第36話

 潜入班は下車し、上に目をやる。錆びた梯子が、マンホールに続いている。通常より一回り大きいマンホールに、グランは見覚えがあった。プラムの稲妻で倒れたときに見た代物だ。

「このマンホールを抜ければ、武器庫の前に出る。俺達がプラム達と戦った場所だ」

「ここに来て、武器庫の前か。城の門に遠く、警護の兵が三十はいる。斥候の俺が」

「黙れ。俺が水晶で見てやる」

 グランとバウアーの説明に割って入ったヘラーが、物見の水晶を掲げる。

 想定内だが、ロペスは兵士で溢れていた。十万はいる。さらに戦車が走り、ヘリが空で睨みをきかす。武器庫周辺にはバウアーの読み通り、約三十名が警護に当たっている。

「俺とイーグルで援護し、バウアーがまず切り込む。他の者は後に続け」

 グランの戦術に、皆が首を縦に振る。

「これで武器庫周りは何とかなる。問題は……」

 一階に指揮本部があるミルン城は、常に増して厳戒態勢だ。警護兵が三百はいる。

「外に三百人いるが、高官警護の第一部隊は誰もいない。つまり奴等二百名は、城の中だ」

「そして城内には、血吸いの女王と思しき奴がいる。こいつが本物なら、通常兵が一万は配置されていると思え」

 グランとバウアーは協議するが、打開策を見い出せない。

「ふん、何のために俺が来たと思っているんだ? お前達は必ず、城に入れてやる」

 そう言うヘラーの目に、グランは覚悟を見た。ここにいる全員の覚悟を、確認した。

「よし。みんな、行くぞ。最後の戦いだ」


「これだけ兵士がいて、誰が攻めて来るんだか……ん?」

 退屈した警護兵の鼻腔に、熟した木樽のような香り。そのウッディは開戦を告げる死の香り。

「暇潰しの相手になってやる」

 いつの間にか背後に立っていたバウアーが、警護兵の喉を 短剣ダガーで斬り裂く。驚き困惑する警護兵達を尻目に、バウアーは素早く機関銃を構える。

 バアウンッバアウンッ! グランが左脚を軸に回転しながら、周囲の敵兵を次々に狙撃する。その隙に、他のメンバー達が地上に出る。

「ヘラー、任せたぞ!」

「さっさと行け」

 グラン達に背を向けるヘラー。潜入班は弾幕を張りながら、ミルン城へ接近する。

 グランは狙撃を続けながら、地上に出る寸前、ヘラーから聞いた言葉を思い出す。

「最終決戦の地は、グラースになるだろう。だがお前達には、早過ぎる。グラン、ケイト。世界を見てこい。己を磨き、信頼できる仲間を探せ。何より、信じる勇気を持て。信じることは、怖い。だからこそ、何かを信じられる者は本当の強さを手に入れられる。世界を変えられる程の強さを、だ。そして、勇者としての使命を果たせ」

 その強さが何なのか。何を信じるのか。きっとそれは、この戦いの先にある。そう信じて、グランとケイトは走る。戦う。


 ヘラーは両の掌を見た。魔法石が九つ。

「九つとは中途半端だな。グランとケイトに魔法石をやり過ぎたか。まあ、構わんか」

 他の地上班が弾幕を張る中、ヘラーは無防備だ。押し寄せる兵士達に忽ち囲まれ、銃撃される。ヘラーの右肩、左上腕、腹部、左脚大腿に銃弾が直撃し、肉を抉る。

「死に急ぐこともあるまいに。良かろう、魔術の神秘を見せてやる」

 ヘラーは銃創の激痛や流血など無いかの如く、両腕を高く掲げる。

「極東の島国よ、我が故郷よ、二度目の最大破壊魔法だ」

 突然わいた雷雲で、空が覆われる。不穏な闇が地上に落ちる。武器庫近辺にいる兵士達は、生温かい風が渦を巻くの感じた。次の瞬間、一本の太い竜巻が発生した。竜巻は警護兵や装甲車を飲み込み、天高く舞い上げる。さらに新しい竜巻が生まれ――次々と生まれた竜巻が、ミルン城を中心に猛威を振るう。

