第8話 綾乃とデート①


「いい、ハルくん。ちゃんと綾乃ちゃんをエスコートしてあげるんだよ?」


「わ、わかったよ」


俺は今、何故か彼女から、彼女以外の女の子のエスコートを頼まれていた。なんだか複雑な気分である。


しかし、他ならぬ香織の頼みであれば致し方ない。最善を尽くすしかあるまい。


俺はいつものように、髪を整え、服はバイトでもらった物を香織にコーディネートしてもらった。よし、準備は完璧だ。あとは、俺がしっかり買い物に付き合えばいいってことか。


「じゃあ、行ってくるよ」


「うん、頑張って。・・・ハルくん」


「どうした?」


いつになく真面目な眼差しを向ける香織。

やっぱり、行かない方がいいのか?


「多少なら、彼女が増えたって、いいんだからね」


「えっ?だって、嫌がってただろ?」


「まぁね。でも、好きになってくれる人がいるって幸せなことだよ。誰でもいいって訳じゃないけど、もしハルくんを大切にしてくれる子が現れて、ハルくんも大切にしたいと思ったら、応えてあげてね」


この時は、いまいちピンときていなくて、うまく返事ができなかった。なぜ香織がそんなことを言うのか、なぜ俺を好きになってくれる人が現れると思うのか。


俺はふわふわした気持ちのまま、大塚さんとの待ち合わせの場所に向かった。



ーーーーーーーーーー


この辺で待ち合わせに使われるところは限られている。俺が香織と待ち合わせるのも、その中の一つ。


今回も、いつもの駅前で待ち合わせである。


この辺だと、ここが一番利便性がある。

ショッピングモールは近いし、電車、バス共にここで乗れるし、待ち合わせにはぴったりだ。


そもそも、家が隣同士なんだから、わざわざ待ち合わせるすこともないんじゃないだろうか。


そんなことを考えながら、待ち合わせ場所に向かうと、女の子が男性2人に絡まれている。


あのギャルっぽい格好はーーー。

間違いない、大塚さんだ。


俺は急いで大塚さんの元へ向かい、男性達のと間に割って入った。が、そこまでは良かったが、さてこの後どうしようか。


「あぁ?なんだよお前」


「邪魔すんじゃねぇよ!?」


うわぁ、目の前で見ると迫力あるな。

ドラマなんかでよく見るが、現実で体験することになるとは。


だが、俺は結構背丈があるため、俺より背が高い人はあまり会うことはない。そのせいか、この男性達もそこまで怖くは感じない。


「齋藤、無理しなくていいよ」


大塚さんは不安そうに俺を見る。

俺の服を引っ張る手は震えていた。


「すみません、この人は俺の連れなんです。先急ぎますんで、失礼しますね」


俺は、大塚さんを連れてこの場を去ろうとする。このまま何もなければ良かったが、現実はそう甘くない。


「おい、勝手に連れて行くんじゃねぇよ!」


はぁ、出来ればこのまま去りたかったんだが、仕方ない。俺が振り返ると、男性の1人が拳を振り上げ、俺に迫ってきた。


「齋藤、危ない!」


大塚さんが心配してくれるのは嬉しいが、この程度のパンチじゃ当たらない。


パシィッッッ!


俺は、男性の拳を片手で難なく受け止めた。まさか止められるとは思ってなかったのか、驚愕の表情を浮かべる男性。


父さんの拳に比べたら、遅すぎる。俺の父さんは、極真空手の元日本チャンピオン。今でも道場で沢山の弟子を抱えている。


そんな環境で育った俺にとって、喧嘩で負けることはない。というか、喧嘩したことなかったな。


「すみません。もう行ってもいいですかね?」


俺はそう言うと、男性の手を雑に振り払った。

勢いがつきすぎたのか、体勢を崩す男性。


その後、特に追撃も無さそうなので、そのまま大塚さんを連れて歩き出す。スタートから大変な目にあったな。


「大丈夫、大塚さん?」


俺は、大塚さんに話しかけるが、返事がない。

振り返るが、下を見ていて視線が合うこともない。


やはり怖かったのかな?

そりゃ、大塚さんみたいな女の子が、男性に囲まれれば恐怖を覚えるのも仕方のないことだ。しばらく、そっとしておこう。


「・・・がと」


「ん?なんか言った?」


何か言っていたようだが、声が小さく聞き取れなかった。

わずかに顔をあげた大塚さんは、少し視線を合わせると、ぷいっと横を向いてしまったが、今度はハッキリと聞こえた。


「さっきは、ありがと。格好良かった・・・よ」


「どういたしまして」


うん、なんとか大丈夫そうだな。このまま買い物に出かけよう。そういえば、まだ目的地を書いてなかったな。


「そういえば、今日は何を買いに行くの?」


「あ、えっと、ちょっと参考書買いに行こうと思って。それと勉強の気晴らしに少し遊べたらと思って」


「参考書ね、オッケー。じゃあ選び終わったら色々見て回ろうか?」


「うん、ありがと」


短めの感謝を述べると、大塚さんは俺の袖を摘んだ。

いきなりのことで驚いたが、俺は朝の香織の言葉を思い出していた。


『ちゃんと、綾乃ちゃんをエスコートしてあげるんだよ?』


そうか。そうだよな。

相手が誰であれ、今は楽しんでもらわないとな。


俺の袖を摘んだ手をどかすと、大塚さんは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに手を繋いであげると、表情はパァッと明るくなり今日初めて笑顔を見ることが出来た。


「やっぱり、大塚さんは笑顔が素敵だね」


「・・・」


また、大塚さんは黙り込んでしまったが、先程とは違いしっかりと視線は合う。それに顔が少し赤くなっていた。


その後、終始大塚さんは無言だったため、ショッピングモールまで、俺は一人で喋っていた。香織と出かける時はあまり無言になることがないので多少困った。それにエスコートで何をすればいいか、よくわからない。なので、香織といる時のように振る舞うことを意識した。


俺達は無言ながら雰囲気は悪くないまま、ショッピングモールに無事到着した。まず俺達は、本日の目的地である本屋さんへ向うことにした。

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