第43話 図書館

「ハルくん大丈夫?」


「う、うん」


やばい、手がマジで痛い。絶対に昨日のサイン会のせいだよなぁ。流石にあの人数は無理だって。痛ててて。


「とりあえず、湿布貼っとく?」


「そうだね。ただの使いすぎだから、すぐ良くなると思う」


「ちょっと待ってて」


そう言って、香織は救急箱を持ってくる。俺の家だってのに、よくある場所がわかるな。さすがはお隣さん。


「はい、手出して」


「ほい」


うっ、このヒヤッとする感じがなんとも言えない。何歳になってもこの瞬間は苦手だ。


「これでよし!」


「ありがとう、香織」


湿布を貼ったあと、簡易サポーターで手首の保護をした。これなら湿布も剥がれなくて良さそうだ。


「いいえ、それじゃあ一回私戻るけど、無理しないでね?」


「わかってるよ、ありがとう」


香織は、名残惜しそうに家に戻っていった。今日は、この後家族でおでかけのようなので渋々戻っていった。


それにしても、平和だな。たまには、こんなに静かに過ごすのもいいかもしれない。


俺はベッドに横になると、そのまま夜まで眠ってしまった。


ーーーーーーーーーー


「ハルくん、手首はもう大丈夫?」


「少し良くなったよ」


サイン会から数日が経過し、今日はみんなで宿題をやるため、近所の図書館へ来ていた。


「凄い人数来てたもんな、晴翔が疲れるのも無理はない」


「そうです、ハル先輩は頑張りましたよ。私だって、あんなにサインしたことないです」


「晴翔様の人気が伺えますね」


いつもの5人で図書館を訪れ、一番奥のテーブルを使うことにした。


この席は、昔は香織とよく2人で使っていたな。まさかこんなに人数が増えるとは思わなかった。


「それにしても、まさかハルくんのサイン会に六花さんが来るとは、以外だった」


「確かに、SNSが荒れてたぞ」


「あの脳筋アイドルがハル先輩のファンなんて初耳でした」


「あの方はアイドルなのですか?」


そう、六花さんはアイドルらしい。先日のサイン会後のSNSで初めて知った。それも、結構有名なアイドルグループだったらしい。


「そうですよ、『ミューズ』っていう石鹸みたいな名前のグループで、そのセンターが六花さんです」


「そうなんですか」


「でもあの人、可愛くて、運動神経がいい以外に取り柄がなくて、脳筋アイドルなんて呼ばれてるんです。格闘技が特技らしくて、かなり強いらしいですよ?」


「まぁ、そんな天然っぽいところが、世の男達には可愛く映るんだろうな」


みんな知ってるぐらいだから、やっぱり人気者なんだな。


あの後、SNSでは俺が六花さんをたぶらかしたとか、めっちゃ書き込まれてた。ちょっと写真撮ったくらいでやめて欲しい。


六花さんのファンと俺のファンが一時争い始めて大変だった。


それにしても、あの人どっかで見たことあるような気がするんだよなぁ。どこで見たんだろうか?思い出せない。


「さて、そろそろ宿題始めますか」


「そうだね」


香織の一言で、みんな宿題をするために、各々教材を出す。進学校なだけあって、うちの宿題は恐ろしいほどに多い。


毎日計画的に進めないと、絶対に終わらない量である。去年も夏休みギリギリまでやっていた。


今年は仕事も入ってくるので、初めのうちに面倒くさいものは終わらせておきたい。


「ハル先輩、ここ教えてください」


「ん?あぁ、ここはこうだよ」


「あ、そっか。ありがとうございます」


「確かにテストでも間違ったでしょ。しっかり覚えておかないと、次も間違えるぞ」


「すみません、桃華反省」


そう言って、桃華はおでこをぺちんっと叩く。こいつ本当に反省しているのか。


その後も、桃華の質問は止まらなかった。こいつ、仕事ばっかりで勉強してないな?


「えへへ、半分も登校出来てないので、すみません」


「まぁ仕方ないよな。うちに入学出来るんだから、元々頭はいいんだし頑張れ」


「イエッサー、先輩!」


その後、俺の宿題が進まないため、澪が桃華の面倒を見てくれることになった。


とりあえず、お昼まで集中して勉強ができたので、かなりの量の宿題が片付いた。図書館は静かだし、調べ物がすぐ出来るので、こんなに勉強に適した場所はない。



「晴翔、そろそろお昼ご飯にする?」


「あー、そうだね。みんなもそれでいい?」


俺はみんなに了承を取ると、飲食スペースに場所を移してお昼ご飯にした。



「こ、これ、全部綾乃ちゃんが作ったの?」


「せ、先輩、半端ないっす」


「凄いですね綾乃さん」


確かに、これは凄い。3段のお重には、おにぎりお初め様々なおかずが入っていた。これを一人で作るって、相当だな。


「綾乃は良い奥さんになるだろうな」


俺はボソッと呟いた。


「ま、まぁ、晴翔の為ならこれくらい、いつでも、作ってあげる」


プイッと顔を逸らしながら綾乃は言う。


「ハルくん、わ、私も頑張るよ!」


「ハル先輩、今度は私が作ってきますよ!」


「私は、料理はやったことがないですが、これから勉強します」


なんだか、みんな妙にやる気に満ち溢れている。まぁ、料理は俺もほとんど出来ないから、少し勉強しようかな?


