第35話
「ウォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォッ!」
咆哮を上げながら敵兵に向かったのは、グランだけではなかった。十三の隊員達全員が叫びながら、敵を撃つ撃つ撃つ。四人の精鋭に、数千の兵が押された。だがそれは、ほんのわずかな時間だけだった。数に勝る歩兵は撃ち返し、ヘリの重機関砲が四人に照準を定める。
戦術が瓦解しかけ、全滅への秒読みが始まる。
その時。
突然、ヘリと三千の敵兵が消えた。代わってその空間に現れたのは、ヘラー。
「賢者なんざ、勇者になれなかった落ちこぼれだ。契約なんて、平気で破ってやる」
不敵に笑うヘラーの手から、五つの魔法石が砂となって零れ落ちる。
「俺が時間を作ってやる。残る奴も行く奴も、さっさと動け」
その言葉で、隊員達は我に返った。マギヌンの兵士達も、表情に覇気が戻る。
大軍の群れが、方々で割れる。突如現れた、百の塔によって。
「俺が
ヘラーは不敵な笑みを浮かべたまま、新しい魔法石を五つ握る。
「派手に爆ぜろ」
百の塔が、爆発した。
敵が恐慌を来たして混乱の渦に叩き込まれている隙に、混成部隊は次の戦いへ動き始める。
死角に隠した兵站袋から、弾倉や手榴弾、擲弾を補充する。
「イーグル、頼んだぞ」「兄さん……」
「ソーニャ、うちの悪ガキどもをよろしくね」「アンリ、任せな」
それぞれが短い言葉で、別れを済ませる。
「潜入班、行くぞ」
ヘラーに促され、グラン達は戦場を、排他領域を後にした。
地下道を、一台の装甲車と一台のジープが走る。誰もが無言だった。
ヘラーはリンほど、転移魔法の達人ではない。あらかじめ、転移点の設定などできない。物見の水晶で、自分が異空間に飛ばしたヘリと三千の兵士達の転移点を探す。
その一団を、見つけた。
それで、ヘラーは悟った。たかが極東の島国の王が貴族や官僚を服従させ、独裁者に昇りつめた原因を。海を越えてマテウスに奇襲をかけ、一時的にとはいえ、支配下に置いた遠因を。
自分が、自分を魔術師にしたリンが、独裁者に最新鋭のヘリとパイロット、洗練された兵士を贈ったのだ。その因果に、ヘラーは笑うしかなかった。
「因果、か。リンも俺も、勇者になれないわけだ。俺達は過ぎた魔力の使い方を知らず、破壊の遠因を作ってしまう。その因果を断てない者が、勇者になれるわけがない」
「何か言ったか?」
装甲車内ではす向かいに座るグランが、目を向けてくる。隣のケイトは俯いている。
勇者に成り損ねた魔術師達が作ってしまった因果。それを背負わせることに、懺悔は感じた。
そうであっても、絶望的な因果を断てるのは、この世界で一握りの者達だけ――勇者。
「グラン。俺がミルンに戻ったのは、ここが故郷という理由だけじゃない。俺達四大賢者と最後の六将には、極秘の任務がある。その任務のために、世界中に散った」
「任務? 中身は何だ?」
「今のお前が、お前達が知るには早過ぎる。だが、お前達はいずれ、その中心に」
「各車停止しろ! 来た!」
装甲車が止まり切るのも待たず、グランは慌てて降りた。脱兎の如く駆け、車両群の死角でしゃがみ込む。腹筋で一気に片をつけ、ウェットティッシュで手を吹きながら、装甲車に戻る。
「……すまん、待たせた」
「お前に未来を任せることが、今になって猛烈に不安になってきた」
そう言い、ヘラーは目を閉じた。
グランとケイトは底知れぬ未来を想像するが――二人ともすぐに、現実に目を向ける。未来に何が待っているかは分からない。分かっているのは、今から待つ戦いに勝って生き残らねば、未来に立ち向かうことすらできないことだ。
津波のように襲ってくる兵士達。全滅するのは、時間の問題だ。その時間を稼ぐため、半分に減ったマギヌンの兵士達は戦っていた。戦場で優位に立ちたければ、敵の通信兵と衛生兵を始末するのがセオリー。そして勝利を得たいのであれば、指揮官を始末するのが最善手。
アンリは死線を潜り、指揮車両を目視できる範囲まで迫っていた。当然敵も警戒しており、五十人を超す兵士が警護している。
「上等だわ」
アンリは不敵に笑うと、モーニングスターを握って敵将の首を狩るために走った。
空に、異物が現れた。
そのくすんだ色合いの輸送機は、中途半端なサイズで武装もしていない。その輸送機自体は、何ら脅威ではないが……輸送機の後部ハッチが開き、兵士が次々と飛び降りてくる。第六部隊――空挺部隊。十三に次ぐ精鋭部隊。
死神達が落下傘を開く。空に咲く白の大輪は、混成部隊を皆殺しにする猛毒を秘めていた。
指揮車両では、ロメロとアンリが向かい合っていた。ロメロの胸部にモーニングスターが食い込み、アンリの体は銃創だらけだった。二人の戦士は穏やかな表情で、立ったまま殉職した。
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