第36話 読み合わせ

「ハルくん、話ってなに?」


「なんかあった?晴翔」


俺は、香織と綾乃を廊下に呼び出していた。


「いや、ここだとちょっと。先輩に生徒会室借りてあるからそっちに行こう」


「「りょーかい」」


俺達は生徒会室へ向かって移動する。生徒会室には既に澪が待っているはず。今日は3人に渡したいものがあったので、集まってもらっている。


ガラガラガラ


「失礼します」


「晴翔様、お待ちしてました」


「「こんにちは、先輩」」


「はい、こんにちは」


先輩は笑顔で俺達を迎えてくれた。ちなみに、先輩と俺は、状況に応じて呼び方を変えることにした。


学校では、事情を知らない人がいる時は『様』をつけて呼ばないこと。俺は仲間内の時のみ澪と呼び、それ以外は先輩と呼んでいる。


「じゃあ揃ったところで、これをみんなに渡しておこうと思って」


そう言って、俺はカバンからあるものを取り出して、3人に手渡した。


これは、来週発売される予定の写真集だ。わざわざあげなくてもいいかと思ったのだが、普段のお礼にでもなればと用意した。


「ハルくん、これって来週発売されるやつだよね!?」


「貰っちゃってもいいのか!?」


「晴翔様から頂けるなんて、感激です!」


どうやら3人とも喜んでくれたみたいだ。あげてよかった。


「そうだ、これ葛西さんの分です。あとで渡してもらえますか?」


「はい、わかりました。きっと葛西も泣いて喜ぶはずです」


「ならいいですけど。少しでも喜んでもらえたら嬉しいです」


自分の写真集を知り合いに配るのって、なんだかすごく恥ずかしい気分だ。


「そうだ、ハルくん」


そう言って香織はカバンからペンを取り出して、俺に手渡した。


「サイン下さい!」


「あっ、私も!」


「では、私と葛西にもお願いします」


俺は、サラサラっとサインを書いて行く。最後に、それぞれの名前と今日の日付を書いて完成だ。


最近は、サイン入りグッズなども配られている為、随分と書きなれてきた。


「とりあえず、発売日まではSNSとかにはあげないでね」


みんなわかっていることだが、最後に念を押して、この場は解散となった。


俺はこれから読み合わせの為、テレビ局まで行くことになっている。送り迎えは、基本的に恵美さんがやってくれるので安心だ。


『もう着いたよー』


『今から行きます』


ちょうど、恵美さんからメッセージが届いたので恵美さんと合流するために、校門まで向かった。


すると、車の中で待っていてくれて大丈夫だったのだが、わざわざ降りて待っていてくれたようだ。


「あ、おーい晴翔くん」


素敵な笑顔を振りまきながら、手を振る恵美さん。相変わらず、美人なのですごく目立っている。


「おい、齋藤の知り合いかよ」


「なんでアイツの周りは美人ばっかなんだよ」


「凄い綺麗。モデルさんかな?」


下校するのも忘れ、みんな恵美さんに注目していた。俺もすぐにテレビ局に移動したかったので、早歩きで向かったが邪魔が入った。


「おい、齋藤」


はぁ、またこいつか。


「どうした、町田?」


「最近調子乗ってるよなぁ?あの美人さんとどういう関係だよ?」


「どういうって言われてもな」


「まぁそんなことはどうでもいいんだ。おい、あの人俺にも紹介してくれよ。俺達友達だよなぁ?」


馴れ馴れしく肩を組んでくる町田。若干イラっとしたが、ここで手を出すと面倒なことになるので、グッと堪える。


「晴翔くん、早く行くわよ?」


どうやら見かねて恵美さんが助け舟を出してくれたようだ。


「は、はい!」


「ちょっと、お姉さん。俺とも仲良くしましょうよ。コイツよりも楽しいこといっぱい知ってますよ?」


町田はそう言うと、いつになくいやらしい目付きで恵美さんを見る。


「あらら、貴方じゃ晴翔くんに勝てるところなんてないわよ。10年早いわ」


恵美さんは町田にデコピンを一発。


「痛っ!」


「行くわよ、晴翔くん。時間がないわ」


「はい」


「お、おい、ちょっと待てよ!」


恵美さんは、もう振り返ることはなく車に乗ってしまったため、俺も乗り込んだ。


ーーーーーーーーーー


「それにしても、晴翔くんも大変ね」


「もう慣れましたよ」


「学校では、やっぱりその格好なのね。みんな格好良い晴翔くんを見たいんじゃないの?」


「いや、それが、むしろ反対されていまして。この格好でいるようにと、ははは」


「なるほどね。みんな心配なのね。まぁ、これから有名になるだろうし、いろんな人の目があることを忘れないでね。じゃないと、すぐバレちゃうわよ」


「は、はい。気をつけます」


俺達は、テレビ局に着くと顔合わせを行った会議室へ向かった。


ガチャ


「失礼します」


少し早く着いてしまった為、まだあまり人は集まっていなかった。


「HARU様、お久しぶりです」


「桃華、久しぶり。そうだ、これお土産」


俺は桃華に写真集を渡した。桃華にはこれからもお世話になるからな。お礼じゃないけど、渡しておこう。


「こ、こここ、これ、HARU様の写真集じゃないですかぁぁぁ!?」


「そ、そうだよ。もし良かったらどうぞ」


「いいんですか!?一生大切にしますぅ!!」


ははは、予想以上に喜んでくれたようで良かった。あ、そうだ。


「サイン書こうか?」


「是非!!」


目をキラキラさせて、写真集を突き出す桃華。俺は、桃華から受け取るとサインを書いて、桃華へ戻した。


