第31話
ミルン城一階の指揮本部は、重い空気に押し潰されそうだった。
空域戦力皆無にして、二十分の一以下の兵力相手に、負けた。完敗だった。王の間で衛星画像を見ているクルーニーも、顔色を無くしているに違いない。
幕僚幹部の中で、表情を変えない者が二名いた。女将軍のエレンは、どこか愉快気な笑みを浮かべている。そんな上官を見る副将軍のロメロは、白けていた。
「(十三と魔女の力を見せつけられたというのに、笑うか)」
ロメロは椅子の背もたれに体重を預け、溜息を一つ。今後の展開は予想がつく。
「遺憾な結果に終わったが、我が軍に敗北は許されない。次は万の兵力と戦闘機を投入して、裏切り者を始末し、魔女の身柄を拘束する。指揮は任せたぞ、副将軍」
「了解しました」
面従腹背……したいところだが、ロメロの手と魂もまた、ドス黒く汚れている。クルーニーが王位に就いた時から魔女狩りを指揮し、エレンが将軍の座についてからは、生贄政策の一端も担ってきた。そうやって副将軍の座を手に入れて初めて、自分も使い捨ての駒だと気付いた。
「(上に向かって唾を吐けば、自分の顔にかかってくる、か)」
ロメロは立ち上がって、ミルン城の正面扉を開ける。夜なのに、昼より明るい。首都ロペスの基地に収まり切らない大軍。現在、ロペスそのものが軍事基地となっていた。
「古き友が先に逝ったか」
転移でヘラーが現れても、グランとケイトは驚かない。宙を飛ぶ使い魔の小虫に、気付いていたから。
「さて。マギヌンの偉大なリーダーを弔う前に、お前達は現実を見ねばならない」
ヘラーは塔にあった物見の水晶を持参していた。
「兵士達よ、心して見ろ」
ヘラーが物見の水晶をテーブルの上に置く。同時に、グランの胃腸が一線を越える。
「あ、来た」
「お前の腹下しは魔女より神秘だ」「お前の胃腸は、ゴブリンの戦闘力より脆い」
セゾンとヘラーの揶揄を背で浴びて、グランがトイレに走る。
「勇者になっても、胃腸は丈夫にならんか」
皮肉を言いながら、ヘラーが水晶に手を翳す。水晶に、ロペスが映し出される。
その画を見せつけられても、混成部隊の誰も悲鳴をあげなかった。思考が停止したわけでもない。覚悟していたこと、やってくる運命を受け止めた。
首都は大半の住民が立ち退き、軍事基地化していた。ヘラーの使い魔である羽虫はゆっくりと飛び、ロペスに集結した軍団の全貌をまざまざと見せつける。
一個師団、二万の兵士が集結していた。装備は変わらないが、空挺部隊やオートバイ部隊がいる。さらに首都中央に臨時設置されたヘリポートには、ヘリ中隊十六機。加えて首都の両端は住居が撤去され、滑走路が敷かれている。一方に無人機が二十機。もう一方には飛行中隊――有人戦闘機が十六機配備されている。
「なるほど。散る相手に不足無し、だな」
「グラン、手は洗ったか?」
いつの間にか戻ったグランに、バウアーが詰問する。
「レジオの遺体がある。綺麗に洗ったに決まってるだろう」
敵陣容を見て、グランはむしろ気持ちが落ち着いた。どう足掻いても、勝てない。
「オヤッサン、魔女に云々は無理だな。二万の敵は突破できない」
グランに話しかけられても、セゾンは返事をしなかった。それ程、彼我の差は圧倒的だ。
「お前達が死ぬのを止めはしないが。お前達は、当初の目的を見失っていないか?」
混成部隊の兵士達の視線が、一斉にヘラーを向く。
「使い魔で聞いていたが。お前達の目的は、二万の敵を皆殺しにすることではあるまい。ミルン城の地下牢獄から魔女を放つこと。そして忘れるな。この戦争の当事者である以上、ローラの可能性が高い女将軍は殺せ」
「ミルン城に辿り着けたなら、命に代えてもその任務は遂行する。だが」
「欲を無くしたレジオがなぜ、一人暮らしには大き過ぎる自宅を構えたと思う?」
グランの言葉を遮って、ヘラーは問い掛ける。だが誰も、返答できない。
