第32話 第四章 潜入の標的

子らよ、違えるでない。

この世界に調和をもたらす者は一対の男女なり。


急く者は一人の男とみなすであろう。


よって告解室の座席は――。


(聖イントイント教会、始祖の言葉より)

―――――――――――――――――――――――

 立ち込める灰色の雲は、今日という決戦の日に相応しい。

晴天でも雨天でもない――決戦の行く末は、誰にも分からない。

 グラン達はヘラーから届いた地雷を仕掛け終え、次のトラップ設置に取り掛かる。

 丘の上でケイトは屈み、同じく屈んだセリーンが操るパソコンを覗く。

「あのさ。エルフってみんな、そんな結婚式でも着ないようなドレス着て戦うの?」

「これは……ハイエルフの戦闘服……神の祝福と自然の恵みが満ちてる……」

「ふーん。じゃ、あんたの母親も同じ格好をしてるわけでぇ。そんなドレス着たお姫様達に襲われたらさぁ、そりゃあ魔王もビックリして勝てないっつーの」

「普通? って言えばいいのか……ハイエルフ以外のエルフは……人間と同じ装備だよ」

 説明しながら、ケイトは自問する。では、ハーフエルフである自分の戦闘服は何なのか?

「それにしても……凄い指使い。目で追えない……ハイエルフの射手より早い……」

「何それ、嫌味? 言っとくけど、私はオタクとかじゃないからっ」

 ケイトの方を見て言い返しつつも、セリーンの指は高速でキーボードを叩き続ける。

「セリーンは私のこと……嫌い?」

「はぁっ!? べっつにぃ! ていうか何で私、イライラしてんだろう?」

「好きでも嫌いでも……やるしかないよね……私達って……勇者だから」

 セリーンの指がピタリと止まる。

勇者。

その響きはセリーンに、苦役と死しか想起させない。

「ケイト、あんたさ。いっつも俯いてるよね? 人と話すときも俯いてるしぃ」

「へ? ……うん、そうだね……いつも私は、俯いてる……」

「って、まーた俯いて返事してるしー。よし、完了! グラン達の所へ戻るよ!」


 正午キッカリに、敵は姿を見せた。空で轟音をばら撒きながら。

 混成部隊は開戦前、一旦集合した。

「ケイト、セリーン、頼むぞ!」

 二人に声をかけ、グランは狙撃ポイントに向かいかけるが。

「グラン。俺に何かあったら、お前が十三の隊長だ」

 セゾンの思いがけない一言に、足を止める。だがそれも、一瞬だった。

「そうだな。俺はだらしなくくわえ煙草もしないし、いつもビールを飲んだりしない」

「大事なときに、腹を下すけどな」

 これが二人にとって、最後の会話となった。


 狙撃銃のスコープ超しに、空を見る。灰色の雲が邪魔をして、太陽は見えない。陽射しは無い方が、狙撃には適しているが。そんな灰色の空を背景に、黒光りする鉄の塊が飛んでくる。二十機の無人機に、十六機編成の飛行中隊。

 強化ガラス超しでも、パイロットは狙撃できる。しかし、高度が立ちはだかる。何より戦闘時の速度は、機体を目で追うのも難しい。

戦闘機の機関砲だけで、グラン達は皆殺しにされる。翼にブラ下げた四本のミサイルは、この戦場は複数回、更地にできる。その狂暴な牙を剥き出しにしないのは無論、情などではない。

ケイトを生け捕りにするためだ。殺せば、ブルームが黙っていない。平素はハーフエルフと罵っても、女王の直系が他種族の手にかかったならば、威信を落とすまいとエルフ達はブラムスに襲いかかる。逆に生け捕りにすれば、最強種族のエルフを牽制しつつ、ブラムスは世界の蹂躙が可能。この戦いはミルンという国の命運を決めるとともに、前回と同様、ケイトを守るための戦いでもある。

「ケイト、セリーン。俺は地上で戦う。だから、空は任せたぞ」

 その言葉は届かなくても、想いは通じると信じて。グランはスコープから空を見る。


 戦場の最も奥まった死角で、ケイトとセリーンは岩肌に背を預けていた。戦場に背中を見せているが、何の問題も無い。彼女達の戦場は、セリーンが操るパソコンの中にあるのだから。

「準備いいっすか? 流しますねー」

 ケイトがコクンと頷くのを確認して、セリーンはキーボードを叩く。パソコンから、男の声が流れてくる。セリーンはスクリーンではなく、ケイトを見る。やがてケイトがまた、コクンと頷く。セリーンは黙って、ケイトにマイク付きヘッドフォンを手渡す。

「じゃ、いっきまーす」

 セリーンはキーボードを叩き、ケイトはヘッドフォンをゆっくりと装着した。


『こちらAFC。各機送れ』

『こちら第一中隊。AFC送れ』

 有人戦闘機のリーダーパイロットであるウカジは、緊張と興奮を覚えた。このタイミングでAFC――空軍司令部の司令からの通信。間違いなく、攻撃命令だ。普段は冷静沈着なウカジも、心が騒ぐ。ミルン最強の精鋭部隊と魔女を砕き、先の戦いで散った仲間の仇を討てるのだから。だが送られてきた通信は、意外の一言に尽きた。

