目を開いて真っ先に見えたのは、全く見覚えがない天井だった。


 ──いつの間に模様替え……いや、引越か? これ。


 どちらも記憶にないんだが、とハイトはどうでもいい考えを頭の中で転がす。


「お~、目ぇ覚めたか」


 次に視界に入ったのは、見慣れた自分の護衛兼幼馴染の顔だった。普段と変わらない陽気な表情なのに、明らかにほっとしているのが分かる。


「……ヴォルト………?」

「お~よ。気分はどうだ?」

「……俺、死んだんじゃ、なかったのか?」

「生きてるよ。安心しろ」


 ハイトが自力で体を起こすと、ヴォルトは水差しから水をんでハイトに渡した。扱い慣れない洋湯呑ティーカップから冷えた水を飲んだハイトは、ほっと小さく息をく。その様を見たヴォルトもほっと息を吐くと、枕元に置かれた椅子に深く腰掛けて足を組んだ。


「あの時、リーフェから『水龍シェーリン』が勝手に離れて、間一髪でお前の事を助けてくれたんだよ。お前が負ったのは軽度の火傷ヤケドと重度の貧血、後は崩落に巻き込まれた時の怪我くらいだな。倒れた主な原因は、ボルカヴィラの阿呆アホ王太子に力で競り負けた反動だ。死ぬような要素はどこにもねぇよ。だから死んだとか、勝手に言うな。特にリーフェの前ではな」

「『水龍』が外れたって……あいつは、大丈夫なのか?」

「安心しろ。そっち方面には大丈夫だ。死ぬんじゃねぇかってくらい、お前の事を心配してはいたがな」

「そういやリーフェは……?」


 ハイトは洋湯呑ティーカップに手を添えたまま周囲を見回した。


 どうやらここはどこかの宿の一室であるようだ。


 簡素だが清潔なベッドが二台置いてあるだけの素っ気ない部屋だが、調度類から想像するに恐らく下街の安宿ではない。扉は一つしかなく、配置から隣の部屋へ繋がる物ではないだろうかとハイトはぼんやりと思った。二間繋がりの部屋となると、押さえるのに相当な額を払ったのではないだろうか。


「あー……隣にいるぞ」


 ハイトの視線が扉に据えられているのを見たヴォルトは、うめくようにハイトの問いに答えた。ハイトがヴォルトの方へ顔を向ければ、ヴォルトは何とも言えない引きった表情を浮かべている。


「隣? 珍しいな。てっきり付きっきりでててくれるのかと……」

「いや、本人もそうしたかったんだろうが……。それよりも重要な案件が転がり込んできたというか、何というか……。ハイトの看病をしているとさわりが出るくらい、殺気立っちまったというか……」

「は?」


 ──リーフェが殺気立つ? あのマイペースなリーフェが?


 ハイトは思わず目をしばたたかせた。


 リーフェが負の感情を露わにするなんて珍しい。心の中でひそかにそれらを抱えていることはあるのだろうが、策士なリーフェは滅多にそれを分かりやすく表に出さない。


 そんなリーフェが、ハイトの怪我に触ることを気にしてハイトに近付かないほど殺気立つとは、一体何が起きたのだろうか。


「……ボルカヴィラ王太子でもいるのか?」

「いる訳ねーだろ。そんなもん俺の刀が届く範囲にいたら、俺がさっさとぶち殺してるっての」


 ヴォルトは憤懣ふんまん遣る方ないといった体で息をくと、ハイトの肩に衣を着せかけた。親指で扉を示し、ひっそり覗いてこいと身振りで伝えてくる。


「……?」


 ハイトは衣に腕を通すと、そっと扉を押し開いた。音を立てないように開いた扉に片目を押し当てて、隣の部屋を覗き見る。


「御自分が何をしたのか、分かっていらっしゃいますよね? イーゼ様」


 隣の部屋は応接室になっていた。外廊下へ続く扉は向こうの部屋にあるらしい。


 ハイトがいる寝室は分厚いカーテンが引かれているせいで薄暗いのだが、隣の部屋には昼過ぎの陽光がたっぷり注ぎ込んでいて眩しいくらいだった。品のいい家具が配された中に、何人か見慣れた人物が陣取っている。


