第30話 顔合わせ

「別に緊張しなくていいからね、晴翔くん」


「は、はい」


俺は、顔合わせのため、恵美さんに連れられてテレビ局へ向かっている。今日の顔合わせでは、監督、プロデューサー、脚本家、美術などのスタッフ、キャストの皆さんが一堂に集まることになっている。


そんな中、初めてのことばかりで、頭の中は真っ白になっているた。


「よし、じゃあ行こうか」


うだうだ考えていたら、いつの間にか目的地についていた。初めて入るテレビ局に、少しテンションが上がった。


俺は恵美さんに連れられて、会議室へと向かう。テレビ局の中は、まるで迷路のようで、一人になったら絶対に迷う自信がある。


コンッ、コンッ


「失礼します」


恵美さんの後に続き、会議室へ入る。

すると、もうほとんどの関係者が集まっていた。


「HARU様、こっちですよー!」


ブンブンと手を振っている桃華。どうやら、俺の席は桃華の隣らしいので、俺はそそくさと席についた。


「HARU様、おはようございます!」


「おはよう、桃華」


「ふふふ、今日はいい日になりそうです♪」


朝からテンションが高い桃華。桃華はドラマの撮影は何度もしているので、この雰囲気にも慣れているのだろう。俺も慣れる日が来るのだろうか?


「イケメンはいいよなぁ、顔だけで主役がもらえるなんてよぉ」


「本当だよなぁ」


見るからに態度の悪そうな男性が二人、少し離れたところで離しているのが聞こえた。どうやら、俺のことを言っているのだろう。まぁ、俺自身なんで主役なのか不思議なくらいだ。


「HARU様、あいつらやっちゃいましょう」


「大丈夫だから、桃華。気にしなくていいよ」


「むぅ、HARU様が言うなら、今回は見逃してやります」


いきなり揉めるのは、俺の望むところではないので、不機嫌な桃華をどうにか宥める。しかし、相変わらず厳しい表情で彼らを睨みつけている桃華。


俺は、落ち着かせようと、桃華の頭をポンポンっと軽く叩いた。


「ひゃあぁぁぁ!?ひゃ、ひゃる様!?」


俺は、こちらに振り向いた桃華を落ち着かせようと、顔を近づけて声をかけた。


「桃華、落ち着いて。ねっ?」


「ひゃ、ひゃい」


顔を真っ赤にしながら、俯いてしまった桃華。いきなり頭を触ったから機嫌悪くなっちゃたかな?ごめんな、桃華。


とりあえず、桃華も静かになったので、俺は監督や作家さんが来るのを、静かに待つことにした。


「ねぇねぇ、今のみた!?」


「私もやって欲しい!」


「あれ無自覚なのかな?やばくない!?」


今度は、女性達が騒ぎ出してしまった。そして、男性達はこちらを睨みながら舌打ちをしていた。本当に、この人たちと撮影出来るのだろうか?俺は心底心配になってきた。


そんな時、会議室のドアが開かれた。


「「「「「おはようございます!」」」」」


大崎監督と脚本家さんが入ってきたようだ。俺も周りに合わせて起立し、監督達に挨拶をした。すると、大崎監督が俺に気づいたようで、ばっちり目があった。


「おぉ、HARUくん!来てくれて嬉しいよ。よろしくね!」


「はい、よろしくお願いします」


監督が席に着くのを確認すると、みんなそれぞれ席についた。


そして、進行役の人の紹介で、それぞれの説明がされる。まず、監督である大崎監督の紹介から始まりスタッフの皆さんの紹介が始まる。


「次は今回の主役であるHARUさんです」


「よろしくお願いします」


「そして、ヒロインの田沢桃華さん」


「よろしくお願いします」



それぞれの紹介が終わると、大崎監督から今回のコンセプトの説明が簡単にされた。今回は若手を中心にキャストを組んでおり、初々しさや若者らしさを存分に出していってほしいとのことだった。


今日の顔合わせでは、特に細かく打ち合わせがされるわけではないので、話が終わると、それぞれ部屋から出ていった。


「あーあ、真奈さん来ないのかぁ」


「真奈さんは忙しいからね。読み合わせでは会えるかもよ?」


「はぁ、早く会いたいなぁ」


ここには若手俳優が多いので、母さんみたいな人気女優や人気俳優に会う機会はほとんどないようで、今日会えないことが余程ショックだったようだ。それにしても、本当にうちの母さんは人気なんだなと実感する。


「おい」


「なんですか?」


先ほど、騒いでいた男性達が俺に話かけてくる。確か、主人公の友達役の3人だ。

名前は、中川海斗なかがわ かいと高橋蓮たかはし れん大谷瑛人おおたに えいとだったか?