最大破壊魔法・龍嵐《トルネーディオン》。

ヘラーが全力で発動していたら、ロペスはおろか、近郊の都市も壊滅する。それでは無辜の民の命を奪ってしまうため、ヘラーは最後の六将でも困難な最大破壊魔法の調整を行った。結果、ミルン城周囲にいた兵士達と戦車や装甲車が、錐揉みしながら天高く舞い上がる。グラン達はケイトが張った防衛魔法の内側にいた。だがケイトでさえ、魔法石五つを消費しないと防げない程の破壊力だ。

「さて、若造ども。道は作ってやったぞ」

 龍嵐で破壊したミルン城の正門に、グラン達が突入するのを確認して。

「さて。後は中央でボンヤリしている戦車どもを潰したら、俺はお役目ご免だな」

 ゴボリと吐血しながら、ヘラーはロペス中心部へと転移した。突然現れたヘラーに、兵士達はしかし、銃を向ける余裕さえない。無理もない話だ。破壊を最小限に抑えたとはいえ、目の前で最大破壊魔法を見せつけられたのだから。戦車群も、止まってしまっている。

「クラウディオ、聞こえるか?」

 四大賢者として共に戦い、唯一、命を落とした仲間へ思いを馳せる。

「待たせたな。今、そっちへ行く。魔法石は……四つか。一つ足りないが、命で埋め合わせる」

 魔法石五つが必要なのは、最大破壊魔法ばかりではない。自爆魔法もまた、同数を要する。

 ヘラーは魔法を発動させるため、両腕を天高く掲げる。龍嵐の雲は、すでに無くなっていた。

「いい青空だ。ミルンの空は、こんなに奇麗だったのか。いい土産ができた」

 ミルンの中心部が、爆ぜた。


 自爆魔法の衝撃で、ミルン城が揺れた。侵入したグラン達が、立っていられない程だ。

「ヘラー……あんたは晩節を、決して穢さなかった。見事な最期だ」

 グランは立ち上がりながら、旅立った四大賢者に哀悼の意を捧げる。けれど死者への祈りは、後に回すしかない。指揮本部だった一階は龍嵐により、廃墟のようだ。けれど、一階に駆け降りる兵士達の軍靴の音が複数聞こえる。第一部隊二百名が、殺到してくる。いずれ外からも、生き残った兵士達が大挙して押し寄せるだろう。残された時間は少ない。

「全員でバリケードを張れ。初手はここ一階での迎撃だ。隙を見て俺は、オヤッサンの指示通り、地下牢獄へ行って魔女を解放する。ケイト、感知で魔女の牢獄を見つけてくれ。そしてケイトとセリーンも隙ができたら、上へ登れ。ただし俺が行くまで、将軍と――血吸いの女王とは戦うな」

 グランの指示を聞いた潜入班の全員が、バリケードを作る。

「階段は四つある。バリケードは、階段に向けて張るんだ」

皆がグランの指示に従うのは、狙撃手として有能だからではない。ここにいる全員が、セゾンの言葉を聞いていたからだ。

『グラン、俺に何かあれば、お前が指揮を執れ』

希代の名将は、この事態を予期していたのか。本人が存命でない以上、確認する術は無い。

 唐突に、明かりが消える。第一部隊が、証明を落としたらしい。

「暗闇で俺達と戦うとは、いい度胸だ。奴等は何も学んでいない。立場上、同僚の身としては恥ずかしい限りだがな」

 バリケードを築き終えたバウアーが、スキットルでウィスキーを流し込む。

「敵が来たぞ! 総員、戦闘準備!」

 グランはスコープを覗く。

 四つの階段から、第一部隊が現れる。一階は龍嵐で監視カメラも破壊されており、赤外線スコープを装備した敵兵は、慎重に階段を降りざるを得ない。慎重さは早さを奪う――グランに狙撃する余地が生まれる。先程と同じく左脚を軸にして腰を落とし、正面の兵士を狙撃する。そして時計回りに回転しながら、残りの階段から現れた三人も射殺する。政府高官警護に抜擢された兵士だけに、戦闘力だけでなく、生存力、何より執念が秀でている。負傷だけでは、彼等を無力化できない。同僚であっても、その命を絶たねば。彼等もグラン達の命を狩りに来る。

