第2話 天使、優しすぎる

「あの……大丈夫ですか?」

「あはは……この程度なら平気ですよ。ちょっと転んでしまっただけなので」


 美少女が心配してくれるのは素直に嬉しいが、応急処置をすれば大丈夫だろう。まぁでも、応急処置できなくて困ってるんだけどね!


 そんなことを考えながら話していると、目の前の美少女はなぜか俺を見て「え? え?」と言いながら両手で顔を覆っている。

 うん、なんで?


「えっと、水道ってどこにあるか分かりますか?」

「…………ざ、残念ながらここには水道はない、です。少し離れた場所に、川ならあります、けど」


 さっきから目の前の美少女の様子がおかしい。最初に俺に話しかけてきた時は普通に喋ってたのに、今はおどおどしている。

 うん、なんで?


 まぁそんな事はさておき、今の状態で離れた場所まで歩けるわけがない。どうしようかなぁ……応急処置が何も出来ないせいで血が止まらないじゃん。


「さすがに厳しいな」

「あ、あの……! もしよかったらうちに来ませんか? 私の家はすぐ近くですし、家になら川から取ってきたお水もあるので」

「い、いいんですか!?」

「もちろん、です」


 やば! 美少女な上に優しいって何!?

 天使か!? 天使なのか!?


「……じゃあ、よろしくお願いします」


 突如現れた天使(敢えてそう呼ばせてもらう)のもとへ向かおう。そう思い、痛みを感じないようにゆっくりと立ち上がって歩き出すが、やはり動きづらい。

 でも天使のためならば、どこにだって、行ける!


「だ、大丈夫ですか!? 肩貸しますよ?」

「さすがにそれは申し訳ないですよ」

「でも! 早く治療しないとなので!」

「お……おぁ!?」


 天使は無理矢理にでも肩を組んできた。別に嫌だというわけではないが、いくらなんでも恥ずかしすぎる。そして石けんのいい香りが鼻孔をくすぐる。


 それに……お胸が当たりそうなんです。たゆんたゆんと揺れる豊満な胸ではない。けど、あと少し、あと少しのところで当たらない。

 べ、別にわざと当てに行こうとか思ってるわけじゃないよ!? 当たらないかな……って思ってるだけだから!


「ここが、私の家です」

「お邪魔します……」

「ど、どうぞ」


 未だにおどおどしている天使。顔がりんごのように真っ赤だけど、熱でもあるのだろうか。


「そ、それじゃあお水取ってくるので、適当に座って待っていてください」

「ありがとうございます」


 天使は家の奥へと向かい、しばらく時間が経つと戻ってきた。水が入ったバケツと清潔な真っ白いタオルを2枚持っている。

 そして俺の近くに座ると、タオルを水で濡らして何から何までやってくれた。最初は遠慮して自分でやると言ったのだが、聞く耳を持ってくれなかったのだ。


「本当にありがとうございます。お陰で助かりました」

「いえいえ。私は人として当然のことをしただけです」


 天使はそう言ってニッコリと笑った。

 くそう……! 可愛すぎる……!!


 天使の笑顔に心を奪われていると、奥の方から声が聞こえてくる。


「メイ〜? 朝ご飯は〜?」

「お、お母さん!? ちょっと待ってて! 今から支度するから!」

「ん〜……」

「あ、あの……よかったら朝ご飯、一緒にどうですか?」


 朝ご飯。いつもは1人で虚しく食べていたが、さすがにそこまでお世話になるわけにはいかない。

 でも、メイと呼ばれた天使はどうやら家事も出来るようだ。なんだよ。天使すぎて眩しいぞ。


「そこまでしてもらうわけには……」

「いいんです! 料理は得意なので!」

「えぇ……」


 会話になっていない。

 だが、せっかくの厚意だ。断ったら逆に失礼か。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「はい!」


 俺の返答を聞いたメイはやけにニヤニヤしていた。そんなに自分が作った料理を食べて欲しかったのだろうか。

 あぁ……やばい。可愛すぎて死にそう。


 メイが料理を作り始めてからしばらく時間が経った。

 怪我をした場所にタオルを巻いたお陰で血も止まり、よかったと安堵のため息をつく。するとちょうど料理が終わったのか、メイが戻ってきた。


「朝ご飯ができたので、どうぞこちらへ」

「あ、はい! すいません。何からな――」

「ほほぅ? そいつがメイの言ってた彼氏か。随分とイケメンじゃないか」

「「彼氏……!?」」


 奥で座っていたメイの母親は、俺とメイを見てニヤリと笑った。

 それにしても、俺が天使メイの彼氏だと!?

 メイは母親にそう説明したのか!?


「ち、違うってば! 困ってたから助けただけだって!!」


 メイは頑なに否定する。

 だよね……知ってたよ。…………ぐすん。


「なーんだ……つまんないなぁ。ま、遠慮せずくつろいでいきな」

「はい、ありがとうございます」


 メイの母親もすごく優しいな。

 父さんはこの人里には優しい人がたくさんいると言っていた。ということは……もしかしてメイみたいな天使がもっといる、ってか!?


 なんだここ! 天国か? 天国なのか!?

 俺もこの人里に家を作って住んでいいですか!?


 我ながら無茶なことを考えながら、朝ご飯が置かれてあるところに向かう。そして3人でテーブルを囲み、メイが作ってくれた料理を食べ始める。

 すると、メイは心配そうな顔で聞いてきた。


「……どうですか? お口に合いますか?」

「はい! とても美味しいです!」


 言わずもがな。美少女が作ってくれただけで至高。不味いわけがない。


「本当ですか! よかったぁ……」


 メイはホッとしたのか胸を撫で下ろした。

 メイの母親はそんな彼女を見てから、俺に視線を移して口を開く。


「ところで、あんた名前は?」

「えっと……俺の名前は……です」


 俺がわざと今まで名乗らなかった理由。それは名乗っていいのか分からなかったからだ。悩みに悩んだ末、やはり名乗らない方がいいと考えた。


 でも、もし聞かれたら偽名を使うことに決めていた。アランからアレン。少し変えただけだが、バレることはないだろう。


「アレンか……あんたモテるだろう?」

「俺が!? モテるわけないじゃないですか」


 だって、ずっと地下室で監禁されてたし。

 女子と喋ったのだって、今日が初めてだし。


「そうかい? 顔だけ見ればすごくモテそうなんだけどね」


 俺が……モテそうな顔をしている? そんな馬鹿な。


「メイもそう思わないかい?」

「…………私も、かっこいいと思い、ます」

「本当ですか!?」


 メイは顔を真っ赤にしている。

 やっばい。マジで可愛いんですけど。


「どこかに行く当てもないんだろう? それなら家に泊まっていきな」

「え……いいんですか?」

「もちろん。その方がメイも喜ぶだろうしね」


 そんなメイの母親の言葉を聞いたメイは、さっきよりも顔を真っ赤にした。

 というわけで、俺はしばらくの間この家でお世話になろうと決めたのだった。

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