「なんで、モデル風情が主役なんだよ?」


「そうだよ、主役は普通オーディションだろ?」


「どんな手、使ったんだよ」


町田みたいな奴らは、どこの世界でもいるもんだなぁ。俺はしみじみと彼らのことを眺めていた。すると、そんな態度が良くなかったのか、さらに怒らせてしまったようだ。


何を思ったか、大崎監督に直談判に向かったようだ。


「すみません、大崎監督。ちょっといいですか?」


「おぉ、中川くん。どうしたんだい?」


大崎監督は、業界の中でも変わり者で有名らしく、今まで怒ったところを見た人はいないと言われている。基本的に何を言われても飄々としているらしい。


「なんで、主役はオーディションしてくれなかったんですか!?」


「俺たち、今回チャンスだと思って頑張って練習してたんです!」


今回は、若手俳優が中心になっているため、主役を獲得しやすいと思っていたようで、どうにも納得いっていないようだ。


「うーん、どうしてか。どうしてだと思う?」


「え、それは、こいつが顔で選ばれたからですよね!?」


「そうですよ。俳優でもないのに、ありえません!」


うん、それは俺も思った。モデルしかした事ないもん、俺。


「まぁ、まず第一に今回は作家推薦枠でHARUくんが上がったのが大きいかな。どうしても、HARUくんを使って欲しいと原作者からお願いされていたんだ」


「でも、推薦枠だったら、一応オーディションもやりますよね?」


「まぁ、今回は俺が必要ないと判断したんだ。俺は人を見る目だけはある。HARUくんなら問題ないと俺が判断した」


別に怒っているわけではないが、誰にも文句を言わせないだけのオーラが大崎監督にはあった。意義を唱えていた俳優達も、何も言えなくなってしまった。


「まぁ、そういうわけだから。それから、君たちにもそれぞれ期待している部分はあるんだ。期待を裏切らないでくれよ」


それじゃ、と監督は会議室から出ていってしまった。


「そうだよな、俺達だって選ばれてここにいるだ」


「そうだよ、自信持とうぜ」


「モデル野郎に力の差を見せてやろう」


何だか一致団結して、意気揚々と会議室を出ていってしまった。それぞれのマネージャーさんらしき人たちが、俺と恵美さんにペコペコと頭を下げて帰っていった。


「HARU様、私もこの後違う仕事があるので失礼しますね。寂しいと思いますが我慢してください」


「桃華は忙しいんだね。俺は大丈夫だから気にしないで。次の仕事もがんばってね」


俺は、桃華を送り出したつもりだったのだが、なぜかモジモジしていて一向に動く気配がない。


「HARU様、頑張るためにお願いがあるんですけど」


「なに?」


「だ、抱きついていいですか!?」


「へっ?ま、まぁ、いいけど?」


「やった♪」


桃華は人目も気にせず、俺に抱きついてきた。


「ふあぁぁぁ、幸せですぅ」


しばらくの間、俺に出来ついていた桃華をどうしたらいいのか困った俺は、恵美さんと桃華のマネージャーさんに助けを求めたが、どちらも「諦めろ」と助けてくれなかった。


「ふぅ、HARU様成分充電完了です!」


ビシッと敬礼した桃華は、マネージャーを連れて、ルンルンとスキップしながら次の現場へと向かっていった。


「私達も帰ろうか?」


俺達も今日は解散することになり、恵美さんに自宅まで送ってもらった。


ーーーーーーーーーー



顔合わせが行われて数日が経ったある日の出来事。


あの時は、参加できなかった母さんが、俺の出来を確認したいと言ってきた。そこで、裏の道場を父さんに借りて、母さんと読み合わせをすることにした。


「晴翔、そこはそうじゃないわ。そこはもっと感情を抑えて」


「は、はい」


俺は、場面ごとに台本を読んでいく。しかし、なかなかお褒めの言葉をいただくことはなかった。もう1時間以上行っているが、まだ2ページしか進んでいない。


「晴翔、もっと役になりきるの。この主人公はあなたじゃないわ。しっかり『成海なるみ』の気持ちを考えるの」


「成海の気持ち」


「そう、成海の生い立ちは?どんな環境で育ったの?好きな食べ物は?」


「えっ、そんなこと書かれてたっけ?」


「書いてないわよ、自分で想像するの」


「そんな無理でしょ」


流石に、そこまで想像できるほど、俺に役者の力はまだない。しかし、母さんの真剣な表情を見ると、やらなくちゃという気持ちになる。


「あのね、完璧にやれって言ってる訳じゃないの。もっと、この作品に集中しろって言ってるの」


「作品に、集中」


「そう、出来る出来ないは二の次なの。あなたが思う成海を見せて」


その後も、母さんのスパルタ稽古は続いた。結局、その日は一日使ってしまったが、なんとなく成海のことがわかってきた気がする。台本を読んでいると、感情の動きが、身体の動きが、景色が、全てが鮮明に頭の中に浮かんでくる。まるで、本当にそんな人生を送ってきたかのようだ。


「晴翔、私達が親子だってことは、事務所の社長とか一部の人しか知らないことになってるわ。だから現場では、母として接することはないから、しっかりしなさいよ?」


「うん、俺頑張るよ。だから、今後も指導よろしくお願いします」


「ふふふ、応援してるわ。じゃあ、そろそろ帰ろうか」


「そうだね」


俺は、台本などを片付けると、道場を後にする。


「全く、あれでデビューの新人だなんて、末恐ろしいわね。みんなが自信無くさなきゃいいけど」


虚しくも、母さんの言葉は誰の耳に入るともなく、道場の中に小さく響いて消えていった。

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