第35話 澪とデート③

「ファーストフードって思ったよりも、美味しかったです」


「それは良かったです」


ハンバーガーを苦戦しながらも頑張って食べている先輩の様子が頭に浮かぶ。


「この後はどうしましょうか?」


「そうですねぇ。特に買いたいものなどないのですが、もう少し見て回っても良いでしょうか?」


「わかりました。その前にお手洗いに行っても良いですか?」


「はい、私はここでお待ちしてますね」


俺は、先輩を残してトイレへと向かった。トイレはフードコートの端にあったので、さほど時間はかからなかった。


ーーーーーーーーーー


「おい、嬢ちゃん、俺達と遊びに行かない?」


「一緒に楽しいことしようよ」


「・・・」


いくら話しかけても反応がないことに、イラつき始める男たち。


「おい、聞いてんのかよ?」


「優しくしてやってたら、調子に乗りやがって」


「私に触らないで頂けますか?」


澪は自分へ向かって伸びてきた腕をパチンと叩き落とす。そして、男嫌いの澪は虫からでも見るかのように男達を睨みつけた。


予想外の出来事に、一瞬驚きの表情を見せたが、男達は怒りを露わにし、澪へ再び手を伸ばした。


ガシッ!


「すみません、この人俺の連れなんですけど」


間一髪間に合った俺は、先輩へと伸びた腕をがっちりと掴んだ。先輩は俺を見ると安堵の表情を見せる。


「おい、なんだてめぇ」


「俺達の邪魔するんじゃねぇよ」


なんだか、以前にも似たようなことがあったような気がするな。やっぱり可愛い子は絡まれる宿命なのだろうか?


「だから、この人俺の彼女なんです。邪魔なのはあなた方ですよ。澪、こっち」


俺に呼ばれた先輩は、嬉しそうに俺の後ろに回った。「晴翔様」と言いながら俺の背中に隠れる。その姿をみて、とりあえず無事で安心した。


しかし、だんだんとイライラが溜まっていき、掴んでいる手にも力が入っていく。


「いだだだだただだ!!」


「お、おい大丈夫か!?てめぇぇ!!」


突然痛がりだした仲間を見て、俺に掴み掛かろうとする男。しかし、余りの遅さに欠伸が出てしまう。


俺はこちらの男の腕も掴むと、2人ともそのまま捻り上げた。余りの痛さに悲鳴をあげながら突っ伏している2人。


「これに懲りたら、ナンパなんてやめるんだな。それと少しは相手を選ぶんだな。お前らに澪は釣り合ってない」


俺は2人の手を離してやると、そそくさと逃げていく男達。


ったく、本当にどこにでも居るんだな、ああいう奴らは。


「先輩、行きましょうか?」


「晴翔様、先程のように澪と呼んでください」


「えっ?」


あぁ、そういえばさっきは勢いで呼んでしまっていた。今日は先輩の家で、婚約者のふりをしてたからな。その名残が出てしまった。


「ダメ、ですか?」


「うっ」


先輩は瞳をウルウルさせ、こちらを上目遣いで見る。くっ、破壊力が半端ない!