「人は目に見える物に意識を持っていかれる。隠したいモノが地下にあるのなら、地上に巨大な建築物を建て、敵の目を集中させればよい」
「この家の地下に、一体何があるんだ?」
「ミルン城へ通じる地下道だ。それ以外に何がある?」
地獄に垂らされた一本の糸。それは細く短いが、登り切れるかどうかは、己次第。
「軍事独裁政権時代に造られた。独裁者とは、いつの世も臆病者と決まっている」
絶望が支配する部屋に、少しずつ希望が広がっていく。だが、グランは慎重だった。
「独裁者の逃亡用に造られた地下道、か。広さは?」
「お前達が乗ってきた装甲車が悠々と走れる」
「その地下道を通れば、二万の敵と交戦せずにミルン城に到達できる!」
レジオの側に寄りそうソーニャの頬が上気する。
「駄目だ。敵を率いるのは、副将軍のロメロだ。総力戦で敵を引き付けない限り、奴はこちらの意図を見抜いて、ロペスに引き返す。それに先んじたとしても、女将軍はロペスを空になどしない。第一部隊を中心に兵力をロペスに集中させ、防衛させる」
グランの言葉は、芽生え始めた希望の光を消しかける。だが、事実だ。
「難しく考えることはないだろう」
セゾンが新しい煙草に火を点けながら、テーブルに近付く。皆の顔を見渡す。
「まず、総力戦だ。全員で敵を迎撃する。それから二手に分かれる。ここに残るチームとミルン城に乗り込むチームだ」
紫煙を吐き出し、戦術を固めていく。
「私達は故郷であるマギヌンに残る。ただし、イーグルとカフカ、あんた等はグラン達とミルン城に乗り込みな。射撃手と擲弾使いは市街地戦で、必要になってくる」
イーグルとカフカは頷く。二人とも本音は、故郷で戦いたい。けれど大義のため、我を殺す。
「いいえ、ソーニャ。あなたも行って。代わりに、私がここに残る。十三が全員消えれば、ロメロは必ず、この戦術に気付く」
アンリは、排他領域で散る覚悟を決める。
「よし、決まりだ。敵は明日の正午には着く。戦術を練り終えたら、兵站の準備にかかれ」
セゾンの命令で、全員が立ち上がる。
「その前に、レジオを弔う。それが終わったら全員、遺書を書け」
全員がゴクリと唾を飲む。遺書。戦死の象徴は兵士達に、生々しく「死」を突きつける。
水晶を片付け始めたヘラーに、グランが声をかける。
「あんたは今回も、戦いから逃げるのか?」
「俺は賢者だ。それも、賢者を統べる四大賢者だ。いかなる契約であれ、守る。まあ、後でたっぷり兵站は転移で送ってやる」
それだけ言い残し、ヘラーは住処の塔へと転移した。
塔の三階で、ヘラーは水晶を見ていた。グラン達が、レジオを埋葬し、祈っている。
一方、二万の大軍は確実に、マギヌンに迫っている。
ロペスとミルン城はグランの言った通り、多少の住民は残っているものの、防衛の兵士達で溢れている。
「賢者、か。魔術師より高位だが、ただ勇者に成り損ねただけだ。全く、中途半端だな。俺の人生みたいじゃないか。このまま中途半端に生きて、中途半端に死ぬのか」
ヘラーは目を閉じる。瞼の裏に、二人の人間が映る。
共に戦い、殉職した四大賢者の一人、クラウディオ・ドバア。そして、レジオ。
二人より長く生きたが、二人より輝く生を送れているだろうか?
大戦を戦い抜いた四大賢者の一人は、決断を迫られていた。
「副将軍。予定どおり、明日の正午、目標地点に到着します」
「ご苦労。中将、下がっていい」
報告に来た副長を退室させて、ロメロは指揮車両の狭い個室で一人きりになった。
物心ついた時から、軍人に憧れた。青春時代を兵士として駆け抜け、家庭を顧みず、軍務に没頭した。独裁国家も
最後に自分は、王と将軍の悪政を知りながら引退し、ぬくぬくと余生を過ごすのか?
それが果たして、軍事に人生を捧げた自分の最後に相応しいのか?
大戦を戦い抜いた武人もまた、決断を迫られていた。
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