第28話
ヘラーの助言は、漠然と考えていた戦術の具現化と賢者の視点が成せる斬新な発想に富んでいた。まず潰すべき敵戦力は、戦闘ヘリ。魔女と同じく、制空権を握った相手は自由に攻撃してくる。けれど、地上からの撃墜は難しい。
『ヘリなどという機体はどうでもいい。操縦する人間を無力化するのだ』。そのための具体的な策を、ヘラーは授けてくれた。それは、ケイトによる催眠魔法。ただし六機のヘリパイ全員を眠らせるのは、魔力の消耗が激しい。そこで、魔法石をケイトに授けた。
操縦桿を握る兵士達は、深い眠りについた。ヘリが次々に落ちていく。魔法石一つの消耗で、混成部隊は制空権を相手に渡さなかった。後は囮に徹し、敵の機動力を削ぐ。グラン達は所定の位置で身を晒し、地上に降りたケイトも戦術通りの場所に向かう。地に激突して大破したヘリから、目を逸らして。
『“敵”はヘリを撃墜されて、浮足だってる。戦術どおりにいこう』
覚悟を決めろと、グランは言わなかった。覚悟が無い者は、この戦場に立っていないから。
空を無力化しても、二十台の戦車と百台以上の装甲車が進軍してくる。真正面からやり合えば、全滅は確実。その戦力差を埋めるのは“地の利”だ。敵にとって排他領域は、未知の地だけに止まらない。国が見捨てた地がどうなるのか。それを知らない敵を、罠にはめる。
『ヘリが墜落したことで、戦車大隊は慎重になり過ぎている。想定どおりだ』
見れば分かることをグランが言語化するのは、味方を鼓舞するため。彼我の差はまだまだ、全滅の域を出ない。ヘリの墜落は、開戦を告げただけに過ぎない。
ドオゥンッ! と大気を震わせる射出音。戦車から一発目の砲弾が放たれた。ヘリ墜落で慎重になり過ぎた戦車大隊は、一斉に撃ってこない。これはヘラーと十三の想定通りだ。
破壊の塊のような狂暴な砲弾は、混成部隊にとって優位な方向に飛んでいく。即ち、最も早く動けるバウアーとカフカがいるポジション。
「(砲身までドンくさく狙いやがって。しかも発射が遅過ぎる)」
“同僚”の手際の悪さに毒づくバウアーとカフカは、砲弾着地の爆発と爆風から身を守れるポジションへ移動を終えている。そしてバウアー達は、機関銃を散発的に撃つ。カフカも擲弾発射機を背負い、機関銃を撃つ。タタッと散発的な銃撃。全弾が戦車に命中。けれど、戦車の厚い装甲を銃弾は貫通できない。構わなかった。破壊するために撃っていないからだ。
ガーズが『戦車大隊! 慎重に動け!』と命じても遅かった。すでに戦車大隊の一部は、砂地に入っている。
『オヤッサン、グラン。奴等を誘導したぞ』
『まだだな』『バウアー、もう少し耐えろ!』。二人からの返答に、チッと舌を鳴らすバウアー。
砲弾の二発目、三発目が飛来する。「砂地班」は直撃をかわしたが、爆風で吹き飛ばされる。
『おい、こっちは限界だ』自身も後方に吹き飛ばされたバウアー。
『ケイト頼む!』『……分かった』
女神のような出で立ちのハーフエルフは、精霊魔法で再び奇跡を起こす。
砂が生き物のように動き、戦車大隊の履帯――転輪などの“脚”に粘り付く。慌てて後退できた戦車もあったが、六台の戦車は砂地で立ち往生する。さらに粒子が最小化された砂が、操縦手視察口などの穴から侵入、中で元の大きさへと戻る。車内の半分以上が砂で占拠され、戦車兵はたまらず上部のハッチを開ける。それを狙っていたバウアー達は、顔を出した戦車兵の顔面に鉛の弾を一発食らわせる。そしてバウアーとカフカ達六人がそれぞれの戦車に素早く飛び乗り、空いたハッチから手榴弾を放り込む。くぐもった爆発音。これで混成部隊は、六台の戦車を無効化した。魔法石と弾倉、手榴弾の消費を一つずつに抑えて。
『装甲車群は全体後退! 戦車大隊は砂地を避け、東側から回りこめ!』
「(そう動くよな、ガーズ。それしか動きようがないからな)」
セゾンは心中で同期に語りかける。
沈黙した僚機に動揺しつつ、それでも戦車大隊は下命どおりに動く、地上戦で戦車は最高火力であり、何よりも強固な盾にならなければならない。ズブリ。嫌な感触が履帯越しに伝わってくる。沼に入ったのだ。ただし沼地程度で、戦車は止まらない。ただの沼ならば。
『ケイト今だ!』『……分かった』
ケイトは三度、自然の力を借りて奇跡を起こす。沼地の水分と粘土、土が混ざり合う。
『戦車大隊! 急速後退!』
ガーズの怒声。が、間に合うはずもなく。
底なし沼に履帯をズブズブと沈める六台に、擲弾が二発ずつ撃ちこまれる。
ケイトは目を閉じたかったが、必死に堪えた。この手で直接、人間を殺してはいないかもしれない。けれど。ヘリや戦車の搭乗員は、確実に死亡した。自分の魔術が原因で。
ケイトは自分の両手を見る。自分の手は、人間の血で濡れていないと言えるのか?