貴方あなたは、我らの大切な殿下を、己の策略のための駒としたのですよ? その上、殿下を死の危険にさらした。貴方の策略成功の方が、殿下の御身よりも大切だとおっしゃるのですか?」

「あ……いや、そのぉ……」

「貴方の弟君と他国への面子メンツ、どちらが大切かとお訊ねしているのですが。ついに貴方は耳まで馬鹿にされてしまったのですか? 腐るのは頭の中だけにして頂きたいものですね。それだけでも殿下にとっては十分公害ですが」

「う……あの、リーフェさん?」

「気安く呼ばないで頂きたい。そもそも貴方は、我らが殿下を過労死させたいのですか? 貴方が毎回毎回フラフラフラフラ勝手に歩き回っている間の政務がどこへ押し付けられているのか、まさか御存知ない訳ではありませんよね?」


 確かに、殺気立っている。


 ハイトは思わず顔を引き攣らせた。


 カティスを相手にしていた時の比ではない。今のリーフェがまとっているのは、純粋な殺意だ。殺したくて殺したくて仕方がないという混ざり気のない純粋な殺意を、リーフェは隠すことなく部屋中に放出している。その殺意のせいでリーフェの姿が周囲から浮いて見えるくらいだ。リーフェの殺気で隣の部屋にいる面子の何人かが窒息死しかけている。


 だがハイトが顔を引き攣らせた要因は別の所にあった。


 リーフェの殺気も恐ろしいが、リーフェが全力で殺意を向けている相手が一番の問題だった。


「なんっっでこんな所に兄上が……っ!?」


 足と腕を組み、眼鏡を外した素の瞳で全てを睥睨へいげいするリーフェの前で正座させられて小さくなっていたのは、ハイトの実兄、イゼルセラン・ハイズ・イシュハルト・ルゼラン・アクアエリア……ハイトが家出を敢行する元凶となった、只今大絶賛家出中であるはずのアクアエリア第一王子だった。


「ハイト、お早う」


『これは明らかに不敬罪だろっ!?』とか、『一応兄上も「殿下」と呼ばれる立場なんだがっ!?』という言葉を心中で絶叫するハイトに、リーフェは無表情のまま声を掛けてきた。


 掛けてきた、というよりも叩き付けてきた、と言った方が印象としては正しい。だがハイトに顔を向けた時は息苦しさを感じる殺気がわずかに緩んだから、リーフェの怒りはイーゼ限定で発動されたものなのだろう。


「……一体全体何がどうなったらこういう状況になるんだ?」


 隠れる意味がなくなってしまったハイトは、扉を押し開くと応接室へ足を踏み入れた。


「全部この阿呆アホ王子が悪いんだよ」


 洋椅子ソファーから立ち上がってハイトを迎えたリーフェは、上衣を羽織ったまま帯を締めていないハイトの姿を見て眉をひそめた。


 周囲に視線を走らせて代わりになる物を探したリーフェは、結局自分の帯を一本抜くとそれを使ってハイトの衣を整える。二丁銃を帯に差して持ち歩いているリーフェは着付けに余分に帯を締めているようで、ハイトのために一本帯を抜いても己の着付けには問題がないようだった。


「今までの事、全っ部この馬鹿王子が仕組んだ事だったんだ」

「馬鹿とか阿呆とか、扱いがボルカヴィラ王太子と同じになってるぞ。……ここまでリーフェを怒らせるなんて、兄上一体何をしたんですか?」

「ヴォルトだってすっごく怒ったんだよ? ねぇ、ヴォルト」


 リーフェの顔がハイトの背後に向けられる。リーフェの隣に腰掛けたハイトの後ろには、いつの間にかヴォルトが控えていた。


 リーフェとハイトの視線を受けたヴォルトは、小さく肩をすくめて軽い調子で答えを返す。


「ちょっと拳での語らいに参加してもらっただけだろ? 大した事ねぇじゃねぇか」

「拳での……って大問題だろっ!」


 臣下の立場にありながら、ヴォルトはイーゼに手を上げたのだ。これはもう反逆罪で死刑に処されても申し開きができない。


「本当に何したんですか、兄上……」


 ハイトは恐れ半分、あきれ半分といった表情でイーゼを眺め、次いでリーフェを見遣った。イーゼはリーフェの殺気とヴォルトの鉄拳制裁に震え上がっていて、とてもじゃないが全てを説明出来るような状態ではない。


