第34話

 バババババババッと機関銃が唸る。ドーンッと鈍い爆発音を伴って、手榴弾と擲弾が炸裂する。蜜に群がる蟻の大軍が如く、装甲車が迫ってくる。ダダダダダダッと装甲車上部の重機関砲が火を吹く。絶望的な数の装甲車群だが、混成部隊の戦術は変わらない。爆破で装甲車の目を殺し、機関銃の掃射で重機関銃の射手を狙い、装甲車内にいる敵兵にストレスをかける。そうやって、装甲車を最後の地雷原に引きずり込んでいく。

「進軍を止めます。戦車の残骸が邪魔ですし、明らかに我々は敵に誘導されています」

 副長の進言を聞いて、ロメロは口角を上げる。笑ったのだ。

「止めるな。前進させろ」

「しかし! また地雷原がある可能性は高いと考えます!」

「聞こえなかったか? 前進だ」

 副長は納得していないが、指揮官の命令は絶対だ。全軍に前進を命じる。

「(進むしかないのだ。俺も。この兵団も。そして、この国も。行き着く先が地獄であろうと)」

 直後、鼓膜が破れる程の轟音。大地が震える。副長の指摘通り、地雷原に引っ掛かった。

「副将軍! やられました! 地雷原にて数十台の装甲車が大破!」

 その報告を聞いても、ロメロの表情は変わらない。

「全軍、装甲車から降りて戦え。第七部隊を投入しろ」


 ヘラーから譲り受けた地雷は使い果たした。先頭の装甲車、三十台程を破壊した。それでも混成部隊は喜ぶ間もなく、装甲車から次々と降りてくる数千の兵士達と撃ち合いが始まる。

「ここら辺が潮時だろう。潜入班は後退、レジオの家まで行くぞ」

 セゾンが指示を出す。その時、第七部隊――オートバイ部隊が姿を現した。元から悪路用に設計された二輪のタイヤは、排他領域の地を疾駆する。オートバイ部隊は片手に軽機関銃、あるいは自動拳銃を持ち、走りながらも精密な射撃を行う。タタタタタタッ、パンッパンッパンッパンッ。

 今まで犠牲者を出さなかったことが嘘のように、マギヌンの兵士達が凶弾に倒れていく。その推進力と攻撃力を前に、潜入班はとても後退できない。

 混成部隊の悲鳴を聞きながら、セゾンだけは静寂に包まれた。

「(ガーズ。ま、俺もここまでだ)セリーン、グランを見つけてレジオ宅まで後退しろ」

『後退したいんですけどぉ! 百人程の単車野郎が邪魔っす!』

「ま、あいつ等は俺が何とかするから」

 そう言うと、セゾンはひしゃげて黒煙を上げている装甲車の屋根に立った。

『オヤッサン、降りて! 何考えてるの!? 狂うには早いよ!』

 アンリの悲鳴が無線から聞こえてくる。

「(狂う、か。俺は……俺達は、この国は狂ってるんだろうな。そんな狂った国で希望ってやつを作り出せるとしたら、若い連中だよな)」

 何発もの銃弾がセゾンをかすめていく。

「(相手の指揮官、ロメロのオッサンだろ。だったらまあ、何とかなるんじゃねえか)」

 セゾンは新しい煙草をくわえ、火を点けた。


そんなセゾンの姿を、ロメロは衛星画像で見ていた。

「副長。歩兵部隊には、他の敵を殺させろ。第七部隊のみ、セゾンに火力を集中だ」

「お言葉ですが……副将軍、あなたは狂っている。そんな無茶な命令」

 パンッ。次期副将軍候補の中将の額を、ロメロは表情を変えずに撃ち抜いた。

「狂っている、か。そう、全てが狂っている。元よりこの国は、狂気に犯されている」

 ロメロの命で、歩兵はセゾンの前から散る。代わって、オートバイ部隊が突っ込んでくる。

「(さすがはロメロのオッサン。性格悪いけど、ノリはいいよなあ)」

 くわえ煙草でニヤリと笑いながら、セゾンがピアスに触れる。空間から現れた斧を両手で握ると、凶弾を撃ち続ける二輪の悪魔達に斬りかかった。


「……ン! ……ラン!…… グラン! 起きろ!」

 イーグルに揺さぶられ、グランは目覚めた。下肢の衣類は、イーグルが整えてくれたようだ。

「すまん、気絶してた!」

「セゾンから撤退命令だ! 俺達潜入班は後退だ!」

 イーグルはそう言うが。

十機のヘリが空を飛び、歩兵の大軍で地面が見えない。後退――敵に背を向けられる状況ではない。戦場の詳細を把握すべく、グランはスコープを覗く。

 そして、見た。セゾンが最後のオートバイ部隊兵を斬るのを。ヘリの重機関砲から放たれた一発が、セゾンの胴体を抉るのを。

「オヤッサン!」

 頭が真っ白になったグランは、駆け出した。ヘリと数千の敵に向かって、狙撃しながら。

 セゾンは大の字で、仰向けに倒れていた。体の真ん中に穴が開いている。

「ガーズ。もうじき、いくからな。孤児で寂しく始まった人生なのに、最後は賑やか過ぎだぜ」

 セゾンは、笑った。その口から、煙草が落ちた。煙草の火は弱くなり、そして、消えた。

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