第33話
グランは狙撃を開始した。引き金を引く度に、同僚の頭が砕けていく。
「グラン、まだ俺は射程外だ!」
隣にはイーグル。
「イーグル。だったら狙撃できるポイントまで、前進しろ」
その言葉でイールグは、本物の兵士の覚悟を感じる。民兵はどこまでも民兵なのだと思い知らされる。
「いや、違うな。イーグル、悪かった。一緒に前進しよう」
万の兵士への前進。それは死への直結。それでもグランは一瞬、イーグルに笑顔を見せる。
「俺もここからでは、ヘリを狙撃できない。イーグル、行くぞ!」
そう言って立ち上がり駆け出す背中に、イーグルは希望を見た。これが、勇者。
前回の戦いと同じく、敵に制空権を握られたままでは、嬲り殺しにされるだけだ。けれど、ケイトが放てるミサイルは二十四発。無人機を全て破壊して、残り八発。グランとセゾンが練った戦術の結論は、残り八発をヘリ中隊ではなく、地上の戦車大隊に集中させることだった。地上からヘリは落とせるが、その際に隙だらけになる。そのため、戦車の砲弾を食らえば一たまりもない。そしてヘリは各個撃破するしかないが、地上を走る戦車は排他領域の悪路が原因で、密集隊形を組まざるを得ない。つまり、効率の問題だ。そしてここでも排他領域は、新参者に死神の鎌を振り下ろす。
まだ戦車大隊は我が物顔で排他領域を闊歩しているが、グランは気にしなかった。その向こうに、もはや数え切れない装甲車の山が見えたが、頭から振り払う。グランは腹ばいになると狙撃銃を構え、照準を定める。死の十字線の中央には、ヘリパイの顔。
「(お前達に恨みはないが、これが戦争だ)」
バアウンッ! バアウンッ! バアウンッ! グランは立て続けに三発撃った。
『こちらデルタ! 僚機が三機やられた! 狙撃だ! 狙撃手は見えるか!?』
『こちらイプシロン……狙撃手は一キロ先にいる』
『なっ……こちらゼータ! 各機散開しろ! 標的は狙撃手一人!』
十三機のヘリ中隊は、悪鬼の如き狙撃手を排除するため、空を駆ける。
「イーグル、敵が散開した! 俺達も散開して、ヘリを狙う!」
「了解!」
排他領域の狙撃手達も十三の傑出した狙撃手の指示で、地を蹴る。
排他領域独特のおうとつした地形を利用して移動しながら、グランは狙撃を続ける。
バアウンッ! グランが撃つ度に、操縦手を失ったヘリが墜落していく。
その時。
巨大な落雷が大地を焼くかの如き閃光と爆風。グランは咄嗟に前方で両手を組み、顔面を守る。ケイト操る無人機が、ミサイルを戦車大隊に放ったのだ。爆風に乗った岩礫が、グランの体を叩く。骨が砕け、内臓が破裂する程の衝撃。それでもグランは、ヘリを追い続ける。
「戦車が十二台残っちまった! 地上班、擲弾と手榴弾で戦車を潰すぞ!」
『『『了解。オヤッサン、大声出さなくていいから』』』
セゾン率いる地上班が、戦場に姿を現す。
「クソッ、捉え切れない!」
グランは舌打ちした。ヘリは高度を調節し、空を自在に飛ぶ。それでも自分達がヘリを殲滅しなければ、地上班はいい的になる。グランは頭を振って冷静さを取り戻すと、再び駆け出す。
擲弾と手榴弾で戦車の“目を”奪って牽制しながら、機関銃で装甲を叩く。銃弾は装甲を貫通しないが、中に乗る戦車兵を苛立たせるには充分だった。戦車が砲弾を放つ。全員が直撃は避けたが、何人かは爆風で吹き飛ばされた。そうやって命を削りながら、地上班は戦車を“ポイント”まで引き付けた。
「全員伏せろ!」
セゾンは叫ぶと同時に、遠隔起爆のスイッチを押す。排他領域の地形が変わる程、地雷原が爆発する。その地雷原に潜入していた戦車全てが、噴き出るマグマの如き爆発に埋もれていく。
「よし! 次は装甲車やるぞ! で、何でヘリはまだ生きてんだ?」
『お腹下したに決まってるでしょ!』『ウィスキーで奴の胃腸を焼いてやる』『おっまたせー! みんなのセリーン、ただ今見参!』。
腹を下したグラン以外の隊員達が集結し、次の迎撃に取りかかる。
「クソッ! 地上班がやられる!」
三機の僚機を墜落させたグランを、ヘリ中隊は血眼で探していた。
今は、ヘリの注意を自分に集中させている。だがこのまま自分を発見できず、あるいは全機を墜落させなければ、空を駆る悪魔は地上班を破壊にかかる。焦ったグランは腹が千切れるほど腹筋を絞り上げる。
「ぬぅんっ! ……はぁ、終わった。綺麗にしたら、ヘリも掃除してやる」
死角で彼なりの決戦を制し、威勢だけはいいグラン。
その眼前に突然、ヘリが一機。
「へ?」『へ?』グランとヘリパイの目が合い、互いに間抜けな声を出す。
グラン捜索で超低空飛行していたヘリパイは、標的の想定外な姿と行動がいきなり視界に入り、ミサイル発射が遅れてしまう。グランも下着を上げるどころか、立ち上がる猶予はない。
グランは慌てて狙撃銃を取り。ヘリパイは慌ててミサイル発射レバーに手を伸ばし。
バアウンッ! かろうして、グランの方が早かった。が、ヘリ墜落の爆風でグランは用を足した体勢のまま吹き飛ばされ、地に叩きつけられる。そして、気を失った。
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