『(もはや中隊規模に……開戦したばかりで)戦車大隊! その場で待機! 進路を探す!』
それが悪手なのは、ガーズ自身が分かっていた。しかし、他に手は無い。
「(セゾン、食えない奴だと思っていたが……ここまでとは)」
「(ガーズ。絶望はまだ早いぜ。お前達が知らない排他領域の恐ろしさは、これからだ)」
両軍の将は互いの姿が見えず声が届かなくとも、戦場で言葉を交わす。
戦車“中隊”は、擲弾発射機の射程外に逃れた。地盤も安全だ。だが、止まってしまった。戦車兵達は結果が信じられず、ハッチから頭を出した。視察口から外を見ようとした。
今度は、グラン率いる狙撃犯の出番だ。八名の狙撃手は、この瞬間を待っていた。
バアウンッ! バアウンッ! バアウンッ! 狙撃銃が一斉に火を吹く。
ハッチから出た頭部は吹き飛び、視察口を覗く顔面に鉛の弾がめり込んだ。
混成部隊は開戦から十分で、戦闘ヘリと戦車部隊を無力化した。
「……隊長、ここは一度、撤退しては?」
それが最適解だと分かっていても。
「五十名に満たない敵相手に、千の兵が撤退だと? 士気にかかわる」
ガーズも一時撤退が本音だった。が、撤退してしまえば、この戦場に舞い戻る自信が無い。
『全軍急速前進! 何があっても止まるな!』
四十六名のグラン達の首を狩るため、千の兵を載せた装甲車が迫る。
『ケイト……』『分かってる……やるべき事を……やるわ』
今度は魔法石の助けは無論、ケイト自身も最大集中を求められる。土の力は借りるが、地中に埋められた複数の人工物を動かさねばならない。その結果、また人間が死ぬ。その行為に嫌悪を抱いても、意味は無い。やらなければならない――追い詰められる。ここは、戦場だから。
百台を超える装甲車が連なって前進するが、速度を上げられない。沈黙の戦車車両が、道を塞いでいるからだ。何より、排他領域の地面だ。硬軟とおうとつがひどいうえに、それを目視しづらい。大地が腐っている。国に捨てられた地は、国の番犬に牙を剥く。
太陽は姿を隠し、代わって月が空に昇りかけている。装甲車は一斉にヘッドライトを点けるが……それでも暗い。まだ夜になり切っていないが、この地の闇は濃く、深い。
十三の隊員達は、手に起爆装置を持っていた。
「(また、同僚を殺すのか……。ケイトが戦っているんだ。俺が折れるわけにはいかない)」
グランは感情を殺して、鬼になる。修羅になる。そうしなければ、狂ってしまう。
またも想定どおり、装甲車はヘリと戦車の残骸、そして排他領域の地面に邪魔され、速度を上げられない。戦場で止まることは死を、鈍化することもまた、同じ結果を導く。
固まった戦車車両を避けて前進しようと、装甲車が左右に分れる。
「今だ」
セゾンの合図で、グラン達は起爆装置のスイッチを押す。指一本の単調な動作。その動作で、ケイトが位置を調整した地雷が爆発する。十トンを超える装甲車が、一瞬、宙に浮く。横転し、後方にひっくり返って後続車を巻き添えにし。二十台を超える装甲車が、地雷の餌食になる。
「ここからは対人戦闘だ。誰も死なないでくれ。必ず、生きて再会しよう」
「はいはい、グラン隊長」「あんたもね」「早くウィスキーが飲みたい」「りょーかい!」
隊員達の返事を、声を聞き、一人一人の顔を見回してから、グランは次の狙撃地点に走った。
『全軍車両放棄! 赤外線スコープ装備! 徒歩にて進軍せよ!』
活路を見出すなら、数がモノを言う対人戦しかない。
『(セゾン、貴様には負けん! 今度こそ勝ってやる!)』
ガーズは任官以来初めて、死を伴う覚悟を決めた。
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