第05話 裁判官の罪ー冤罪

 和歌山毒物入りカレー事件の裏側に潜む事件がある。

 1995年7月22日夕方。大阪市東住吉区の赤城実子さん住宅で火災が発生し、一軒家が全焼する。当時、小学6年生の長女・いずみさんが浴室から逃げ遅れ、犠牲になった。事件は、保険金殺人へと様相を変え、母親・実子さんと内縁の夫が逮捕された。週刊詩は、入浴中なら逃げだしにくいだろう、と実の娘を保険金1500万円を得ようと殺害したと報じた。

 警察は火災の原因を掴めず、事件に至るストーリーを考え、立証しようとした。和歌山毒物入りカレー事件に酷似した展開だ。

 実子さんは警察の強引な取り調べに耐えられず自白に追い込まれる。裁判で本当の事を言えばいい、そう考え見実を訴えたが、1999年に大阪地方裁判所で無期懲役を言い渡される。実子さんは不服申し立てを行うが2004年大阪高等裁判所では控訴棄却。2006年最高裁判所で上告棄却・無期懲役が確定する。しかし、2012年、自白は不自然とし、有罪認定に合理的疑いが生じたとして大坂地方裁判所が再審開始を決定する。2016年8月10日に裁判所から再審裁判で無罪判決を受ける。事件発生から21年が経過していた。

 赤城さんには、忘れられない人物がいた。大阪高等裁判所第4刑事部の黒井和久裁判長裁判官だ。彼は、大坂高等裁判所で控訴審を担当していた。彼は、この事件が終わればカレー事件の担当になると言う噂があった。

 検察はシナリオ通りに書かせた自白調書を元に内縁の夫と共謀し、保険金目当てにガソリンを撒き、放火したと主張した。

 公判当初、黒井和久裁判長の物腰は柔らかく、赤城さんはこの人なら分かってくれると期待感を抱いていた。調書では、約7ℓのガソリンを撒き、ターボライターで火を着けたとされていたが、その通り行えば、気化したガソリンに引火し爆発と共に大炎上し、着火した者も大やけどを負うのは明らかだった。一審に3年8ヶ月、高裁は裁判に入るまで5年半位掛かっていた。しかし、黒井和久裁判長の出した結論は、検察の主張を全面的に認め、再現実験の許可することなく、判決を下した。赤城さんは裁判長の発する一文字の言葉に全集中していた。控訴棄却なら「こ」、原審破棄改めて被告人無罪なら「げ」。発せられた一文字目は「こ」だった。

 赤城さんは、「冗談じゃない」と怒りをぶつけるも、黒井和久裁判長に「被告人は退廷されますか」と冷静に言われ、「もちろん退廷します」と法廷を去った。弁護団は黒井和久裁判長が許可しなかった再現実験を忠実に行った。7ℓのガソリンを撒くと瞬く間に建物は猛火に包まれた。ターボライターで着火する矛盾が明らかになった。出火原因は、車庫に止めていた車からガソリンが漏れ、自然発火したものだった。2016年、この再現実験が新証拠となり、赤城さんの無罪が確定した。

 赤城さんはある人物から黒井和久裁判長は、検察の言い分を全面的に信じ、被告人の主張は虚偽か自己弁護にしか思わず、聞く耳を持たない一番酷い裁判長だと忠告を受けていた。その忠告者は、嘗て理不尽な判決を受け、逆転判決を勝ち取った本人からだった。

 赤城さんの場合、娘を殺害した動機について、災害死亡保険金が1500万円と父親名義の家屋本体1000万円、家財300万円という火災保険が別途掛けられていたものを狙ったものとされた。当時、赤城さんと内縁の夫の収入を合わせれば、月収40~60万円あったとされる。そのふたりが合計2800万円を得る為、自宅に放火し、娘だけを犠牲にするとは考えにくいが、黒井和久裁判長は特に不自然ではないとしている。

赤城さんの家は住宅地であり、近隣への延焼を考えても不自然に思われるのにだ。

 再現実験に関しても黒井和久裁判長は頑な理由も述べず、受け入れないでいた。彼が参照にしていた報告書は、ガソリン2ℓでの実験結果や0.95ℓを床に撒いた海外のテレビ番組の検証だった。科学的観点からも納得のいくものではなかった。黒井和久裁判長は警察は信用できるという理由だけで判決を他にも下していた。

 赤城さんの担当の次はカレー事件の予定。黒井和久裁判長は赤城さんの裁判を結審させた後、大阪高裁でカレー事件の控訴審を担当している。黒井和久裁判長は、残忍で冷酷な犯行として益美の控訴を棄却している。森益美は黙秘から一転し供述を行うも黒井和久裁判長は、被告人はこれまで誠実に語ったことがなかっとし、被告人は自分の都合の良いように事実の前後関係を意図的に操作したり、事実そのものを捏造したりした結果によるものとしか考えられない、と一掃した。犯行の動機として一審では最終的に未解明されたものを黒井和久裁判長は、ガレージ内で他の主婦から疎外され、氷の件で近隣を回されるなどしたことに対する腹立ち紛れから犯行に及んだと見るのが最も自然であるが、被告人が真実を語ろうとしない状況において、そのように断定することまでは困難である。本件全証拠を精査しても、被告人の行為を多少なりとも正当化し得る事情は伺えないとしている。

 森益美が激高したのであれば、マスゴミの取材に対する行為や元夫の進次郎が言うようにその場で殴り合うのが自然だった。憂さを晴らすなら、苦しむ相手を見るもの。その際、益美はカラオケに出かけている点も不自然だった。一審ではこの激高もまた、認めることができないとされていた。

 益美が見張りをしていた際、次女がカレーの味見をしたことについても黒井和久裁判長は一審と異なった結論を導き出していた。一審では、次女が味見をした事実は認めているが、そのような事実は存在せず、同供述は全くの虚偽であると認められるとした。黒井和久裁判長はこうしなければ、ヒ素を入れたカレーを次女が味見したことになり、ヒ素をその場で入れたという作文が成立しなくなることから拒否した。元夫の俺の体で憶を稼ぐ、そのため自分で飲んだという発言も虚偽だと退けた。さらに被告人は、そうした犯罪を重ねる中で、人を殺傷することに対する抵抗感や罪悪感をなくしていったものと推察されると言い放った。

 黒井和久裁判長の検察寄りの強引な判決は、問題視されるものだが定年後退官し、この世を去っている。闇の創造者は、召されて真相も闇に葬った。

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