第30話

ガーズは十三の真髄を知らない。だが、部下達が混乱のどん底に叩き込まれたのは把握できる。部下達の断末魔の悲鳴は聞こえる……濃霧に乗じて、十三が近接戦を挑んできた。次に命ずる戦術も犠牲を払うが、それ以外に戦術は無い。

『総員! 四人一組フォーマンセルで全方位射撃始め! フルオートで撃て!』

「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」」」」」

兵士体は四人一組フォーマンセルを組み、フルオートで機関銃を撃つ。タタタタッと発砲音。その大半は、至近距離にいた友軍を撃ち、また自分も撃たれた。

 グランの黒刀・早雲が忙しく形態を変え、銃弾から持ち主グランを守る。莫大な魔力を削られて冷や汗が出るが、動き続け、斬り続ける。今、戦場は最終局面に入った。

もう、兵士の数は関係ない。心折れた方が負ける。

「ウオォォォォォォォォッ!」

 咆哮を上げ、般若の形相をしたグランが斬って斬って斬りまくる。

 返り血で全身を真っ赤に染めたセゾンは斧を振りつつ、ガーズを探す。指揮官を無くした軍隊は、烏合の衆になる。何より。青春を共に過ごした彼とは、自分が決着をつける。

 グランは手を上げるのさえ、辛くなってきた。息は切れ、流れ落ちる汗と返り血が顔面で混ざり合う。それでも、斬り続ける。息をする敵がいなくなるまで。それが戦場の流儀だから。


 国軍の兵士はすでに、九十人程しか戦っていない。敵勢力の恐ろしさは千の兵をここまで削ったことより、倒れた兵士達が全て絶命していることだ。負傷者が存在しない。倒れて苦しむことも、死んだフリも許されない。生きて戦うか、死か。

 ドンッとガーズの後方で爆発音。指揮車両に擲弾が命中した。これで、若く優秀な副長を失った。

 大地だけではなかった。排他領域は、そこに住む者と戦う者達を、人外へと変える。排他領域に無知だった――それだけで、負けたも同然だった。国が切った地と人間に、斬られた。

「(セゾン……貴様は十三にいって鬼神となったか……見事だ)」

 直後、ガーズは胸を撃たれて後方に倒れた。


 セゾンがガーズを撃つと、自動拳銃のスライドが後退した。弾切れだ。最後の一発は、親友の胸を撃ち抜いた。

 グランは敵兵を袈裟斬りにすると、二刀を鞘に収め、膝に手をついて酸素を求めた。

 戦争が、終わった。

戦場には、絶命した人間が千。けれど誰の顔にも、勝利の歓びなどない。全員が全身を返り血と汗で濡らし、息を切らし、俯いている。

 グランの視界が、動くものを見つける。セゾンだった。彼は死体の一つに屈んでいる。いや、その一人だけが敵兵の中で、まだ生きていた。

 セゾンは懐から煙草を出すと、くわえて火を点けた。

「おい、もう禁煙しなくていいだろう。ビールが無いのは、興醒めしちまうがな」

 セゾンが呼びかけると、吐血しながらガーズは笑った。弱々しいが、笑っている。セゾンはその口に、吸っていた煙草をくわえさせてやる。ヒューと音を立てて、ガーズが一吸い。

「ガーズ、色々と思い出すよな。最高に傑作なのは、士官学校を脱走したときで……」

 セゾンの思い出話に、ガーズは一々笑った。胸部に空いた穴で、笑い声は出せないが。

「銃をくれ」

 指一本動かすのも億劫な程、グランは消耗していた。それでもイーグルから自動拳銃を受け取り、背後からソッとセゾンにソレを渡す。楽にさせるのに、斧で頭を叩き割る必要はない。

「ガーズ。ちょっと先にいって、待ってろ。俺もすぐいく」

 セゾンは親友にして戦友の額を撃ち抜いた。


「グラン……みんな……来て……すぐに来て!」

 ケイトの絶叫。グランは無理矢理に脚を動かして走る。足元は死体と血で覆われている。

 屈んだケイトは、レジオを抱いていた。レジオは笑って煙草を吸っていた。その右脇腹に、三つの銃創。

「グランどうしょう! 治癒魔法が……治せないよ……」

 泣きじゃくるケイトから、レジオの体を預かる。彼の体温は急激に下がっているが、ケイトの治癒魔法で、かろうじて下げ止まっている。だが、ここまでだ。治癒であって、蘇生ではない。最高位の神官が千の魔法石を持てば、蘇生の奇跡を起こせるという。しかし、ここにはいない。高位のエルフも己の不老不死と引き換えに、蘇生の奇跡を起こせるという。しかし、ここにはいない。さらに最高位のハイエルフは距離が離れていても、己の不老不死を群青の 水晶クリスタルに込め、あらかじめ指名した者を蘇生できると言われている。