「じゃあ、いただこうか」


「「「「「いただきます」」」」」


俺たちは、舌鼓を打ちながら、綾乃のお弁当を食べた。見た目もさることながら味も完璧で、すぐに食べ終わってしまった。


その後、少し休憩したのち、午後も引き続き宿題をこなしていった。



ーーーーーーーーーー



あぁ、やばいやばい!


サイン会終わっちゃう!!


私は、仕事が終わると急いで書店へと向かった。なんでこんな日に限って地方ロケなのよ!


私は、運動神経だけは定評があるため、走るのも当然早い。このまま行けばなんとか間に合うかな?


私が息を切らせて到着した時には、もう会場の片付けが始まっていた。


「あぁ、間に合わなかったか」


残念。でも、またいつかチャンスがあるよね。私が諦めて帰ろうとした時、視界の端にHARU様が映り込んだ。


一応、聞いてみよう!


私はダッシュでHARU様の元へ向かった。私と目が合うと、少し驚いた顔をしていたが、私はとにかく息を整えることに集中した。


ハァ、ハァ、ハァ。


「あの、もうサイン会終わっちゃいました?」


「あぁ、ちょうど今終わったところで」


「そんなぁぁぁぁ」


やっぱりダメだった。私はHARU様の写真集を抱えたまま床に座り込んでしまった。そんな私の姿をみて、なにを思ったか、彼はスタッフに声をかけた。


「すみません、ペン貸してもらえますか?」


「あ、はい!」


「もしよかったらサインしますよ?」


「ぐすっ、うぅ、えっ、本当ですか!?」


私は耳を疑った。これだけの時間、サイン会をやっていて、相当疲れているはずなのに。


「お名前は?」


「あっ、じゃあ六花でお願いします!それと、『お仕事お疲れ様』って書いてもらえますか!?」


「わ、わかりました」


私のお願い通りにサインをしてもらうと、HARUかれ写真集を受け取る。


「うわぁ、ありがとうございます!やった、やった♪」


私は、周りの目など気にせず、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。


「あ、そうだ。もし良かったらコレ、どうぞ」


「えっ、でもそれHARU様のお茶ですよね!?」


見た感じ、飲みかけ?少し減っている気がする。


「あぁ、これが最後の一本なんですよね。流石に飲みかけはアレですよね」


「いえ、頂きます!!」


貰えるものは頂いておきましょう!イケメンは正義ですからね。


私は今日の戦利品を抱えながら、自宅へと戻った。


ふふふ、間に合って良かったぁ。


HARU様のサイン♪


『お仕事お疲れ様、明日も頑張ってね』


これを見るだけで、また明日も頑張れそうです。ありがとうございます、HARU様!


私は早速SNSに投稿した。


『HARU様のサイン会に行きました』


『サイン会は終わってたけど、快くサインしてくれて感動しました!』


『私もファンは大切にしたいと、改めて思いました。ファンの皆さん握手会で会いましょうねー♪』


すると、その反響はすごく、いつのまにか私とHARU様のファンが言い争うまでに発展していた。


『俺たちの六花になんてことを!』


『この男、許すまじ』


『住所を特定しろ!』


『HARU様はみんなのものよ!』


『アイドルだっていいじゃない、可哀想よ!』


『HARU様こそ、正義』


わああああ、なんだかめんどくさいことになった。私はもうすぐ引退する予定だったし、スキャンダルとかどうでもいいけど、流石に配慮すべきだったかな?


その後、すぐにマネージャーから電話がかかってきた。


『六花?SNSはもう見た?大変なことになってるわよ?』


『えへへ、すみません』


『あのね、男関連の投稿は気をつけてって言ったでしょ?』


『私は別に異性としてHARU様が好きなわけじゃないですからね。ただ、イケメンに癒されたいだけです!』


『それは知ってるわよ?でも気をつけなさい』


『はーい』


こうして、通話は終了した。


はぁ、ただファンってだけなのになぁ。私にはちゃんと好きな人がいるだから。


私は小学校の頃からずっと、好きな人がいる。その人は私と同じ道場でずっと一緒だった男の子。


見た目は、髪がぼさついてて、顔がよく見えなかったが、彼はとにかく強かった!


初めは、親が空手が好きで通わされてたが、私は彼に会うために通うようになった。


私はあの強さに憧れた。有無を言わせない、あの強さ、私は気づけば好きになっていた。引退したら、また道場で会えるかな?


会えるといいな、晴翔さん。


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