第27話
十三とマギヌンの混成部隊四十六名は、戦場近くの丘で、その時を待っていた。
グランは丘に立って、単眼鏡を覗いていた。その両隣には、レジオとケイト。
「レジオ。ケイトはヘラーに紹介されたんだろう?」
「そうだ。飢餓で、マギヌンが滅ぶ寸前まで追い詰められた時期があった。ワシも元十三だ。排他領域が職場だった。それがキッカケで、ヘラーと出会った」
老将と若き後進は、地平線を見る。探す。やってくる敵を。やがて来る、運命を。
グランの隣で、ケイトは地平線に背を向けて、座っていた。グラン達の前では尖った耳を隠さず、光沢のある髪と透明な肌、戦場に不釣り合いな
「ケイト、不安か?」
彼女の瞳に憂いを見て、グランが隣に腰を下ろす。体の向きは変えず、単眼鏡を覗いたまま。
「……どうしてみんな、不安じゃないの? 怖くないの……」
「俺達だって怖い。恐怖を感じない人間は兵士として使えない。恐怖があるか」
「人の命を奪ったことがないの! 命を奪うことが怖い! 奪われるより……怖い」
それは初めて彼女が見せる、激情。興奮の叫びでも混乱の悲鳴でもなく、それは本音の吐露。
「ヘラーから何かを貰っていたよな? 何を貰ったんだ?」
ケイトは握った手を開く。魔法石が五つ。ヘラーの塔から一向が去るとき、賢者は彼女にソッと何かを手渡していた。それを見逃さなかったのは、グランのみ。
「お前が戦えると信じているから、四大賢者は貴重な魔道具を託したんじゃないのか?」
「……魔女や魔物が相手なら、戦える。だって、彼女達には“生”を感じないから。でも……人間やエルフやドワーフは違う……生きてる。その命を奪うなんて……」
「その気持ちを永遠に忘れるな」
思わぬ答えに、俯いていたケイトが顔を上げる。側で聞くレジオは微笑を浮かべて、前を見ている。
「その気持ちは、ケイト、お前にとって宝物だ。信じられないだろうが、俺達だって持っている。少なくとも、十三は。俺の戦友達は」
グランは単眼鏡で前方を見たままだが、その心はケイトに向いている。
「そうであっても、誰かが命を奪い、奪われる……世界は残酷だと思う。その世界は血吸いの女王を倒せば、少し奇麗になるかもしれない。その可能性がある限り、俺達は戦い続ける」
だって俺とお前は勇者だから――その言葉を、グランは呑み込む。今は勇者ではなく、一人の人間と一人のハーフエルフが語り合っているから。
「お前の母親は、最後の六将だ。大戦の戦いは、綺麗事だけでは済まなかったはずだ。では、お前の母親は進んで、生きる者の命を奪っただろうか?」
「そんなわけない……だってお母さんは……お母さんは、とても優しい人だから……」
「優しいから、この世界を、この世界に生きる者達を救いたいと願ったんじゃないのか? 母親にできて、娘のお前にできないわけがない」
「でも……自信ない……」
「誰かが、その手を他人の血で染めなければならない。俺達はその『誰か』になった。だったら、鬼にでも修羅にでもなって、今できる最善のことをやるしかない。たとえ仲間の死体を跨いででも、任務を遂行しなければならない。この世界を、少しは奇麗にするために」
「この世界を……綺麗に……」
「そうだ……あ、来た」
グランは単眼鏡をレジオに預けると、急いで丈の高い草むらに走る。
「グランはどんなにいい事を言っても、ガラスの胃腸で全てが台無しだ」
そう言ったレジオとケイトは目を見合わせて、自然と笑い合う。
「ケイト。ワシやマギヌンに何かあれば、あの若者についていきなさい」
「何かって……それは一体、何?」
「マギヌンは排他領域だが、お前のお陰で、みんな幸せになれた。マギヌンのみんなが感謝している。だからもう、マギヌンに縛られることはない」
ケイトが言い返そうとして、グランが慌てて戻ってくる。レジオから単眼鏡を受け取る。
「グラン、手を洗わずに軍の支給品に触れるとは。ワシがいない間に、軍のモラルは……」
「どうせ汚れるし……それより、全員に準備させろ。敵が来た」
太陽は灼熱の服を脱ぎ、オレンジ色の衣をまとっていた。
一個大隊は戦闘ヘリ六機を先行させていた。地上もまた、戦車二十台を先行させている。
千の兵士の行軍は、五十名足らずの寄せ集めを委縮させるに充分――ガーズ以外の兵士達はそう思い、油断していた。けれどガーズは、責める気にならない。それが正常だからだ。
「中佐。何か、気になることでも?」
聡明な副長は、指揮官の表情が優れないのを見逃さない。そして聡い彼は、ガーズにだけ聞こえるよう、声を調節している。二人が乗っているのは指揮車両。他の兵士もいる。
「貴様が攻められる側だとしたら、どうする?」
「降伏します」
即答。そしてそれは、最適解。しかし。
「十三の隊長、セゾンとは同期だ。あいつは、降伏などしない」
「無謀な戦いを挑み、玉砕ですか? 愚かなことです」
「どちらが愚かか、じきに答えが出る。セゾンは降伏せず、負け戦もしない」
その時。全軍の交信を拾う指揮車両の無線が、ヘリのパイロット――ヘリパイの悲鳴を拾う。
『こちらアルファ! ベータ、前方の“アレ”は何だ!?』
『こちらベータ! “アレ”は……女に見える……。ガンマ確認せよ!』
『こちらガンマ! 女だ! 女が宙に浮いてやがる!』
獲物を食らう蛇が頭をもたげるが如く、空を斬り裂き進む戦闘ヘリ。その進路上に、女が一人。彼女は太腿がやや隠れる丈の純白の
『こちらガンマ! 至急攻撃許可願う!』
もう仕掛けてきたか……ガーズは無線を取り、迷わず命を下す。
『こちら
先程までやかましかった無線が、沈黙している。ガーズは嫌な予感しかしない。
『こちら指揮車両! 対地ヘリ部隊、全機応答せよ! 繰り返す、全機応答せよ!』
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