結局、この美少女の視線に耐え切れず、俺は澪と呼ぶことになった。


「わかりました、澪」


「敬語も不要です」


「それは流石に」


「不要です」


「わ、わかったよ」


「ふふふ、嬉しいです晴翔様♪」


どうやら俺は女の子に弱いらしい。今まであまり関わってこなかったせいなのか、はたまた性格のせいなのか。


そんな時、俺の携帯が震えた。


「澪、ちょっとごめん」


「かまいませんよ」


俺は、澪に断りを入れてから電話にでる。


「もしもし、齋藤です」


「もしもしー、安藤ですけど。今大丈夫?」


「大丈夫ですよ?どうしたんですか?」


「えっと、『青い鳥』関連の話なんだけど、今からスタジオ来れる?」


「今からですか?」


俺は電話をしながら澪を見る。このまま別れるのも可哀想だ。


「連れが居ても良いですか?」


「別に構わないよ」


「ありがとうございます。じゃあすぐ行きます」


「わかった。今日はいつものスタジオじゃないから、マップ送るね。じゃあよろしく」


俺は通話を終えると、恵美さんからメッセージを受け取った。本当だ、いつもの場所と違う。


「澪、俺これからスタジオ行くんだけど」


「お仕事では仕方ないですね。寂しいですが、今日はここまでにしましょう」


澪は少し寂しそうな表情を見せたが、すぐに笑顔を俺に向けた。


「澪が良ければ、一緒に来るか?」


「えっ?いいのですか!?」


「うん、恵美さんからもOKもらってるから」


「行きます!生HARU様見たいです!!」


「あはは、わかったよ。じゃあ行こうか」


澪のテンションの上がりように、若干引いたが、喜んでくれてるようでよかった。


「では、葛西に送ってもらいましょう」


「えっ、良いんです?」


「葛西なら喜んで送ってくれますよ」


その後、澪が葛西さんに連絡を入れてから、俺達は車へと戻った。


「お嬢様、お待ちしておりました」


「葛西、ここに行ってもらいたいの」


澪は俺の携帯を葛西さんに見せる。


「はい、お嬢様。えっと、こちらはスタジオですか?」


「えぇ、晴翔様がこれからお仕事に行かれるの。同伴して良いそうなので、一緒に行きましょう?」


「よろしいのですか!?」


葛西さん、すげぇ嬉しそう。そんなにスタジオ行きたかったのか。


「葛西、気持ちはわかるけど、安全運転でよろしくね」


「お任せください!」


俺達は車に乗り込むと、葛西さんの運転でスタジオへと向かった。車で一時間かからないくらいの場所だったが、俺には無縁のスタジオだった。


「このスタジオって、音楽収録で使うところですよね?」


「そうだね。俺も来るのは初めてだ」


そう、モデルや俳優業しかしていないので、このスタジオには縁がなかった。しかし、今回何故呼ばれたのだろうか?


とりあえず、俺は恵美さんに連絡を入れることにした。


「恵美さん、着きましたよ?」


「お、早かったね。今迎えに行くよー」


それから5分ほど待つと、恵美さんがやってきた。


「急に呼び出してごめんねぇ」


「いえ、大丈夫ですよ。あ、こちら今日一緒に来た連れです」


「あーはいはい、よろしくーって、あれ?香織ちゃんじゃないの??」


「ははは、今日は訳あって違うんです」


澪とは色々ややこしい関係だから、説明はしなくて良いだろう?


「初めまして、晴翔くんのマネージャーを務めてます安藤恵美です。一応こちら名刺です」


「ご丁寧にありがとうございます。私は晴翔様の婚約者で不知火澪と申します。こちらは運転手の葛西です」


葛西さんは特に挨拶することなく、澪の挨拶に合わせて、ペコリと頭を下げた。


「えっ、今さらっとすごいこと言わなかった?」


恵美さんは、ぎこちなく俺の方は振り向く。


「婚約者って何、晴翔くんには香織ちゃんがいたよね!?」


「あはは、まあ色々ありまして」


「ま、まぁ、プライベートは詮索しないけどさ。スキャンダルは気をつけてね」


「ふふ、その心配はいりませんよ。もし、晴翔様に危害を加えようものなら、不知火が黙っておりませんので」


「不知火がって言われても。・・・不知火?えっ、待って。不知火って、あの不知火グループの?」


「そうですよ、確か貴方の会社にも、うちが関わってましたね」


「まさか、不知火のご令嬢だとは知らずに失礼致しました。それならば安心ですね。晴翔くん、将来安泰ね」


「ふふ、晴翔様は私が養って差し上げてもよろしいですが、きっとその必要がないくらい有名になりますから」


「それもそうですね。さて、晴翔くん、行こうか」


「はい」


俺達は恵美さんの後をついて行く。澪はよそ見することなく着いてくるのだが、葛西さんはキョロキョロとあたりを見渡しながら着いてくる。


見かけによらず、子供っぽいところがある葛西さん。ギャップが凄いな。


「晴翔くん、こっちだよ。入って」


恵美さんに促され、中に入ると、そこはレコーディングスタジオだった。テレビで見たことのある機材があり、ガラスで部屋が分かれている。


「晴翔くん、紹介するね。今回レコーディングしてくれる蘇原有加そはら ゆかさん」


「蘇原です、よろしく」


「HARUです。よろしくお願いします」


ふーん、と言いながら俺のことを値踏みするように見る蘇原さん。


「確かに格好良いけど、私はイケメンには興味ないのよね。とりあえず、歌ってみてくれる?」


「蘇原さんはちょっと変わり者でね。歌が上手い人にしか興味がないの。だから、初めに歌を聴いて仕事をするか決めるらしいの」


「え、じゃあ俺が下手だったらどうするんですか!?」


「その辺は大丈夫。香織ちゃんから、晴翔くんとカラオケに行った時の動画見せてもらったの。だぶん大丈夫だと思う」


「いつのまに」


「ねぇ、早くしてよ」


蘇原さんが退屈そうにこちらを見ているので、俺はささっと準備をする。


「じゃあ、何か好きな歌ある?音源たくさんあるから流すよ」


「じゃあ、あのドラマの主題歌のやつで」


「あぁ、あれね。了解」


〜〜〜〜♪


音楽が流れ始める。


き、緊張するな。俺は、周りの反応に惑わされないように、目を瞑って歌う。


たった4分ほどの曲だったが、とても長い間歌っていたように感じる。


ふぅ、大丈夫だったろうか?


俺は、恐る恐る目を開けると、みんな驚いたような顔をしている。葛西さんに限っては号泣していた。


「HARUくん!」


「は、はい!」


「是非、一緒に仕事をしよう!最高の曲を提供するよ!!」


こうして、俺はドラマ『青い鳥』の主題歌を担当することとなった。


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