第46話 記者会見

私が着席したと同時に、司会が今回の会見の説明を始める。


「本日は急なご案内にもかかわらず、お集まりをたまわり、大変恐縮に存じます。北岡六花きたおか りっか所属のスタープロダクション広報を務めております須永すながと申します。このたび、北岡六花につきまして、本日限りで弊社アイドルグループ『ミューズ』から脱退することになりましたので、ここにご報告を申し上げます」


司会の言葉が一区切りすると、またしても凄まじい数のシャッターが切られる。


パシャ、パシャ、パシャ!!


「この度、本人との複数回に渡る話し合いの結果、脱退とさせて頂くこととなりました。本人には、現在の活動よりも優先したい事柄があると、断固たる意志を確認し、弊社も慎重に協議した結果、その意志を受け入れることになりました」


「では、皆様からの質疑の前に、本人からお話をさせて頂きます」


どうぞ、と目配せがあり、私は報道陣を前に口を開いた。


「この度は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。突然の報告で、ファンの皆様、応援してくださった皆様には大変申し訳ございませんが、本日をもって『ミューズ』を脱退させて頂きます」


その後、私は淡々とことの流れを説明していった。


今後、私がやりたいことは空手だということ。アイドルの片手間でやるのではなく、本気でやりたいと思っていること。


そして、今後の活動についてはまだ未定であるということ。


私は、今まで胸にしまい込んでいた気持ちを、全て曝け出した。誰の為でもない、今後は自分のための人生を歩んでいきたい。


私は、自分の言いたいことを全て言った。もう、隠していることは何もない。これが私、北岡六花だと胸を張って前を向く。


私の話が終わったことを確認すると、すぐさま質疑応答の時間を取ることとなった。


私は、緊張のためか、すごく喉に渇きを感じた。ペットボトルの水を一口含み、喉を潤した。


「では、只今より質疑応答の時間とさせて頂きます。ご質問のある方は、挙手して頂き、こちらに指名された方が質問をお願いします」


そこから、次々に手が上がり、私は淡々と質問に答えていった。



ーーーーーーーーーー


「マジで脱退するのか」


「俺、応援してたんだけどなぁ」


俺達が泊まるコテージは、なんだかしんみりとしていた。


「それにしても、空手かぁ。確かに六花ちゃんのプロフィールにも書いてあったな。段持ちのんだろ?」


「そうなの?でも、道着の六花ちゃんも見てみたいかも」


へぇ、六花さんも空手やってたのか。知らなかった。


「桃華は、六花さんと会ったことあるって言ってだよね?」


「はい、何度かバラエティーで絡んだことがあります。アイドルにしては、ガサツというか大胆というか、とにかく面白い人です」


「へぇ、そんな感じには見えなかったけどな」


「普段は猫かぶってるんですよ。話し方とか、あんなんじゃないですよ。きっとびっくりしますよ」


なんだか、余計に気になってきたな。しかし、アイドル、ましてや脱退した人に会うことなんて滅多にないだろうな。


「それより先輩!部屋で遊びましょうよ」


「ん?あぁ、別にいいよ」


なんとなく、記者会見をする六花さんの姿が、気になったのだが、後でニュースで確認しよう。


俺は、桃華の部屋へと向かった。もちろん、マネージャーの恵美さんと早川さんは連れて行った。


決してやましいことはしないが、この世界は信用が大事だからな。


「ぶー、せっかく2人っきりだと思ったのに」


「HARUさんが声かけてくれてよかったですよ。2人とも今大事な時なんですから、変なことで騒ぎになってもあれですから」


「本当にその通りです。晴翔くん、頼むわよ?」


「はい、もちろんです」


その後、俺達はトランプをしたり、ボードゲームで遊んだりして時間を潰した。


こんなメンツで遊ぶことなんて、普通に生活していたらあり得ないな。これも貴重な経験だ。


22時を過ぎた頃、桃華が船を漕ぎ始めたので、今日はこの辺でお開きとした。


桃華はまだ遊ぶと駄々をこねたが、早川さんにこっぴどく怒られ、渋々眠りについた。


俺はというと、部屋に着くとさっきの記者会見の様子を確認した。



Q.なぜ今脱退を?


A.脱退のことはずっと考えていました。今日になったのはたまたまです。深い意味はありません


Q.空手を選んだ理由は?


A.私の生き甲斐だからです。確かめたいこともありますので。ちなみに、何かは秘密です。


Q.ご両親やメンバーはなんと? 


A.両親は、私の本音を話したら応援してくれました。好きにしていいと。メンバーは、さっきも泣かれちゃいました。未だに止めてくれてます。


Q.今後の活動は未定とのことですが?