「この放蕩王子は、自分の策のためにハイトを利用したんだ」


 リーフェはチラリとイーゼを一瞥いちべつすると、サクサクと事情を説明し始める。


「そもそも事の発端は、フローライト王がうちの陛下に泣き付いてきた所にあるらしいんだ。フローライト王はボルカヴィラ王に娘のアヴァルウォフリージア姫をボルカヴィラ王太子の花嫁として差し出すように脅されていたらしい。目的はアヴァルウォフリージア姫ごと『詞梟ミネバ』を巻き上げるため。『炎狼ヴィヴィアス』を連れ戻す事が出来ないならば、他の国守の神でその穴を補填しようって考えらしいね。理屈は邪神降ろしをやらかした誰かさん達と一緒だよ」


 そんなことをされては国が滅ぶ。


 フローライト王はボルカヴィラ王の要求を突っぱねようとしたが、ボルカヴィラ王は要求を呑まなければ即刻宣戦布告をするとフローライト王を脅したらしい。


 フローライトには世に名だたる『虚像兵』という武力があるが、全てを焼き尽くすボルカヴィラの炎を前に『虚像兵』は役に立たない。フローライト王は国を守るために一度はその要求を受け入れ、密かに水面下で白紙撤回の機会を探っていた。


「そこでフローライト王が目を付けたのが、ボルカヴィラと敵対しているアクアエリアだった。ボルカヴィラの弱点を突ける絶好の機会チャンスだと判断したうちの陛下はフローライトに協力する事を決め、この道楽王子が指揮を任された」


 この不自然な政略結婚の発端にはフローライトとアクアエリア、両方ともの思惑があったのだとハイトは納得した。フローライトがアクアエリアとボルカヴィラに近付くはずがない。この前提がまず間違っていたのだ。


「愚兄王子はまずボルカヴィラ側の状況を探った。事前にフローライト側から情報は渡されていたんだろうけど、裏は取りたかったはずだからね。その過程でエルザの所在を知ったんだ。エルザに『炎狼』の声が聞こえている事も、その調査の過程で知ったらしいよ」


 フローライト王が望んだのは、アヴァルウォフリージア姫とボルカヴィラ王太子の婚約撤廃。だがそれだけを叶えてもアクアエリアの利は薄い。


 フローライト側からどのように婚約撤廃をするか、方法は特に指定されていなかったという。


 だからイーゼは考えた。どうすればアクアエリアにとって最大の利を得ることが出来るかと。


「無責任王子は考えた。エルザを新しい王に立て、ボルカヴィラ王と王太子を権力の座から引きずり落とせば、自動的にアヴァルウォフリージア姫の婚約はなかったことにできる。ただ、それだけではまだアクアエリアの利は薄い。もっとガッツリこちらの利を得るためには、エルザに恩を売らなければならない。……一生掛かっても返しきれないような、大きな大きな恩をね」


 そこまで語って、リーフェはキッとイーゼを睨み付けた。ただでさえ目付きが悪いリーフェに本気で睨まれたイーゼはひたすら身を縮こまらせる。


「街で破落戸ゴロツキに絡まれたエルザを助けた青年が、アクアエリアの王族だった。エルザの事情を知ったアクアエリアの王族は、エルザの事を不憫に思い、手を貸す事にした。……そう、これはその場に居合わせたアクアエリア王族の、自発的で慈悲的行為。偶然の出来事に他国は文句を付ける事は出来ないし、命を助けられ玉座まで導いてもらったエルザは、一生掛かっても返せない恩をアクアエリア王族に抱く事になる」

「それって……」


 リーフェの言葉にハイトは思わずリーフェを見た。リーフェはハイトを流し見て小さく頷く。


「いきなり降って湧いた結婚話。相手はまさかのフローライト。いかにも裏がありそうだと、誰かは言う。行動力がありそうな誰かは、自分から調べに行けばいいと言う。他にいくつか寝耳に水な話を重ねておけば、プッツリ切れた標的ターゲットは自分から国を飛び出していく。あとは時期を見計らって、ひっそりエルザに付けていた護衛を外し、時々ボルカヴィラの刺客に手を出して警戒させながら、標的が確実に通る街まで誘導してやればいい。エルザがその街で襲われるように相手を適度に刺激してやれば、後は勝手に転がり始める」