「次の手は……やはり手榴弾だ! 総員 伏せろ!」

 同じミルン国軍として、グランは第一部隊の戦術を見通せる。斥候が倒れたら、戦場を面で破壊するしかない。その為に最も有効なのが爆破だ。一階天井と階段の隙間から、何本も腕が伸びる。その手には例外なく手榴弾。手首のスナップだけで、的確に投擲してくる。方々で手榴弾が炸裂する。バリケードが無ければ、グラン達は無力化されていた。

「第二波が来る! 総員戦え!」

 グランが叫び終えるのと同時に、天井で爆発音が五つ。指方向性爆弾で天井に穴が開き、ロープが垂らされる。敵が四つの階段から現れ、五つのロープを降下してくる。軽機関銃を撃ちながら降下してくる敵二人と階段の一人を、グランが狙撃する。バウアーはロープ二人を射殺し、階段に擲弾を放つ。同じくカフカも階段に擲弾を、セリーン達は直近に迫るロープ組を主に、引き金を引く。点と点の攻防が続くが、このままではグラン達は負ける。銃弾が足りないからだ。

「俺とイーグルで狙撃! カフカは擲弾! 残りは手榴弾を投擲しろ!」

 被弾覚悟でグラン達三人が立ち上がり、撃つ。直後、セリーン達が手榴弾を投擲する。

「グラン、地下牢獄の位置が分かった……あと、城内の配置も……」

「ケイト了解した! 第一部隊を殲滅したら向かう!」

 銃声と爆音の中、ケイトの声は掠れていたが、グランの耳に届く。


 ロープで降下した兵士は、困惑した。自分以外の兵士が、階段組の一人しかいない。

「戦争は数で決まる。戦闘は質で決まる」

 ロープ兵が後方の声を聞いた瞬間、喉の頸動脈を斬られる。バウアーが立っていた。

 バウアーに機関銃の照準を定めた階段の兵士が、頭部に被弾する。グランが立っていた。

 龍嵐で廃墟と化したミルン城一階の地は、銃弾と血で埋まっている。さらに百の死体が並び、築いたバリケードは爆発で吹き飛んでいた。

 先程までの銃声と爆音が嘘のように、静まり返っていた。その静寂の空間でグランは膝をつき、イーグルを抱えている。彼の息は荒く、咳込むと血を吐き出す。胸部に一発、腹部に二発被弾していた。慌てて治癒魔法を施そうとするケイトを、グランが手で制す。

もう、手遅れだ。何より、ケイトの魔力は今から必要になる。待ち構えているのは、吸血鬼の女王なのだから。情で魔力を消費させる余裕は無い。戦場で戦うのなら、時に感情を殺す必要がある。

「ぐ、ぐぐ、グラン、おお、お、俺……あ、あ、あんたみたいな……狙撃手になりたかった」

 最後の一言だけは、ハッキリと力強く。十三とマギヌンを繋げた狙撃手の目から、光が消える。

 グランは黙って、彼の瞼を閉じてやる。丁寧に遺体を横たえる。

「ケイト、報告しろ」

「……イ、イーグル……死んじゃった……」

「ケイト! 報告しろ!」

 グランのきつい口調に、ケイトはビクッと震えた。

「ケイト。マギヌンの兵士達はレジオを失っても、戦い続けている。俺達は目の前でオヤッサン……指揮官の殉職を見届けて、戦場に立っている。誰もが戦争で大切な人を失った。それでも、前を向く。人の死を犬死にするか尊厳あるものにするか。それは生き残った人間達の行動次第だ」