レジオは、死すべき運命なのだ。ケイトの治癒が無ければ、すでに死んでいた。

「彼の……レジオの家に戻ろう」

 戦闘ヘリ一個小隊と戦車大隊、百台以上の装甲車の残骸。千名の殉職した兵士達。それらを振り返ることなく、混成部隊は戦場から去る。誰の顔にも、勝者の笑みなど無かった。


 自宅の寝室で、レジオは横になっていた。血と汗で汚れた戦闘服のまま。治癒魔法で傷口は塞がっているが、ひどい内出血で動かせない。

 窓から見える夜は闇を垂らしたように濃く。排他領域のいつもの夜。そんな夜を見るレジオの顔は、穏やかだった。

 寝室には十三の他、ソーニャ、リゼロ、イーグル、カフカがいた。他の兵士は帰らせた。いずれロペスから、第二波が来る。身辺整理、何より最後に、家族と触れ合えるように。

 ソーニャがレジオの上に屈み、彼の目を見詰める。

「レジオ。あんたは私にとって命の恩人だ。でもそれ以上に、大切な家族だ」

 命の恩人。グランはそれを、排他領域で今日まで生き長らえたことだと受け取ったが。

「私は……ミルンの生贄だった」

「生贄?」

 グランだけでなく、隊員全員が怪訝な顔をする。

「あんた達は知らないだろう? 国が排他領域や貧しい村を狙って徴兵を行っているのを」

「徴兵? 独裁時代ならともかく、今のミルンに徴兵制度は無い」

「そう、無いんだよ。けれど一部の兵士達は、徴兵と偽って人々をさらっている」

「まさか。そんな事がまかり通っているなら、俺達の耳に入る」

 ソーニャは身を起こすと、グランの目を見据える。

「あんた達の耳? 軍人の耳に、ニュースが入ったことがあるか? 軍隊なんて、最も閉ざされた組織で生きる者達の耳に」

 グランは何も言い返せなかった。権力者を守り、権力者の利益のために戦う軍隊は、世間から隔離される傾向が強い。権力者達にとって都合の悪いことを見ぬよう、聞かぬように。

「さっき言っただろう? 徴兵という名の誘拐だ。そして、生贄にされる」

「だから生贄とは、一体何の」

 グランの言葉を遮って、ソーニャが上着を脱ぐ。見せた方が早いと言わんばかりに。ソーニャがブラジャー姿になるが、男達は欲望を感じない。そんな場合でもなく、何より彼女の体は鍛え抜かれていて、女の色香を全く発していない。セリーンは恋敵が増えないことに安堵した。

 左肩甲骨に、大きく禍々しい羽根の紋章が刻まれていた。

「おい! その紋章は血吸いの紋章だろう!」

 叫ぶグラン。セゾン以外の全員が銃を抜き、ソーニャに照準を定める。

「おい、お前等、銃をしまえ。あの紋様は黒だ。血吸いの紋様は赤だぞ」

 それは士官学校で座学講義を受けたセゾンだけが知っていた。グラン達が、銃を下ろす。

「セゾンの言うとおりだ。私に刻まれた紋様は、血吸いどもへの生贄の紋様、要するに目印だ」

 グランの頭の中で、世界がグニャリと曲がる。女将軍エレン・リットンが、吸血鬼の女王・ローラである可能性が高いこと。何より。魔法を禁じられたミルンは最も陥落させやすいのに、ブラムスが魔物をほとんど放っていないこと。

「……ブラムスに、ローラに生贄を……血を捧げて、国を守っていたのか……」

「国を守る……響きはいいけど。自分達の権力を守るために、生贄をブラムスに送っている」

 グランはへたり込みそうになる自分を、必死で鼓舞した。死地にいるレジオの前で、ソーニャは生贄を語った。それにはきっと、意味がある。

「それだけなら、政府要人を暗殺すればいいかもしれない。でもね。この国の民の大半は、欺瞞の徴兵制を知っている。知っていて、知らない顔をする。保身のために。そして『それは、国が決めたことだから』と言い聞かせている」