A.そうですね。ここではまだ言えないこともあるので、後日お知らせ出来ればと思っています


Q.先日、俳優のHARUさんとの写真をアップして話題になりましたね。一部では、熱愛報道まで出ましたが?


A.あれは、単純に私がファンなだけですね。イケメンを見るのが好きなので。それに、HARU様には彼女さんがいらっしゃるようですし、私もお慕いしている人が居ますので。


Qそれは誰ですか?


A.それは秘密です。まぁ、強いて言うなら、私より強い人、ですかね?



なかなか、すごいことになってるな。俺は、記者会見の全文を読むと、明日の朝に備えて寝ることにした。


慣れない現場に、余程疲れていたのか、俺は死んだように眠りについた。



ーーーーーーーーーー


コン、コン


「はーい」


誰だろう、こんな朝早く。時刻はまだ5時30分。朝食は7時からと聞いていた。


ガチャ


「おはようございます、ハル先輩!」


「おはよう、桃華」


ドアを開けると、ニコニコと満面の笑みの桃華が立っていた。朝が弱い香織とは大違いだな。


「どうしたんだ、こんな早くから?」


「朝はランニングが日課なんですが、知らない所なので、着いてきてもらえると嬉しいなぁと思いまして」


確かに、よく見ると桃華はジャージ姿をしていた。ランニングか、俺も休みの日は走り込んでいるが、朝の日課にするのも悪くないな。


「わかった、着替えるから待っててくれ」


「はーい」


俺は着替え終わると、コテージの外で待つ桃華と合流する。


「お待たせ」


「じゃあ行きましょう」


「あれ、もう準備運動した?」


「私はいつもしませんよ」


いやいや、怪我したら仕事に影響出るし、ランニングの意味がない。


「ちゃんとアップはしないとダメだよ。教えてあげるから一緒にやろう」


「わかりました。よろしくお願いします」


それから、2人でストレッチなどのアップを始めた。十分身体が温まったのを確認して、俺達は走り出した。


「なんだか身体が軽いです」


「ちゃんと身体を温めれば、動きは良くなるし怪我の予防にもなるから、ちゃんとやるんだよ?」


「わかりましたー」


俺達は1時間ほどかけて、遠回りしながら昨日の浜辺を目指した。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハル先輩は、体力、ありますね」


「そうだね、元々体力はある方だし、このくらいのペースなら問題ないね」


桃華はだいぶ息が切れている。


しかし、桃華のペースが決して遅いわけではない。何もスポーツをやらないなら十分過ぎるほど走れている。


「桃華はスポーツはやってないの?」


「私、運動音痴なんですよ。出来ても陸上くらいです。球技なんて、見せられないですよ」


「そうなの?逆に見たくなるな」


「あ、じゃあ今度スポッチ行きましょうよ!あそこならなんでもありますし!」


「あぁ、そうだね。じゃあ今度みんな誘って行くか」


「えっ、みんなですか?」


「うん、いつものメンバーかなぁと思ったんだけど」


そういうと、桃華は難しい顔をしながら考え込んでいる。むむむと唸る桃華。


「あ、じゃあ皆さんには私から連絡入れておきますよ。先輩は気にせず当日を迎えて下さい」


「香織は家が隣だし、声掛けようか?」


「いえ、私にやらせて下さい!」


桃華が必死に止めるため、俺は桃華にお願いすることにした。


「ちょっと、波打ち際まで行きませんか?きっと冷たくて気持ちいですよ?」


ほら早く、と俺の手を引いて歩き出す桃華。


「ハル先輩、ほら!」


「うわっ冷て!」


バシャバシャと水をかけてくる桃華。すごく楽しそうな表情をみて、こちらも自然と笑みが溢れた。


「やったな?おりゃ!」


「きゃ、冷たいー」


俺達は、柄にもなくしばらく水遊びを楽しんだ。


「こうしていると、なんだかカップルみたいですね?」


「そう?むしろ兄妹とか?」


俺がそういうと、ぷくっと頬を膨らませ、桃華は俺の背中をトントン叩いてくる。


「こういう時は、ムードを大事にするもんですよ、ぷんぷん!」


「ごめん、ごめん」


俺達は、しばらく休憩したのち、ゆっくりと走り出しコテージへと戻った。


「むー、ハル先輩め。今日の撮影で、しっかり意識させてやる」


「ん?なんか言ったか?」


「いえ、なんでもないです。先輩、私今日のラストシーン本気なんで、ちゃんと受け止めて下さい」


「ん?わかったよ?」


ラストシーンか、まぁラストは大事だよね。俺もしっかりしないとな。こうして、俺達は2日目の撮影を迎えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る