「うぅ、生きてて良かったですぅ。これでドラマも頑張れます!」


「それは良かった。お互い頑張ろうね」


桃華は、写真集に夢中になっているので、俺は隣で台本を読んで待つことにした。


そして、開始時刻になる頃には、もう殆どのキャストが揃っていた。


ガチャ


「失礼します」


入ってきたのは母さんだった。


しかし、いつも家でみる雰囲気とは全くの別物だった。そこには母さんではなく、女優の真奈が確かにいた。


「「「「おはようございます!!」」」


皆、手を止めて一斉に挨拶をした。俺も、すこし遅れる形で頭を下げた。


「おはようございます、皆さん。今日は頑張りましょうね」


そう言うと、真奈さんは席について台本を読み始めた。


「晴翔くん、共演が初めてだから挨拶行くわよ。顔を覚えてもらわないと」


「は、はい」


俺は、恵美さんに連れられ真奈さんに挨拶に行く。


「失礼します。真奈さん、挨拶させて頂いても宜しいでしょうか?」


「はい、構いませんよ?」


恵美さんが話しかけると、台本を置いてこちらをみる。


「初めまして、新人俳優のHARUと申します。至らない点が多いかと思いますが、よろしくお願いします」


「はい、HARUくんですね。こちらこそよろしくお願いします」


無難に挨拶を済ませると、俺は席に戻る。その後、すぐに監督も合流し、読み合わせが始まった。


ーーーーーーーーーー


話は学校のシーンから始まり、晴翔演じる鳴海が今の生活に退屈しているところから始まる。


クラスメイト達との絡みは、順調に進んでいき、監督もまずますの表情だった。


先日絡んできた中川達も、無難に乗り切っていたが、緊張の色が見える。まだまだ、役に入りきれておらず、手探りの状態のようだ。


そして、話は進み、『青い鳥』を見つけ主人公とヒロインが出会う場面に入る。


『この鳥、君の?』


『ううん。だけど、いつもそこにいるの』


『そうなんだ。おいで』


『呼んでも来ないわ。誰にも寄り付かないの』


母さんとの特訓の成果か、読んでいてその風景がしっかりと頭の中に流れてくる。そして、桃華も上手い。しっかり、役を作り込んできている。だけど。


「うーん、桃華ちゃん。もう少し、警戒心を出そうかな。初めて会った男の子だからね。HARUくんはバッチリ。その調子で行こう」


「「はい」」


「桃華ちゃん、十分に役に入ってたけどな?」


「あれでダメなの?私大丈夫かな?」


「それにしても、あの人上手」


「うん、なんか本当にその場に居るみたいだった」


周りは、俺と桃華の演技にそれぞれの反応を見せた。


「チッ、俺だってあれくらい出来るぜ」


「俺達も見せてやろうぜ」


「おう」


中川達は密かに対抗心を燃やしていた。これがいい方向に向けば言うことはないが、やはりその後も3人の演技は、手探りな感じで進んでいった。


「中川くん、高橋くん、大谷くん。もう少し、個性を出そうか。そのレベルだと君達じゃなくても出来るよ」


「はい。・・・くそっ」


監督から修正が入るものの、少しずつ役に色がつき始めてきた。さすがは大崎監督といったところか。


話は進み、今度は真奈さんとのシーンとなる。今回、俺と真奈さんは家族の役だ。普段通りに接しては鳴海の雰囲気は出ない。気をつけないと。


『あら、おかえり。早かったわね』


凄い、練習の時とはまた違う。雰囲気が全く違う。息子との距離感がいまいち掴めない母親の心情がよくわかる。


『・・・うん』


『その鳥どうしたの?』


『ん、拾った』


練習とは全く違う雰囲気の母さんに引っ張られる形で、俺の演技もいい方へ向かっていた。これが俺の知らない母さんか。凄いな。


「やっぱり真奈さん凄い」


「もう役が染み付いてる感じ」


「本当の家族かと思っちゃったよ」


「2人とも違和感なかったよね」


まぁ、実際親子だからね。なんとなく、母さんのやりたいことが俺にも伝わってくる。どんな風に演じたいのか。どう見せたいのか。


その後も、読み合わせは順調に進んでいき、全てのシーンを確認し終えた。結局、俺と母さんは特に何も言われることはなく、無事に終了した。


桃華は、大分良くなっていたが、監督の期待が大きいのか、細かい指摘が多かった。頑張れ桃華。


「実際にセットが入れば、俺たちだってもっと役に入れるさ」


「そうだよな」


「リハで巻き返そう」


一致団結する3人を他所に、桃華の方は結構ダメージが大きいようだ。


桃華のマネージャーさん曰く、ここまで修正されたことは今までになく、結構参っているようだ。


「桃華大丈夫か?」


「HARUしゃまぁぁ」


泣きそうな顔でこちらをみる桃華。相当こたえたようだな。


「HARU様、補充させて下さい」


「また、あれやるの?」


こくり、と頷くと桃華は俺にも抱きついてくる。スゥハァ、スゥハァ。


「桃華復活!」


「俺にはそんな効果はないぞ?」


「いえ、HARU様がいれば私は不死身です」


すっかり機嫌の戻った桃華は、マネージャーさんと共に次の現場へと向かった。


「HARUくん、リハも楽しみにしてるわ」


「はい、真奈さん。俺も楽しみにしてます」


俺達は互いに笑顔で手を取り合った。この時晴翔は知らなかったが、普段、共演者に興味を持たないことで有名な真奈がHARUに興味を示したことは、業界ではすぐに噂になった。

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