「だからレジオは、マギヌンは、ミルンを亡ぼすというのか?」

「世界にとって、ミルンは常に危険だ。『国からの命令だから』と、ハーフエルフを拷問し、虐殺した者達の子孫なんだ。自分で考えて行動することを放棄した者達の集まりだ。再び王位に独裁者がつけば、民は銃を手に取り他国へ攻め入る。そして殺した者達へ、こう言う。『だって、国からの命令だから』と」

「セリーン!」

「うわぁ!? はーい、ちゃんと聞いてまっす!」

「空軍をハッキングできたんだ。国営放送と大手プロバイダーにもハッキングできるよな?」

「もっちろーん! テレビなら全局オッケーでーす。オンライン関係なら、毎日ハッキングしてますけど何か?」

「毎日ハッキングって……お前は一体、何者だよ」

 一同が微苦笑する。レジオも。天然娘が一時とはいえ、場の空気を和ませる。

「グラン、あんた何を考えてるの? もしかして……」

「ソーニャ、文字通り一肌脱いでくれ。今の事実を、一人でも多くの国民に知らせ」

「無駄よ」

「やりもせずに、結論を出すのは愚かだ」

「やったのよ、私達マギヌンは。それも知らなかったの?」

 またもグラン達十三は、黙り込んでしまった。この二年、排他領域で日々を送った。それ以前も十三へ入隊するため、トレーニング漬けの毎日だった。世情に疎すぎた。

「テレビは無理だったけど、ネットで繰り返し、動画を流した。私は顔を出さず声にモザイクをかけたけど、肩の紋章を見せて何度も説明した。だけど、何も変わらなかった」

 今度こそ、本当の静寂が落ちた。マギヌンは本気で、この国を亡ぼすつもりだ。夢物語ではない。「最後の六将」の中でも、最強と謳われたハイエルフの女王の血を継ぐ者がいる。そして、最大破壊魔法を発動できる四大賢者がいる。今時点の戦力ですら、大規模な都市攻撃が可能だ。

 そして、グランは問う――自分はどうなのかと。立場は、ミルン国を守る兵士。だがそれは、世界の調和を保つため、一国を守っているに過ぎない。世界そのものが危機に瀕するのなら、その原因は根絶やしにしなければならない。

「グランよ。迷うことはない。ここには勇者が四人もいる。一人はまあ、すぐに死ぬがな」

 そう言うレジオの顔は、とても穏やかで。死期が近い人間とは思えない。

「四人……俺が勇者に覚醒したことを、見抜いていたのか?」

 セゾンはくわえ煙草を落とし。アンリは息を呑み。バウアーですら、スキットルを傾ける手が止まっている。セリーンを除いて、幾多の修羅場をくぐった猛者ですら驚愕する事実。

「勇者同士は、引かれ合う。知らなかったか? そして魔力を使いこなせるようになれば、勇者の紋様を見せられるようになる」

 そう言ったレジオは、重症とは思えない力強さで手の甲をかざし、魔力を練る。

 彼の額と両手の甲に浮かぶ、星型の紋章。勇者の紋章。

「ケイトは先天性勇者。ワシとお前は、後天性勇者だ。そして彼女は、先天性だ」

 レジオの視線を、皆が追う。その先にいたのは、セリーン・インデクッス。

「セリーン……勇者だったのか。なぜ、言わなかった? 教えてくれなかった?」

「だって……怖かった。勇者は世界の希望だよ。だったら、いずれはブラムスと戦わなきゃ……。あの血吸いの女王と戦うんだよ! ……怖いよ……死んじゃうよ」

 セリーンの頬を、涙が伝う。先天性勇者――生まれつきの勇者。親は世界より我が子の命を選び、誰にも打ち明けなかった。その子もまた、運命に恐怖し、誰にも打ち明けなかった。

