいですか!?」


「まぁ、構わないけど、ちゃんとマネージャーに許可取るのと、遅い時間はやめてね」


「はーい、桃華了解です!」


そう言って、ビシッと敬礼する桃華。本当に可愛いやつだな。


「さて、行くか」


「はーい」


俺たちがリビングへ向かうと、もう夕飯を食べ始めていた。どうやらバイキングのようなので、各々好きに食べているようだ。


俺達も、好きなものを手に取りテーブルに着く。


「お、おい、桃華」


「なんです?」


「本当にそれでいいのか?」


「ほへ?」


桃華のテーブルには、デザートしか乗っていなかった。それも何人分だ?という量のデザート。


「私はいつもこんな感じですよ?」


俺は、バッとマネージャーを見るが、額に手を当てて首を振っている。マジか。


「身体には気をつけるんだぞ?」


「ラジャー!」


本当にわかってんのか?全く。それにしても、中川達にはだいぶ嫌われたな俺。


さっきからずっと睨まれてる気がする。


敢えて、視線をアイツらに向けると、ふいっと向き直り、そのまま部屋へと戻ってしまった。


先が思いやられるな。


そして、俺達も夕飯を食べ終わると、部屋へと戻ろうとしたのだが、そんな時、スタッフの誰かが騒ぎ出した。どうかしたのか?


「お、おい!」


「なんだよ急に」


「『ミューズ』の六花ちゃんが脱退するって!」


六花って、あのサイン会に来てた子だよな?確か俺の一個下だったか?


「へぇ、あの脳筋アイドル脱退するんですね」


「桃華はあんまり驚かないのか?」


「はい、何度か会ったことあるんですけど、やりたいことが別にあるみたいですよ」


「そうなのか」


それにしても、随分早い脱退だな。芸能界を引退まではしないみたいだが。


「結局、理由はなんなんだよ!」


「今調べてるから待ってろよ!」


男性スタッフ達は、みんな六花のファンのようで、凄い騒ぎになっている。


「あ、これだ。テレビで記者会見やるって!」


「テレビのリモコンどこだ!?」


急いで、リビングのテレビをつける。すると、ちょうど記者会見が始まるところのようだ。


凄まじいフラッシュの中、スーツ姿の六花さんが現れた。深々と、お辞儀をして席へと着席した。


司会者が話し始め、記者会見が始まった。



ーーーーーーーーーー


「ふぁぁぁ、やっとこの時が来たわ」


私は、やっと解放される。自分のやりたいことをやる。


「六花、本当にいいの?今が『ミューズ』にとって、六花にとって一番大事な時期なのよ?」


「わかってるわ。でも、私は元々アイドルをやりたかったわけじゃないの。親がオーディションに資料を送らなければ、私は今でも普通の女の子だったの」


そう、私が空手を始めたのは父の影響で、アイドルを始めたのは母が小さい頃からの夢だったから。そこに、私の意思は全くなかった。


しかし、空手は私の大事なもの。私がやりたいもの。誰にも邪魔させない。


「だから脱退だけで、引退はしないって言ってるでしょ。仕事はちゃんとする。だけど、仕事は選ばせて」


「わかったわよ。でも、そこまでやりたいことが空手なの?もっと色々あるんじゃない?」


私はその一言に、心底苛ついた。


「アイドル辞めて、やることは私の自由です。じゃあ、そろそろ時間なので、私は行きますね」


私は、控え室を出て会場に向かう。そして、その廊下で『ミューズ』のメンバーに会う。


「本当にやめるの?」


「六花ちゃん、考え直してよぉ」


「ごめんね、もう決めたから」


私の考えが変わることはもうない。私は自由になるんだ!


私は、泣いて止めてくれるメンバーを置いて、会場へと向かった。


会場に入ると、かなりの数の報道陣が駆けつけており、おびただしい数のフラッシュに眩暈がした。


私は、壇上に上がると、深呼吸をして深々と頭を下げた。


ここからが、私と正念場。私は、私の居場所に戻るだけ。待ってて下さい晴翔さん。


「それでは、これより『ミューズ』のメンバー、六花さんの記者会見を始めます」


司会者から紹介を受けて、私は自分の気持ちを伝えた。誰でもない私の気持ちを。

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