第44話 撮影開始
「ハル先輩、今日はよろしくお願いしますね!」
「こちらこそ、よろしくね桃華」
「はい!」
俺達は、撮影のため本州から船で1時間ほどの離島に来ている。今日はここで、『青い鳥』の撮影をする。原作の設定に合う場所を探した結果、ここが選ばれたのだが、何というか壮観だな。
「はーい、皆さん集まりましたかぁ?」
助監督の声があたり一帯に響き渡る。
「では、今日からドラマ『青い鳥』の撮影に入ります!」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
助監督の掛け声から、スタッフたちが動き出し、マイクやら照明やら一気に準備されていく。おぉ、凄い!テレビで見たまんまだ!
俺は、初めての撮影に興奮していた。しかし不意に、昨日母さんに言われたことを思い出していた。
『いい、晴翔?本番は緊張すると思うけど、我を忘れてはダメよ?自分本位にやっていては見た人に感動は与えられないからね』
『でも、緊張した時はどうすればいいの?』
『無理に平常心を保つ必要はないわ。緊張は当然なの。緊張していることも演技のひとつ。リアリティを出すには不確定要素は必要よ。大丈夫、あなたならできるわ』
そうだ、考えることは一つ。主人公になり切ることだ。緊張していることはむしろ演技の幅を広げてくれる。大丈夫、俺ならできる。
俺はチラッと、母さんを見る。しかし、当然母さんはこちらを見ることはない。読み合わせで言葉を交わして以来、家以外ではまともに会話していない。
今日は母さんと桃華との初共演。頑張るぞ。
こうして、俺の長い長い初めて撮影が始まった。
ーーーーーーーーーー
「今の所、もう一度お願いします!」
大崎監督からなかなかオッケーが出ない。助監督や周りのスタッフも困ってしまっている。もうここのシーンだけでTAKE10を超えている。
「チェッ、何がダメなんだよ」
「おい、聞こえるぞ」
「くそ、仕方ねぇか」
さっきからNGを出しているのは、中川たち3人組だ。しかし、NGを出している本人達は何がいけないのか全くわかっていない。これは長くなりそうだ。
そんな時、大崎監督が動く。
「HARUくん、申し訳ないんだけど、お願いがあるんだ」
「なんでしょうか?」
監督から俺にお願い?今ここで?
「中川くん達が何がいけないかわかってないんだよね。代わりにこのシーン演じてみてよ。君ならできるでしょ?」
「俺が、主人公の友達役をですか?」
おいおい、台本で一応セリフは知っているが、一度も考えたことのない登場人物だ。彼らの人物像はどうだっただろうか?
少し、目を瞑り必死に台本を思い出す。彼らの役は主人公の友達で、一見素行不良な問題児に見えるが、心根はとても優しい子達という設定だったはず。
「大丈夫そうかい?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「よし、行ってみよう」
5、4、3、2、1、どうぞ!と合図がくる。
目の前には、全く微動だにしない鳥がいる。この少年はなんとかあの鳥を動かしたかった。引き攣った笑顔であることを思いつく。
『おい、あの鳥全然動かねぇよ』
『石でも投げりゃ、流石に動くんじゃね?』
少年はおもむろに小石を拾う。もちろん投げる振りだったが、見事に鳥は飛んだ。
この少年は石をぶつけてやると考えたが、実際は当てることは出来ない優しい子。それを声色で、表情で、仕草で表現する。
「オッケー!いいねぇ!」
「ありがとうございます」
「わかった?あんな感じだよ。主人公達だけじゃなく、君たちの役にも物語があって、葛藤がある。そこを理解しないと、ただの脇役だよ」
その後、何度かNGを出すが、最終的にはだいぶ良くなった。監督はまだ渋い顔をしていたが、撮影が終わらないため、助監督などから説得してもらい妥協してもらった。
「くそ!」
「意味がわからねぇよ。脇役に物語なんて、どこにも書いてねよ」
「だよなぁ。あの監督変わりもので有名だからな」
NGを出したのは自分達の未熟のせいだが、それを受け止められないなら、彼らはここまでなのだろう。
母さんや桃華の彼らを見る目が変わった。2人の目からは完全に期待は消え去り、興味すらなくなったようだった。
そこから、どんどん撮影は進んで行く。
俺と母さんのシーンは特に問題なく一発でオッケーが出た。今のところ練習通りに出来ている。このまま頑張ろう。
そして、ついに俺と桃華のシーンが訪れる。
『君、名前は?』
なんとなく、彼女が気になる鳴海。普段なら絶対にしない行動。少し、戸惑いを表情に出す。
『美咲ですけど?あなたは?』
急に名前を聞かれ、少し警戒する。
『俺は、鳴海。君はいつもここに来るの?』
『そうですね。あの鳥が気になって』
少し、うざそうに、もういいでしょ?と言わんばかりの態度。
『そっか、じゃあまた』
なんとなく察して、この場を離れる鳴海。
「カットォォォ!」
監督がカットがかかる。
その瞬間、俺と桃華はいつも通りに戻る。それにしても、すごかった。読み合わせの時とは違い、ヒロイン像がハッキリしていてやりやすかった。
「桃華ちゃん、すごく良かったよ!」
「ありがとうございます」
「HARUくんは、さらに演技の幅が広がったね。周りの役者も引っ張られていい方に向かってるよ」
「ありがとうございます」
俺たちは、喜びのあまりハイタッチをした。
パチンッ!
