第34話 澪とデート②

「先輩、次はどうしますか?」


「うーん、そうですねぇ」


俺達は無事に水着を選び終えると、施設案内板の前にいた。早々に水着の試着は終わったが、やはりああいうお店に入るのはメンタルがすり減る気がする。今後は、出来るだけ近寄りたくはないな。


「とりあえず、お昼ご飯にしますか?」


「そうですね、少し早いですが、そうしましょう」


「何が食べたいですか?結構なんでもありますよ?」


大型ショッピングモールにはフードコートもあるし、最近は結構高級なお店もいくつか入っているみたいなので、大抵のものはあるだろう。


「あっ、それなら『ファーストフード』というものを食べてみたいですね」


「ファーストフードですか?じゃあフードコートに行ってみましょうか」


「はい!」


俺達がフードコートに移動すると、お昼には少し早かったが、結構混雑していた。


「かなり、混んでいますね」


「そうですね、みんな考えることは一緒みたいですね。はぐれないように気をつけて下さいね」


「わかりました」


そう言うと、先輩は今まで以上に俺の腕にしがみついてきた。


「せ、先輩、ちょっと近すぎます」


「なんでですか?はぐれたら大変ですよ?」


「そうなんですが、その、胸が」


「ふふ、大丈夫です。わざとですから」


今日の先輩はやたらと俺のことを揶揄ってくる。そして、とても楽しそうだ。ここは我慢だ。俺はなんとか心を落ち着かせる。


「晴翔様大丈夫ですか?」


「大丈夫です。さ、行きましょう」


俺達は、店に着くと注文をする。どうやら本当に来たことがなかったようで、先輩は目をキラキラさせている。


「何食べますか?」


「好き嫌いはないので、お任せします!」


「では、俺と同じで良いですね。すみません、これのセットを2つ下さい」


「かしこまりました」


俺達は、注文し終えるとレジから少しずれたところで待機する。


「席には向かわないのですか?」


「あぁ、もうすぐ出来ますから待ってましょう」


「晴翔様、料理はそんなすぐ出てきませんよ?」


そんな話をしていると、ちょうど出来たようで声がかけられる。


「えっ!?もう出来たのですか?」


「そうですよ。じゃあもらって席につきましょう」


席についてからも、先輩は興味深そうに眺めていて、一向に食べ始めない。


「凄いです、本当に早いんですね」


「レンジで解凍では無さそうです」


「ちゃんと揚げてありますね。なんでこんなに早いのでしょう?」


「不思議です!凄いです!」


こんなにはしゃぐ先輩は初めてだな。本当に箱入り娘のようだ。


「先輩、冷めちゃうので食べましょう」


「はっ!そ、そうでしたね。では、いただきましょう」


初めて食べるハンバーガーに苦戦しながらも、頑張って食べている先輩。なんだか新鮮で、ずっとみていられるな。


そんな俺の視線に気付いたのか、先輩はこちらを見る。


「そ、そんなに見られると、食べにくいです」


「はは、先輩が可愛くてつい」


「!?」


先輩は、驚いた表情を見せると赤く染めた頬をぷくりと膨らませた。


「晴翔様は、ずるいです」


「何がですか?」


「すぐに、私の心をかき乱します。晴翔様といるとドキドキが止まりません。私死んでしまうのでしょうか?」


「大丈夫ですよ。初めてのことだらけで緊張してるんですよ。すぐに慣れます」


俺は、あまりにも先輩が可愛かったので、ちょっと意地悪をすることにした。


「先輩。はい、あーん」


「えっ、なんですか?どうすれば?」


「口開けてください。食べさせてあげます」


「えっ!?大丈夫です、恥ずかしいですから!」


「大丈夫ですよ、ほらあそこのカップルもやってますよ?」


俺が指差した方を見ると、お互いに食べさせ合っているカップルがいた。


「ほ、本当です。珍しい光景ではないのですね」


先輩は、少し躊躇っていたが、覚悟を決めたのか、こちらを振り向くと目を閉じて口を開ける。


な、なんだろう、妙にエロいな。先輩は髪を耳にかけ、髪が落ちないようにそのまま耳のところに手を置いて待っている。


「晴翔様、は、早く下さい」


「は、はい」


俺は、雑念を振り払い、先輩の方へとポテトを運ぶ。すると、それに気づいた先輩はパクリと咥え込む。


ダメだ。一回意識すると、もう先輩の表情が頭に焼き付いて仕方ない。もう、やめよう。


「うん、美味しいですね。晴翔様に食べさせていただくとさらに美味しく感じます」