「……そんな事、本当に出来るのか?」


 リーフェとヴォルトの性格を考慮し、一行が使う街道を予測し、敵国の刺客さえをも誘導して、全てを目論見通りに動かすことが。


「ムカつくけど、出来るよ。目の前にいるこの考えなし王子は、変な所でおつむの出来がいいみたいだから」


 まるでこの台本を描くために配置されたかのように、ハイトのそばにはリーフェとヴォルトがいた。結婚話の裏を疑うリーフェと、行動力に溢れたヴォルトが。


 そしてそんな二人の主は、困っている人に助力を惜しまないお人好ひとよしのハイトだ。もしあの時リーフェがハイトに指示を出さなくても、ハイトは自分からエルザの事を助けに行っただろう。イーゼはハイトのその性格まで見越して、この計画を立てたのだ。


「ついでに言っとくと、アクアエリアから僕達を付けてたのは、このロクデナシ王子の手勢だったみたいだよ。エルザを連れた僕達がボルカヴィラに入った時、より自然に合流出来る様に、僕達の行動を逐一報告に上がっていたんだ。宿を出た後追手の数が増えたのと雑多な気配が増えたのは、アクアエリアから僕達を追っていた手勢とエルザに付き纏っていた刺客、ついでにサラを張っていたボルカヴィラ王太子達が一ヶ所に集中したからだったんだ」


『ちなみに、ピレネの馬屋でまるで見計らったかのような時節タイミングで馬を引き出そうとしていた外套姿のあの人間、この盆暗王子本人だったらしいよ。弾、当てとけば良かった』と、リーフェは舌打ち交じりの物騒な言葉で説明を締め括った。


 ──つまり、全ては兄上の手の内だったという事か。


 事の全貌を知ったハイトは、ただ一度呆れの溜め息をいた。


 納得した。今までの流れも、リーフェとヴォルトがここまで怒っている訳も。


「兄上」


 ハイトはソファーから立ち上がるとポン、とイーゼの肩に両手を置いた。小さくなったイーゼは、突然のことにビクッと大きく震える。


「顔を上げてください」


 これはさぞかし二人に絞られたんだろうなぁ、と思うハイトの前で、イーゼがソロソロと顔を上げた。


 ハイトとよく似た、だがどこか甘さが漂う顔立ち。それを彩る藍玉アクアマリンと呼ぶには青みが強い瞳には、うっすら涙が浮いている。


 これは相当怖かったんだろうなぁ、とハイトは心の中で呟く。


「失礼します」


 だがハイトが繰り出した掌底に、容赦はなかった。


 細身とはいえきちんと筋肉の付いた、そこそこに重い成人男性の体が、天井すれすれまで飛んでから床に叩き付けられる。


「さっすがハイトッ!」

「いつ見ても格好いいなぁ、おい」


 あごを下から掬い上げるようにして掌底を放ったハイトは、ふんっ、と息を吐いてから構えを解いた。そんなハイトに側近二人は惜しみない拍手を送る。


 一方ピクピクと痙攣するイーゼには、第一王子付きの従者達が慌てて駆け寄っていた。


「ハイト殿下っ! これは明らかな不敬罪ですよっ!」

「そんなもん知るか」


 リーフェの殺気の圧力から解放された従者の声は常よりも尖っていた。従者にとってはハイトよりもリーフェの方が恐ろしい存在であるらしい。


 だがハイトはそれに構わず不機嫌に言い捨てる。


「他国の姫を巻き込んでまでやる事なのですか、それは」

「なんっ……!」

「エルザに手を貸す事に、躊躇ためらいなどありません。国の利になりますしね。ですが、それに俺の大切な人を、勝手に巻き込まないで頂きたい」


 気色ばむイーゼの従者達に一瞥もくれず、ハイトは不機嫌を隠さないまま淡々と言葉を続けた。


「巻き込まれたリーフェやヴォルトやサラやキャサリンが、どれだけ危険な目に遭ったか分かっているのですか? 事前に言って頂ければ、もっと安全に事を運ぶ事も出来たはずだ」