「ケイト、あんたは私が勇者だと分かってたんでしょう?」

「……うん。プラムが放った闇魔法から皆を守護するために、光魔法で解除を発動したけど……あなただけは、守護を拒否した。なのに、闇魔法が、呪いが発動しなかった……」

 光を司る勇者にだけ、闇魔法は効かない。

「セリーン、ケイトの守護を受け入れれば、バレなかったもしれない。なぜ、拒否したんだ?」

 グランはケイトを責めていない。素朴な疑問だ。

「グランのバカ!」

 セリーンが初めて見せる激情。

「(『初恋は恋に恋をしているに過ぎない。よって、結ばれることはない』か……本当だね)」

 この世界でいにしえから吟遊詩人が歌う歌詞が、ケイトの脳裏に浮かぶ。

 なぜ馬鹿呼ばわりされたのか分からない。それはともかく、グランはレジオに確かめたいことがあった。それも急いで。レジオの死期は近い。

「レジオ。あんたはミルンが排他領域に忍ばせた潜入じゃないのか?」

「ほう。今度はワシが見抜かれたか」

 この発言に、次はマギヌン側の人間達が言葉を失う。

「どうやって見抜いた?」

「排他領域を危険視した勢力が、現役の十三を潜入として送り込んだ時期があった。これは俺達十三が代々引き継ぐ機密だ。その時期とあんたが退役した時期は重なる。そして、あんたが排他領域に住み着いた動機が薄い」

ふぅーとレジオは細く息を吐いて。

「だがグランよ、一つ勘違いをしている。名は出せんが、ワシは他国から送り込まれた」

「他国が? 何のために?」

「ミルンの排他領域は、他国にとって脅威だ。広過ぎて探索できない。地形的に、衛星でも観測しづらい。自国のテロリストが逃げ込むには、恰好の場だ。そしてブラムスが魔物を大量に転移しても、発見しづらい。ミルンがブラムスの手に落ちれば、北大陸と中央大陸に空と海から魔物の大軍を送り込める。転移には莫大な魔力が必要だからな。そして何より、ミルンが隠れて魔法を使用していないか、監視するためにだ」

 そこでレジオは一旦休み、水を一杯、口に含む。

「ただし、潜入先は東の排他領域だった。そこで……魔女に惚れちまった。潜入中に、何やってんだか。後は、前に説明したとおりだ。ミルンに追われ、惚れた女は魔女に殺された」

 レジオの人生はまだ、大戦に囚われている。

「そして途中から、四大賢者であるヘラーの監視を行っていたんじゃないか?」

「グランよ、聡いな。理由は祖国から聞いていないが、ヘラーの監視命令も追加された」

 そう言うレジオは血痰を吐きながらも、どこか愉快気だ

「仮にあんたがミルン兵だとしても、入隊は隕石召喚メテオの前だ。多少は魔法を使えただろう。だが“多少”で、四大賢者の隠れ家を発見できるわけがない」

「ねえ、グラン……レジオの体力はもう限界……なのに、なぜそんなことを聞くの?」

 言葉は責めているが、ケイトの目は泳いでいる。それを見て、グランは確信した。

「国軍の“第二波”は、今日の五倍は来る。誰が生き残れるか、分からない。だから戦闘前に、真実を明らかにしたかった。この中の一人でも生き残れば、この国で起きた真実を武器にミルンと戦えるかもしれない。世界に発信できるかもしれない。そう考えた。だからケイト、次はお前に聞く。ケイト……お前はリヴ女王から、ヘラーを殺すよう命じられたのでは?」

 グランの暴論にも聞こえる問いに、全員が首を傾げる。ケイトも困惑しながら、口を開く。

「母は、ブルームで居場所が無かった私に、ヘラーを見張ってほしいって。理由は……世界の最高機密とか最大任務とか……全部は教えてくれなかった。とても難しい話で、私には分からなかったし、分からなくて構わなかった……でも母は決して、ヘラーの命を奪えとは言ってない。グラン、どうしてそんな意地悪な言い方をするの?」

「意地悪……いや、すまない。一人娘を預けるなら、同じ最後の六将に任せる方が安心だろう? 六将は全員が勇者だが、四大賢者に勇者は一人もいない。……そして、何よりも」

「何よりも……何なの?」

「ミルンは有り得ない。魔法が禁止された国で、精霊魔法の使い手は目立ち過ぎる。それでも一人娘を――絶対に信頼できる者を送り込むなら、目的は暗殺だとばかり思っていた」

 それでもお前が、この国に来てくれて良かった――その本音を言える状況ではない。言い方も知らない。そもそも、この感情を何と呼ぶのか、グランには分からない。

「二人ともなぜ任務を放棄して、ヘラーと仲良くなったんだ?」

 死にゆく老兵とエルフらしい美しさを持った二人に、尋ねる。

「ここだけがワシにとって、最も人間らしく生きていける場所だ。そんな大切な場所を、彼も大事にしてくれた。飢饉は実話だ。あの時、ワシを潜入させた祖国も、ミルンも何もしてくれなかった。ケイトも紹介してくれたしな……みんな、今まで騙して悪かったな」