「そ、それはよかったです」


そんな俺達の姿は、結構周りの人たちの注目を集めていたようで、ドキドキしていたのは俺だけではなかったようだ。


「す、凄いのみた」


「なんだかこっちまでドキドキしちゃった」


「あの顔に魅了されないやつはいない」


結構ざわついていたのだが、俺達の心は乱れまくっていたため、全く周囲に目が行っていなかった。


ーーーーーーーーーー


「おい、澪になんて安いご飯を食べさせる気だあの小僧は?」


ファーストフードを食べに行った2人を見て、おじいさんは機嫌悪い。


「最近の若者なら普通ですよ?」


「そうだよ、おじいさん」


「むむむ、まあ、これも社会勉強か。しばし我慢するとしよう」


渋々了解するおじいさん。なんでも、不知火先輩へファーストフードを食べたことがないだけでなく、自分で買い物に行ったこともないとか。


大体のものは、使用人が揃えてくれるし、ご飯も高級なお店ばかりなんだとか。それじゃあ、あれだけ目を輝かせているのも納得だ。


「凄いです、本当に早いんですね」


「レンジで解凍では無さそうです」


「ちゃんと揚げてありますね。なんでこんなに早いのでしょう?」


「不思議です!凄いです!」


や、やばいわ。なに、あの可愛らしい生き物は。女の私でもドキドキしてきた。


先輩は本当に、ハンバーガーを食べるのが初めてなようで食べるのに苦戦していた。でも、そんな姿も可愛らしく、周りの人達から結構注目を集めている。


そんな時、なんだか周囲が一層にざわつき始めた。ここからだと、何してるのか上手く見えない。一体なにがあったのだろうか。


おじいさんも気になっているのか、さっきから挙動不審がすぎる。


「せ、先輩方、こ、ここ、これ見て下さい!」


桃華ちゃんがSNSで何かを見つけたようだ。私達はその写真を覗き込む。


「「「んんん!?」」」


私達が見た写真には、ハルくんが先輩にポテトをあーんしてあげていた。


なんとSNSで、バズり初めている。


『なんだこの甘い雰囲気は!?』


『俺もこんな彼女にあーんしたい』


『私も食べさせて』


『なんだか、凄くドキドキするんだが』


今投稿されたばかりなのに、もうかなりの人が反応している。


「あの小僧、儂の澪になんてことを!」


「あっ、おじいさん!」


私達が静止する前に、おじいさんは飛び出して行ってしまった。しかし、そのおじいさんの前に1人の女性が立ち塞がった。


「お二人の邪魔はさせませんよ、顕彰様」


「むむ、お前は葛西か。お前だって、澪専属の使用人なら澪が心配であろう。なぜ邪魔をするんじゃ」


「晴翔様なら構いません。お嬢様をお任せしても大丈夫です」


『お嬢様と晴翔様が親密になれば、私もお近くに居られます。そうすれば、少しくらい私にもチャンスが』


葛西の姿は、主人を必死に守ろうとしているようにしか見えず、葛西がそんなことを考えているとは誰も思っていない。


「そこまで、信用にたる人物か?」


「そうです、顕彰様」


・・・。


しばらく沈黙が続くと、葛西が先に動き出す。


「そうだ、顕彰様」


葛西は顕彰の耳元で何かを囁くと、「なんだと!?」と血相を変えて立ち去った。


「あ、あの、あなたは?」


「私は澪様の専属使用人で葛西といいます。貴方達を送迎したのも私ですよ?」


「あ、そうだったんですね。その節はありがとうございました」


そうだったんだ。てっきり男の人が運転してるのだと思っていたが、こんなに綺麗な女性だったとは。いかにも出来る女性という感じだ。


「む、ちょっと失礼しますね」


そう言って、ポケットから携帯を取り出す葛西さん。すると、一緒にハンカチが落ちた。


「あ、落としましたよ。・・・あれ?」


「ありがとうございます。大事なハンカチなんです。助かりました」


そう言って、ハンカチを受け取る葛西さんの表情は先ほどまでのキリッとしたものではなく、頬を少し赤く染め、恋する女性そのものだった。


ハンカチを受け取った葛西さんは、お礼を言うとこの場から立ち去った。


「あれ、絶対男から貰ったものだよな?」


「きっとそうですよ。あの顔を見ればわかります」


「そ、そうだね」


私達は引き続き、3人でデートの様子を伺うことにしたのだが、私は葛西さんが気になって仕方なかった。だって、あのハンカチはハルくんのだったから。

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