 その剣幕に、思わずと言ったていで従者達が黙り込む。


 従者達は、知らない。いつもおおやけの場では自分の立場を考えて全てを内に抑え込むハイトが、本気で怒ったらどれだけ恐ろしいのかを。


「俺はどのような目に遭っても構いません。国のために体を張る事くらいしか、俺には出来ませんから。だがそれにリーフェやヴォルトまで巻き込むのは、ご遠慮願いたい」


 殺気はない。ハイトはただ静かに第一王子御一行を見詰めている。


 だというのに従者達は、リーフェに睨まれた時以上の圧力に押し黙った。空気の重さが変わったかのような圧に曝された従者達は、信じられない物を見るような表情を浮かべたまま顔から血の気を失っていく。


「一つ言い訳をさせてもらうけどね、ハイト」


 だがそんな空気を物ともしない人物が、一人だけいた。


「アヴァルウォフリージア姫は、こっちが利用したんじゃない。彼女の登場は予想外だった。彼女は勝手に飛び込んできたんだよ」


 従者の腕に支えられながら身を起こしたイーゼは、床に座り込んだままハイトを見上げた。その言葉に、ハイトは眉をね上げる。


「彼女がこうなったのは、兄上の責任ではない、と?」

「そういう事だ」


 ハイトは自分を落ち着かせるために、細く息をく。


 イーゼの言葉が正しければ、サラとそれにともなうカティスの行動はイーゼの想定外だったということになる。イーゼの策の中では、ハイト達がここまで危険な目に遭うことはなかったのかもしれない。


「……エルザとキャサリンは、今どこに?」

「別室で待機してもらっている。お前の従者の殺気が半端なかった上に、全てを説明するためには、彼女達がここにいては都合が悪い。向こうは向こうで、エルザがボルカヴィラ王宮に突入するための策を立てているはずだ」

「じゃあ僕達はもう必要ありませんよね? ここで一足早く、アクアエリア本国へ帰らせてもらいます」


 リーフェは勢い良く立ち上がると、ハイトの手を引きながらイーゼに背を向けた。それを見たイーゼが慌てて立ち上がる。


「何がどうなったらそんな結論に落ち着くんだっ!? まだお前達にはエルザをボルカヴィラ王宮に連れて行ってもらないと……っ!」

「貴方がやればいいでしょう? 実の兄に出会ったアクアエリア王族は、兄に全てを託して国に帰った。もうアクアエリアが正式にエルザに手を貸す建前は十分に出来たはずだ。貴方がいるのにハイトがこれ以上動き回る必要はない。後は御自分でやってください。ハイトにとっては危険な場所でも、貴方にとってはそうではないでしょう?」


 慌てるイーゼに対して、リーフェはどこまでも冷酷だった。イーゼを見上げる瞳は、ハイトが思わずゾッと身を震わせるほど冷たい。


「私は父上から、この件に関する指揮決定権を与えられている。私の決定は王の決定、私の命令は王の命令と同じだ。お前達にはまだ働いて貰わなければならない。これは命令だ」


 だがイーゼがそれに怯むことはなかった。表情が抜け落ちた顔で冷ややかに命じる姿は、次期アクアエリア王の威厳に満ちている。


 そんなイーゼの言葉を受けたリーフェは、ハイトの腕を掴んだままイーゼに向き直った。


「貴方も結局、ハイトを利用しているだけじゃないか」


 リーフェが感情を込めずに紡いだ声音に、ハイトは身を強張らせる。


「要は危ない所だけハイトにやってもらって、美味しい所だけ貰っていこうっていう腹なんだろ? 普段はハイトに甘い事ばかり言っている癖に、貴方は決してハイトの活躍を表に出そうとしない。裏方ばかり押し付けて、一番美味しくて楽な所だけ持っていく」


 これはリーフェの怒りが頂点に達した時の声だ。


「ハイトにいい顔ばかりして、結局ハイトを利用している所は他の連中と同じじゃないかっ!! ふざけるなっ!! これ以上ハイトを危険な場所に引っ張り込むなっ!!」

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