第37話
「俺は紳士だ。レディファーストは守る。先に死んでいいぞ」
二刀流を構えたバウアーの体は、銃創だらけだった。血塗れだが、どの血が自分のものか返り血なのか、もはや判別できない。それは、カフカも同じだった。
二人の前には、三百の死体が転がっている。斬り裂かれ。撃たれ。爆発で四散し。壮絶な二人の剣劇と銃撃の前に、万の兵は圧倒され、遠巻きに眺めている。
「ふん。昔から、女の方が長寿と決まってんだ」
毒づいたカフカは、バウアーのタクティカルベストからスキットルを抜き、口をつける。
「ふうん、この世にこんな旨い酒があったとはね」
「気付くのが遅い」
それは、ほんの一瞬だった。本当に、一瞬。けれど確かに、バウアーとカフカの手が触れた。
そして二人は敵兵の山に突っ込み、やがて、その姿は見えなくなった。
「ウォォォォォォォッ!」
グランは咆哮を上げながら、片刃剣で敵兵を斬る斬る斬る。黒刀は完全防御の役割を果たすが、魔力の消耗が激し過ぎる。複数相手に向く刀ではない。ヘラーから譲り受けた魔法石は、使い切った。よってグランは機関銃で武装した相手に、剣一本で戦っていた。それでもグランが致命傷となる銃撃を浴びないのは、片刃剣・ヤヨイで空間を斬り、敵との距離を詰めているからだ。一刀ですら、その秘剣はグランの魔力を大幅に削る。だが、グランは止まらない。
最上階まであと一階。そのフロアで、第一部隊五十名が待ち受けていた。
ソーニャは窓からチラリと、外を見る。空を見上げる。眼下には醜い世界が広がっていたが、空はどこまで澄んでいて。この世界は間違いなく、人間が住む世界だと確認できて。
「最高の死に日和だ。ケイト、あんたは下がってな」
機関銃を構えるソーニャの背中を見て、ケイトは自分が恥ずかしくなった。自分だって、狙撃銃を背負っている。
でも誰も、期待してくれない。当然だ。だって自分は一度でも、自らの意志で、覚悟を決めて戦っただろうか?
「ソーニャ……あなたを、一人で死なせないから……」
俯いたままでも。急に全てを変えられなくても。今、自分にできる最善のことを。
狙撃を始めたケイトを笑顔で見て、ソーニャも敵に銃弾を浴びせる。
最後の一人を斬り終えると、グランは剣を鞘に納めて膝に手をついた。息遣いが荒い。
セリーンはと見ると、自分と同じく負傷していたが、致命傷は負っていない。
「グラン……私、あなたを」
パンッ。
セリーンの胸部を、凶弾が貫いた。
「セリーン!」
グランは叫びながら、銃声がした方向へと目を向ける。立っていたのは、第二部隊の生き残り九名だった。ロペスがプラムの急襲にあったとき、生き残った兵士達。
だが彼等は、様子がおかしい。目に殺気が無いどころか、泣いている。
「こ……殺してくれ……」「うう……」「俺達の意志じゃ……なく」
高位の闇魔法になると、条件さえ満たせば人間でさえ、使い魔にできる。そんな魔術が使えるのは、ミルンに一人しかいない。
「将軍、エレン・リットン。血吸いの女王。もう何でもいい。貴様だけは、決して許さない」
グランが目で追えない足捌きで九人との距離を詰め、一人を居合で斬る。返す刀で、もう一人。片刃剣を横に払い、上段から振り下ろし、下段から斬り払い、突き刺し。
全員が斬られる度に、穏やかな表情を見せた。
最後の一人を斬ると「これでパーン隊長と仲間の元へ行ける」と笑顔で倒れた。
グランは剣を鞘に納めながら、セリーンに駆け寄る。胸部の銃創を見ると――。
「グラン、私、死ぬんでしょ?」
グランは膝をつき、セリーンの体を抱えた。何の処置もできないが、寄り添うことはできる。
体温は伝わる。一人じゃないと、伝えられる。
「セリーン……お前がいてくれて、本当に良かった」
「グランって本当に鈍感で……馬鹿野郎だよね」
なぜそう言われるのか、分からない。けれどグランは、微笑んでみせた。セリーンが微笑んでいるから。
「これ、私からグランへ……ああ、グラン……」
ミルン国陸軍第十三部隊にその名を刻むであろう優秀な技術兵は、旅立った。
グランは静かに、彼女の体を横たえた。
セリーンがグランに託したものは、二つあった。一つは、ミルン城の配置図が表示されたパソコン。それを見ると、武器庫のマンホール以外にも、あの地下道へ行くルートが複数表示されていた。そのルートを全て覚えてパソコンを閉じ、セリーンの横に並べて置く。
もう一つは、セリーンの遺書だった。
だが、今は読めない。やるべきことがある。グランは立ち上がり、地下牢獄へと歩き出した。
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