「誰も騙されたなんて、思ってないから。あんたは昔も今も、マギヌンのリーダーだ」

 顔色が白くなっていくレジオの手を、ソーニャは両手で優しく包む。

「何か、暴露合戦になってるな」

 場違いにノンビリとしたセゾンの声。器用にくわえ煙草でビールを飲んでいる。

「で、お前達はどうしたい? ミルンを潰すか? 守るか?」

「私達はレジオの意志を継ぐ。この国を亡ぼす。命に代えても」

「俺達はミルンの兵士だ。お前が亡ぼすつもりなら、ここで殺す」

 一瞬睨み合ったカフカとバウアーは、互いに拳銃を抜き、相手の額に突き付ける。

 それが引き金となり、十三とマギヌンは拳銃を構え合う。グランも拳銃を抜いたが、照準を定められない。ケイトは魔力を練ったが、魔術を発動する相手が分からない。

「意見は分かれたか。だったら、排他領域の ぬしに決めさせりゃあいい」

 一人拳銃を抜かなったセゾンはビールを呷り、天井に向けて紫煙を吐く。

「排他領域の主? 誰のことを言っているんだ?」

「魔女に決まってるだろう」

 あっけらかんと言うセゾンに、グランは開いた口が塞がらない。

「暴露大会の続きをやるか。俺が最後に殺した士官学校の同期は、最後まで勘違いしてた。あいつの方が出世は早かったのは、内勤で点数稼いだからだとな。事実は違う。単に俺の方が、出世が遅かっただけだ。いやもう、階級が上がることはない」

「……一体、何があった?」

「グラン、お前は魔女狩りで、不思議に思ってることがあるだろう?」

「なぜ魔女を生け捕りにするのか、それが分からない。拘束後、裁判をするわけでもない。それに魔女を殲滅したければ、殺害命令を出す方が確実だ。生け捕りの方が難しいからだ」

「相変わらず、お前は利口だ。俺は下っ端時代、ミルン城の警護やっててな。退屈で仕方ないから、地下でサボろうと思った。そこで、見た。地下牢獄と生け捕りのままの魔女をな。俺はビックリして、その場で固まっちまった。それを衛兵に見つかって、処分された。ま、死刑じゃないだけマシだが」

「生け捕りのまま……俺は尋問班が情報を得たら、魔女は殺処分すると思っていた……」

「お偉いさんが、生きた魔女をどう使うのは知らん。だがミルン城地下に、生きた魔女がいるのは確かだ。少なくとも今、俺達が捕まえたばかりの魔女は生き残ってるだろう」

「ロペスとミルン城を奇襲した、プラムの仲間達か。だが、生け捕りの魔女をどう使うんだ?」

「俺達が知っている真実を全て説明したうえで、解放してやるんだ」

「なっ……」「正気なの!?」「キャパ越えてまーす!」「目覚ましにウィスキー飲め」。

 グランもアンリもセリーンもバウアーも、理解し難い。

「十三もマギヌンも、排他領域に生き、排他領域で死ぬ。ところが、双方の意見が食い違った。だったら同じ排他領域で、同じ運命を辿る第三者、魔女に結論を委ねる」

「結論を委ねるって……魔女達は人間憎しで団結している……」

最後は呟くグラン。

「魔女だって、人間がいないと何かと不便だ。例えば食料。奴等の住処で、畑や台所を見たことがあるか? 人間の食糧庫から盗めないなら、奴等は餓死するしかない。この国を創立するキッカケであり、排他領域も知り尽くした奴等に、結論を出させよう」

「魔女が……ミルンを亡ぼすと結論を下したら、どうする気だ?」

「どうもしない。手伝いも手出しもしない。魔女に亡ばされる国なら、その程度だ」

 全員が沈黙した。それは全面的な肯定ではないが、他に選択肢がないことを意味している。

「よし、決まりだな。……ソーニャ……レジオが逝ったか……」

「ああ……。あんたの話を最後まで聞き、最後は笑顔で……」

 この国の決め方を聞き、老兵は静かに逝った。グランは立ち上がり、その瞼を閉じてやる。

「俺に名字が無いのは、孤児だからだ。グラン、お前も孤児だったよな?」

「そうだ」

 指揮官の問いに、短く答えるグラン。静かに眠る老兵を見て、セゾンが続ける。

「簡単に子を捨てる親がいる。一方で、赤の他人なのに、命を預けられる戦友がいる。俺は軍人になって良かったと、心から思う」

 セゾンの言葉は、十三の隊員達の心を代弁していた。

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