ある女子高生の推しごと

一帆

第1話 ある女子高生の推しごと

「ジャジャジャジャーン!」


 私は、そっと袋から手作りのシフォンケーキを取り出して、銀紙をかぶせていたデシケーターの中板の上に乗せた。図書準備室に、ふわっと甘い香りが広がっていく。私は、シフォンケーキの上に、生クリームとフルーツでケーキのまわりをデコレーションしていく。


 すべては、この日のために、準備をしてきた。思うような赤色のシフォンケーキが作れるようになるまで、何度も何度もシフォンケーキを作った。だから、ここ数日、朝ごはんはシフォンケーキだった。お母さんは笑っていたけど、ゆりが呆れた顔をしていたのは知っている。

 シフォンケーキ作りも大変だったけど、一番大変だったのは、チョコレートで作ったキャラプレートだ。うまくイラストが描けなくて、泣き泣きどれだけのチョコを胃の中におさめたことか! でも、そんなことは私にとっては面倒なことでもつらいことでもなんでもない。すべては、推しのため! 推してやまないモンクスフード様のため!!


 私は大切にしまっていたキャラプレートをタッパーから取り出し、そのイラストをじっとみて、枠線からチョコがはみでていないか、色がずれていないか確認する。

 

 ―― うん。 上出来!


 やっと満足ができるイラストが描けたキャラプレートをそっとその上にのせる。


「やったぁー!」

「おっ! ケーキじゃん!!」

「委員長、サイコー」

「かみ~!」

「お茶はどうします? お皿は銀紙でいいですかぁ? 」


 来週から始まる読書週間に展示する本の選書をしていた図書委員たちがわらわら言いながら、近づいてきた。そして、一番最初に近づいてきた黒川君が、ケーキを見て「あっ、そっか」と言ってにやにやしだした。


「そうです! 今日は、『もと司書だった私はどうやら吸血鬼のいる異世界に転生したようです』のサブキャラ、モンクスフード=サファイア様がお生まれになった素晴らしい日! お誕生日なのでーす! みなさんと一緒にお祝いをしたいと思って、作ってまいりました!! 今回はラズベリーをふんだんに使い、モンクスフード様の色、赤をテーマにしております! このケーキは、モンクスフード様が地下組織ミッシェルに囚われた時にですね……」

「そっかぁ。そりゃ、おめでとさん」

 

 私が熱く熱く、モンクスフード様のすばらしさについてみなさんに話そうとしたのに、黒川君は私の話を無視してケーキに手を伸ばした。私はあわてて黒川君の手を掴んだ。


「黒川君! フライングをしない! みなさんとモンクスフード様のすばらしさについて語り合い、そして――」

「はい。はい。わかってるって。モンちゃんのおかけで、俺らは校則違反で委員長がもってきたケーキを食べられるってわけだ」

「そ、そんな!」


 モ、モンちゃんですってぇ?? 私は黒川君をきっとにらんだ。


「大丈夫。ここにいるやつらは、このケーキを喰う気満々だから、全員共犯だ。だれも言いつけない。な! みんな」


「言わないっすよぉ!」とみんなも声をあげる。


「そうじゃない。私はみんなにモンクスフード様のことをよく知ってもらいたくて……」

「大丈夫よぉ。菫が好きなことはよおおおく知っているわ。それより、この銀紙で包んでいるお皿みたいなのはなあに?」


 あいちゃんがシフォンケーキの台にしているデシケーターの中板をつついた。


「あ、それ、それは、デシケーターの中板。化学の大嶋先生に図書委員会で使いたいからってお願いして、先週の木曜日に借りてきたの。そんなことより、あいちゃんならモンクスフード様のこと……」


 私は、デシケーターの中板よりもモンクスフード様のことを語ろうと口を開きかけたら、今度は、後輩のゆずちゃんが「委員長、このイラスト、自分で書いたんですかぁ? すごいですねー」と声をかけてきた。


「うん。iPadで描いてから、キャラプレートにしたの」

「クオリティ、高いですね!」

「ありがとう。でね、このイラストの時のモンクスフード様は地下組織ミッシェルに囚われた時にね……」

「委員長、早く食べましょうよ! それから、ゆっくり話してくださればいいですよー!」


 私がみんなにモンクスフード様のことを話そうとするたびに誰かが声をかけてくる。

 仕方ない。みんな、ケーキが食べたいのだろう。食べ終わったら、モンクスフード様の話をじっくりと聞いてもらおう! 


 私は、にっこり笑うと、みんなが待っている言葉を口にした。


「じゃあ、みなさん、どうぞ召し上がれ。食べ終わったらモンクスフード様について語り合おう!!!」



 





 <<あいちゃんとゆずちゃんの会話>>

ゆず:「推しができると人って変わるものですね」

あい:「そうだね。すみれ、ほんと、変わったね。コンタクトにしたし、髪だって毎日巻いているらしいよ。すっごく可愛くなった。モンちゃんの布教をする自分がみすぼらしくてはモンちゃんに悪いんだってさ」

ゆず:「そういえば、委員長、すっごくモテててるらしいですよ。黒川先輩、ピンチですね」

あい:「だね。全然通じないところが見てて面白いけどね。それにしても、がちがちの真面目だったのに、モンちゃんの誕生日だからって校則違反のお菓子を持ってくるなんてねー」

ゆず:「ですね。でも、今の委員長、とてもイキイキしていてとても素敵です。私も推し、見つからないかなー」



 


 


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