『こちらAFC。陸上戦力が遅れている。これより送る座標に全機着陸せよ。送れ』

 排他領域で着陸だと? 滑走路は確保できるのか? それに、陸軍を待つ必要は無い。

『こちらAFC。通信不良か? 送れ』

『こちら第一中隊。滑走路の確保は? 送れ』

『こちらAFC。滑走路は旧式を確保。なお、これは将軍の命である。送れ』

『……こちら第一中隊。了解した。通信終わり』

 ウカジは眼前のパネルに表示された座標を見る。目と鼻の先だ。視認すると土ではあるが、確かに整備された滑走路が見える。

『(旧式とは、軍事独裁国家時代に建設された代物を指すのか)全機、無線から聞こえたとおりだ。指定の座標に着陸しろ』

 引っ掛かりを覚えたウカジだが、命令に従った理由がある。まず、無線から流れた声は聞き慣れた司令のもので間違いなかった。次に、あの女将軍の理解不能な命には、慣れた。何より滑走路が確保されていれば、不測の事態が起きても飛び立てる。

 大軍ゆえの油断。先の戦闘は闇夜だから負けたという傲慢。その地を切って捨てた施政者の心根と同じく、排他領域の大地は腐っている。整備された地などない。千の犠牲を出しながら、誰も学んでいない。排他領域は未知であり、底無しであることを。

 飛行中隊が、着陸態勢に入る。ケイトが土魔法で整備し、グラン達が地雷を埋めた地へと。

 ケイトは黙ってヘッドフォンを外すと、それを胸に抱いた。

「名演オツでしたー。おお、全機着陸したか。じゃ、覚悟はできてるよね?」

セリーンがわざとらしく陽気な声を出す。


 グランとセゾンが立てた戦術は、有人戦闘機の破壊が最優先だ。無人機にはない“目”を持ち、戦闘ヘリより火力と速度がある――最も厄介な敵。よって、初手で叩く。

 セリーンが空軍ネットにハッキングし、司令の声をケイトに聞かせる。聞いたケイトは黒魔法の変化へんげで、声を司令に変え、グランが準備したシナリオを読む。全てが計画通り。

「さ、約束どおり、二人で押すよ」

 セリーンがエンターキーに指を置く。作戦前、二人の女は約束した。地雷起動のエンターキーは、二人で押すと。

セリーンは危惧した。土壇場で自分が、空軍兵士の命を奪うことに躊躇する可能性を。

ケイトは決意した。空軍兵士の命を奪う所作を、セリーンにだけ背負わせないと。

二人の思惑が初めて一致した。そしてケイトは指を、セリーンのそれに重ねる。

二人でエンターキーを押すと、疑似滑走路で地雷が一斉に爆発した。轟音とともに、天を貫く程の火柱が上がり、黒煙が上がる。ロケット燃料に引火したからだ。

十六機の戦闘機は、開戦前に沈黙した。同時に、十六人の空軍兵士が殉職した。


後方で起きた爆発。その場から三キロ以上離れたグランにも地の振動は伝わり、爆風が襲う。

セリーンの報告を聞かなくても、初手が成功したのは分かった。だが、勝負はここからだ。

グランはスコープで、また空を見る。まだ無人機が二十機とヘリ中隊が見える。


「じゃ、後はヨロシクでーす。私は張り切って前線に行ってくるので」

 セリーンがパソコンを閉じ、背嚢にしまう。

「待って。あなたは……怖くないの? その、最前線で……戦うのが……」

「怖いに決まってるっしょ」

 セリーンが背嚢を背負う。

「同じ人間を殺すのは怖い。殺されるのも怖い。でもそれは、ここに止(とど)まるあんたも同じ。ヤだね、戦場って。あー、何で兵士になっちゃったのかなー」

 そう言うセリーンの横顔はそれでも、どこか吹っ切れていて。彼女なりに、自分が「勇者」であることを消化したらしい。走り行くセリーン、魔力を練るケイト。


 ロペスにある空軍司令部は衛星画像で、やっとハッキングに気付いた。すぐにネットを外部遮断し、ファイヤーウォールを再構築した。しかし、その全てが無駄だ。無人機は衛星を介して、遠隔操作される。よって、衛星からの交信に割り込んだ者が操縦桿を握る。

 ヘラーが今回の戦闘にもたらした兵站は、銃火器だけではない。彼は魔法石を、グランとケイトに譲った。ケイトはその魔法石を両の手の平の上に載せ、高々と掲げる。

 淀んだ空気が滞留する排他領域の空で、六条の いかづちが発生する。不可視のそれは、宇宙と無人機との間に音も無く入り込む。空軍司令部は、また騒ぎになっているだろう。「操縦桿不能!」と。

無人機の群れの中で、六機が反転する。それは雷を媒介に、無人機を操るケイトの意志。

「(レジオが死んじゃった……セリーンはここで監視せず、私を信頼してくれた……私は私の大切な人達を守らないと……)」

 どこまでも無垢なその思いが、意志無き無人機に狂暴な破壊欲をあたえる。そして放たれた六発のミサイルは、同じ数の無人機を爆発させて墜落させる。空で、鉄と科学でできた化け物が共食いを始める。そしてそれは、排他領域最後の戦いが、開戦した瞬間でもあった。

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