「(大切な人を失って……戦い続けて……その死を尊厳あるものに……。それは……すごく……すごく大事なこと。でも私はグラン、あなたを失いたくない……)」

ケイトは俯いたままだったが、感知魔法の報告を始める。

「地下からは確かに……複数の闇魔法の痕跡を感じた……ただ、魔力の濃淡がハッキリしなくて……人数は分からない。百人いるかもしれないし、誰もいないかもしれない」

 口を開きかけたグランだったが、ケイトがまだ言葉を続ける。

「城の上……一番上に……膨大な魔力の塊がある……でもそれは、とても邪悪……」

 城の外が騒がしくなってきた。城外の兵士達が陣形を整え、攻め込んでくる。

「外から馬鹿の大軍が来る。俺は外で戦う」

 弾切れになった機関銃を捨て、スキットルを傾けながらバウアー。

「酔っ払い一人に任せられるもんか。私も外で戦う」

 カフカがウィスキーを飲むバウアーを睨みながら、擲弾発射機を構える。

「ふん、馬鹿な女だ。万の敵が攻めてくる。生きて戻れるわけがない」

「あんたこそ、馬鹿の極みだよ。国軍なのに、首都でドンパチやりやがって」

 二人は睨み合いながら、正門へ向かう。

「カフカ、これを持っていけ。狙撃銃ライフルが必要になってくる」

 グランがカフカに、イーグルの狙撃銃を手渡す。

「ありがと。イーグルと一緒か。いい冥土の土産ができたってもんさ」

 そう言って、カフカは駆け出した。もう、彼女は振り返らなかった。

「バウアー。この戦いが終わったら、旨いウィスキーを飲ませてくれ」

「お前に上等なウィスキーは勿体ない。酒を飲む暇があるのなら、血吸いの女王を殺してこい」

 最後まで、バウアーは憎まれ口を叩いて。グランとバウアーが軽く拳を合わせる。そしてカフカの後を追うように、バウアーも駆け出した。グランも背を向ける。

「グラン、あの二人は……」

「ケイト、俺達と同じだ。戦うために動いた」

 俯くケイトに、それでもグランは優しい視線を向ける。次の瞬間には、兵士の眼差しに変わっていたが。

「グラン。外は長くもたない。二手に分かれるべき……かなーって思っちゃったりぃ」

 セリーンの歯切れが悪い。彼女も分かっている。この戦いが、自分達の命が終わりに向かっているのを。

「よし、二手に分かれよう。俺はさっき言ったとおり、地下牢獄に行く。俺と一緒に行く……」

「私が……」

「はーい! グラン先生についていきまっす!」

 ケイトを遮って、セリーンが立候補する。その本当の理由が分からないグランは、困惑した。

「だけどセリーン、地下牢獄の場所は分かるのか?」

「さっきケイトに教えてもらったしー。それに第一部隊のご遺体からデータを拝借して、この城の隠し通路とか地下通路の地図はパソコンに入ってまーす」

「そうか……。分かった。俺とセリーンが地下へ降りる。ケイトとソーニャは上へ。将軍を倒すための道を作っておいてくれ。いいか、第一部隊はまだ百名残っている。ケイト達は、そいつ等を倒すだけでいい……何か質問はあるか?」

 この期に及んで、質問などあるわけがない。それでもグランは聞いたのは――残った仲間のうち何名かとは、きっとこれが最期になる。声を聞いておきたかったのかもしれない。

「よし、行くぞ」

 グランが狙撃銃を捨てる。セリーンも機関銃を捨てる。

「どうして……二人とも……銃を捨てるの?」

「俺達は、弾切れだ」

 グランが苦笑する。

「そんな……それでもし、地下に兵士や魔女がいたら……」

「俺達には、十三の真髄がある」

 グランがピアスに触れる。

「よし、今度こそ行くぞ」

 四人は二手に分かれた。


 セリーンに案内されながら、グランは地下へと下っていく。深さにして、地下三階程に到達した。ここに、地下牢獄がある。ただしグランは、邪魔者の存在にも気付いた。

「第一部隊は、上下に分かれたらしい。今から、奴等五十人を相手にする。覚悟はいいか?」

「分かってるって! まっかせなさーい」

 そう言うセリーンの手が震えているのを、グランは見逃さない。グランは彼女の手を握る。

「セリーン。心配するな。お前は一人じゃない」

「全く……最後まで鈍感なんだから」

 セリーンは、泣き笑いの表情の表情を浮かべていた。その表情の意味が、グランには分からなかった。けれど、もう。おそらくこれが、二人で戦う最後の場。

 グランとセリーンが向き合う。二人がピアスに触れる。

「「ピアス解放エアーズロックダウン」」

 グランは片刃剣・ヤヨイを。セリーンは両刃の二刀流を構えて進む。角を曲がると、五十人の敵兵。

「待たせたな」

 グランの一言で、戦いの火ぶたは切って落とされた。

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