第4話 アレンの決心

 地下室を出て南に向かってからしばらく経ったある日。俺――アレンはずっと思っていたことがある。


「俺、近いうちにここを出て行こうと思ってます」


 別にメイたちのことを嫌いになったわけではない。ただお世話になりすぎて、返せる物もないため申し訳ないからだ。

 そして俺の一言に、真っ先に反応したのはメイだった。


「どうしてですか!? もしかして、今の生活に不満があるんですか? それなら――」

「不満はありません」

「だったら……!!」


 メイは反抗してくるが、メイの母親はずっと黙っている。どうして出て行こうと考えたのか、知りたいからだろう。

 そんなメイの母親の催促に気づいて、メイが黙ったタイミングで俺は話し始める。


「ずっと考えていたことなんです。俺には何も返せる物はない。だからもうこれ以上お世話になるわけにはいかない、と」

「そんな……」


 メイはまたしても反抗しようとしたが、母親が手で制止したため、黙って続きを促した。


「俺はもう15歳です。一応もう働ける年齢にはなっています。なので、王都に向かって仕事をしながら生活をしたいなと思いました」


 仕事をしながら生活をする、というのは建前だ。まぁ、とりあえずメイたちにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないため、1人で生活をしようと決めた。もう誰に何を言われようと、この決意を変えることはない。


 地下室に監禁されていた頃、地下室に置いてあったノートを見て王都の存在を知った。そのノートはじいちゃんが記した物で、魔物や魔族など、この世界について記されてあった。


 じいちゃんは勇者だ。だから何度か王都に行って、王様と話をしたのだろう。王様は寛大な心の持ち主で、すごく面白い人だと書いてあった。

 それに王都には可愛い子がたくさんいて……。


 べ、別に可愛い子目当てで王都に行こうとか、そんなことを考えているわけじゃないぞ!? 本当だからな!?


「そうかい。あんたが決めたことなら私たちが口を出すことは出来ないね」

「……」


 メイは何か言いたげだったが、その後も何も言ってくることはなかった。

 悲しい……とは思うが、すごく良くしてもらっておいて何もせずに消える。そんな俺の行動は最低極まりない。せめて恩返しくらいはしたいな……。



「恩返しって言っても、俺に出来ることなんて1つもないんだよなぁ……」


 話が終わって、用意してもらった寝室に向かい、ベッドに横たわりながらそう呟く。

 メイは俺と同い年らしいが、俺よりも遥かに大人だ。なんでも自分で出来るし、きっといい奥さんに……ゲフンゲフン!


「手伝いはいつもやってるし……いっその事全部俺がやってみるか?」


 ……いや、ダメか。

 そうすればきっと、メイは困ってしまう。俺のことを思って行動してくれて、別れを惜しんでくれるすごくいい子だ。絶対に別れる時、余計辛い思いをさせてしまう。


「ん〜……マジでどうしよ」


 その後も何1つとして妙案が思いつくことはなく、深い眠りについたのだった。



 俺がこの後どうするかを打ち明けた、次の日の早朝。

 メイと一緒に川に水を取りに行こうと思って外に出ると、いつも通りたくさんの女子に囲まれた。


 ……俺、『迷惑だから、これ以上話しかけないで欲しい』って言ったはずなんだけどなぁ。


「アレン君、近いうちに出て行くって本当!?」

「……え?」


 なぜそのことを知っているのだろうか。

 俺が出ていくことを決めたのはかなり前だが、昨日の夜にメイたちに打ち明けたばかりだ。メイたち以外には言ってなかったはずなのに……。


「……メイ、まさかその情報流したのって――」

「はい。そのまさかです」


 隣に立っているメイに確認を取ろうとすると、俺が喋り終わる前にメイは淡々と自白した。


「どうして……」


 俺はこの人里から出て行く時、メイたち以外の誰にも知られないようにしようと決めていた。昨日話し終わった時に口止めしてなかったことに気づき、ちゃんと口止めしておいたはずだ。

 それなのに、どうして……。


「皆に言われてたんです。アレン君がしようと思っていることとか、分かったら随時教えて欲しい、って」

「でも――」

「早く川に行きましょう。お母さんが起きてしまいます」

「……はい」


 今日のメイ、なんか様子がおかしくないか?

 俺の言葉を遮るように話してるし、心做しか口が震えている気がする。それにいつもなら俺が他の女子に囲まれると、皆がいなくなるまで遠くで待ってるのに。今日は違った。


 俺がこの人里から出て行くと知ったからか?

 それとも……。



「あの……1つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


 俺たち以外に誰もいない川に着き、黙っているメイに話しかける。


「なんですか?」

「どうして昨日口止めしたのに、皆に教えたんですか?」

「言ったじゃないですか。皆にアレン君のことを随時教えて欲しいと頼まれた、って」


 確かにメイは言っていた。

 でも、本当にそうなのだろうか。


「はい」

「それが答えですよ」


 イラつき気味にトゲトゲした口調で答えるメイ。

 そして俺から逃げるように、水を汲もうと川に近づいていく。


「……じゃあなんで、そんな顔をしてるんですか?」


 メイは俺に背を向けているため、今はどんな顔をしているのか分からない。だがメイが川に近づいていく時、一瞬だけど今にでも泣き出しそうな顔をしているのが見えたのだ。


「…………別に、私は何も……」

「大丈夫です。とりあえず落ち着いてください」


 川の水面を見つめながら身体を震わせるメイを前から抱きしめる。

 何があったのかは分からないが、かなり深刻そうなため、メイが話してくれるまでずっとこの状況でいようと思った。


 しばらく経つと、落ち着きを取り戻したのか、ようやくメイの口が開く。


「……ありがとうございます。落ち着きました」

「よかったです」

「えっと、その……本当にごめんなさい! 許してくれなくても結構です。私はすごく酷いことをしてしまったので……」

「許します」

「……え?」


 予想外の言葉だったのか、下の方を見ていたメイは視線を上げて驚きを見せた。


「許すので、どうしてバラしたのか本当のことを教えてください」

「…………分かりました」


 しばらく考える動作を見せてからそう言って、スっと息を吸ったメイ。

 そして周りに誰もいないことを確認してから放った言葉は。


「……実は私、皆から脅されてたんです」

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