「やりました、ハル先輩!」
「すごくよかったよ、桃華。頑張ったな」
俺には妹はいないが、妹がいたらこんな感じだろうか。俺は、優しく桃華の頭を撫でる。
「ふわぁ、不意打ちは卑怯ですよぉ」
「ごめんごめん」
真っ赤になって、頭を両手で抑える桃華。その光景を見て笑いに包まれる現場。終始、和やかなムードで撮影は進んでいった。
しかし、ここで問題が起きた。
それは、動物達とのシーンである。このドラマは俺鳥とのシーンが多いのは勿論だが、他にも子犬を拾うシーンなど動物が絡むシーンが多いのだ。
「動物が全然言うこと聞かないぞ」
「俺達が頑張ったって意味ねぇよ」
相変わらず、アイツらは文句ばかり言っていた。まぁ、確かに動物との演技は難しい。大物俳優でもそれは同じ。
しかし、ここで意を唱えるように、完璧な演技を見せたのが母さんだった。
『なに、君?またうちの子が拾って来たのかい?』
そう言って、子犬に手を差し出すと、怯えながらもペロッと指を舐める。
それを見て微笑み、抱き抱える。まだ子犬は心を許しておらず、若干の距離感を感じる。
しかし、演技が進むにつれて、1人と1匹の距離は次第に近づいていく。
真奈は子犬と絶妙な関係性を気付きながら、見事に演じ切った。
「カット!」
監督がカットをかけるが、周りのスタッフ達はただただ驚いていて、未だに誰も声を発さない。異様な雰囲気だった。
そんな母さんを見て、また母さんの言葉を思い出した。
あれは、母さんに質問した時のことだ。
『動物との演技なんて出来るの?』
『うーん、難しいけど出来なくはないよ』
『だって、多少の指示は出来ても、動物達をコントロールするの難しくない?』
『そうねぇ。でも、動物と演技ができない人は二流以下よ。動物に合わせて、臨機応変に対応できて一流。動物をうまくコントロール出来て超一流ってところかしら』
そう言って、徐に窓を開ける。窓の外には、塀の上で寝ている猫が一匹。
『ちょっと見てて』
母さんが猫と見つめあうこと数秒。猫がむくっと起き上がり、こちらに向かってくる。
そして、母さんの手に頭を擦り付けるようになついてくる。
『知ってる猫?』
『違うわ、初めて触るわ。動物は敏感な生き物なのだから、こちら次第で色んな顔を見せてくれる』
しばらく擦り寄っていた猫が急に震え出した。そして、基盤を剥き出しにして威嚇し出す。
しかし、すぐに収まり、シュンとすると申し訳なさそうに母さんの指を舐める。
『こんな感じで、相手の感情をコントロールするの。そうすれば、シーンに合わせて動物にも、動いてもらえるわ』
『俺に出来るかな』
『ふふふ、大丈夫。もう出来てるわ。この前の読み合わせの時、桃華ちゃんはしっかり晴翔の気持ちを汲んでいた。晴翔がイメージするヒロイン像を探していたでしょ。きっと本番には晴翔にしっかり合わせてくるわ』
そうだ、確かに今日の桃華のヒロイン像はイメージ通りでやりやすかった。俺のイメージを汲んでくれていたのか。
ちょうど今、桃華が動物と絡むシーンが始まった。動物はうまく動いてくれない。しかし、動物の動きに合わせて、桃華が動いていく。
なんとかイメージに近い形にまとめる桃華。凄い、桃華は一流ってことか。
さて、俺も頑張ろう。
5、4、3、2、1、どうぞ!
このシーンは、例の鳥と徐々に心を通わせ、初めて、こちらの呼びかけに反応し、飛んでくるようになったシーンである。
『おいで』
俺は、手を差し出す。
鳥との間に数秒の時間が流れる。全く動かないように指示されている鳥が動き出した。
こちらから特別な指示は出していない。俺の気持ちを汲んでくれたようだ。
俺の手に乗る青い鳥。ここで鳴いてくれたら完璧だ。頼むよ。
『ぴぃぃぃ!』
『なんだお前、動けるのかよ。もっと早く教えてくれよ』
俺は、苦笑いしながら鳥を空へと帰した。バサバサッと飛び立つ鳥。俺はそれを目で追った。
あれ?
もう終わったんだけど、カットがかからないぞ?
俺は恐る恐る振り向くが、監督を含め、誰も声を出さず、ぼーっとこちらを眺めていた。
「あの、監督?」
こちらの声にハッとしたのか、カットがかかる。
「カット!」
監督は徐に立ち上がると、こちらに歩いてくる。え、え、え?
俺は動揺して、あわあわしているが、監督はそんな俺の手を取った。
「HARUくん!」
「は、はい!」
「感動したよ!君を選んで間違いなかった!」
監督は大興奮で、俺の手をブンブンと上下に振る。若干痛かったが、喜んでもらいてよかった。監督の目は確かだと、証明できただろうか?
この日、監督、真奈、桃華以外の人達は初めて晴翔の才能に気がついた。そして、晴翔の実力を疑う者も、この日を境にいなくなった。
「凄いです、ハル先輩!私感動しましたぁぁぁ」
凄い勢いで抱きつく桃華。
こんなに喜んでもらえるなんて、いい仕事をさせてもらえている証拠だ。俺は、この世界で頑張っていこうと誓った。
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