第26話
「中佐。敵性勢力は五十名弱と聞いておりますが、間違い無いでしょうか?」
ブリーフィングを重ねてなお、自分に確認する副長の気持ちをガーズは理解できた。
首都ロペスにある陸軍基地。千の兵はすでに、出動準備を終えようとしている。機関銃に狙撃銃、火炎放射器に擲弾発射機を手に持った兵士達が走り、整列する。百台を優に超える装甲車と二十台の戦車は、いつでも発進できる。そして、六機のヘリ。
他国への威力偵察部隊よりも大規模だ。戦争行為以外の何物でもない。
「中佐、しかも敵性勢力の大半は排他領域の民兵のはずですが……」
副長は困惑して、一個大隊を見渡す。ガーズが見た衛星画像を全兵士が見ている。大半の兵は敵を魔女側と見なし、戦闘意欲は高い。けれど副長のように、士官学校を優秀な成績で卒業した幹部候補生から見れば、眼前の光景は「異常」の一言に尽きる。
「我々が戦う相手には、最精鋭の十三がいる。謎が多い部隊ゆえに、油断するな……」
その言葉が返答になっていないことを、ガーズ自身が最もよく分かっていた。
指揮本部は、ミルン城一階に設営された。将軍のエレン、副将軍のロメロ・フランクリン他、幕僚幹部が詰めている。ロメロは視界の隅で、エレンを見ていた。
「(十三とはいえ、五名に過ぎん。民兵どもは無視していい。なのに、この編成は何だ? 女狐め、何を画策している?)」
嫌悪を隠そうともしない副将軍は、疑いの目を向ける。
真紅の唇でうっすらと笑みを浮かべ、不自然な程の白い肌をした女将軍。彼女は副将軍の射るような視線を浴びてなお、悠然と構えていた。
「やっぱりあいつ等、刺客をガーズにしたか。ヘラー、煙草吸っていいか?」
四大賢者の無言を肯定と受け取り、セゾンが煙草をくわえる。グランが戻ってきた。
「ちょっとグラン! 国は一個大隊で攻めてくるよ! しかもヘリ六機!」
「だろうな」
セリーンの悲鳴に、グランの淡泊な返答。
「あの女将軍がローラなら、手段を選ばずケイトを奪いに来る。人間など、使い捨てだ」
グランがローラの名が出すと、場が静まる。ヘラーは黙って煙草を吸い、ビールを啜る。
ここに来る前、グランは皆にエレンはローラの可能性があると説明していた。十三の五人とマギヌンの四十名には、騙された国軍兵士との戦いだけではなく、吸血の女王とおぼしき女将軍との戦いも待っている。むしろ、そちらが主戦だ。彼女を倒さなければ、永遠に狙われる。
「あんたさっき、ここで迎撃すべきだと言ってたよな?」
グランが確認すると、ヘラーはグラスを置き、灰皿で煙草を揉み消す。
「十三のお前達も、同じ結論だろう」
ヘラーに見透かされた。国軍と戦闘が決まった時点で、数で負けるのは分かっていた。ならば、地の利で勝つしかない。マギヌンは無論、十三も排他領域に精通している。翻って、相手は排他領域での戦闘は初めて。足を踏み入れたこともない。
自国の領土ながら、国家と軍にとって未知の地と兵士。国が切り捨てた因果。
「分かっていて俺の所に来たのは、別の理由があるからだ」
「さすが、四大賢者だ。というわけで、助っ人を頼みたい」
セゾンがアッサリと本音をぶつける。
「断る」
「そう言うと思ってたぜ。全く賢者って人種は、扱いが分からねえなぁ」
即答するヘラー、頭をかくくわえ煙草のセゾン。
「ヘラー……魔法で隠しても、ここも軍に見つかるかもしれない……だから、私達と……」
俯いたまま、ケイト。そんな彼女を見るヘラーの目に、人間らしい温かみが浮かぶ。
「ケイト。グランが先程言ったとおり、俺はこの国と取引した」
グラスのビールを啜る。ケイトは俯いたまま、ヘラーの言葉を待つ。
「俺はこの国で生まれた。物心ついた頃、
ヘラーは新しい煙草に火を点ける。セゾンが、ヘラーのグラスにビールを注ぐ。
「子ども心にも、復讐を誓った。周りの奴等は大人も子ども、生粋のミルン人だ。誰も復讐なんて考えなかった。当時、ミルン国民の希望は一つだった。『早く指導者が現れ、何をすればいいか教えてほしい』。ミルンの国民性だ。ミルンの祖先は、ハーフエル強制収容所の職員達達だからな。自立して考えられる人間達なら、あんな外道をできるわけがない」
ヘラーが喉を鳴らして、大量のビールを胃に流し込む。
「この国の人間達はとっくに、自分の頭で考えるのを放棄していた。俺は幼かったが、他国を恨むのが筋違いなのは分かっていた。他国が種族を越えて世界の脅威へと挑む最中、この国は私腹を肥やした。しかも最終決戦のために手薄になったマテウスを奇襲し、侵攻した。たった一人の独裁者の命令でな。ハーフエルを嬲り殺しにした頃から、この地に住む人間は何も進歩していない。
グランは声も出せなかった。最後の六将と四大賢者。先の大戦では世界の希望であり、今や伝説だ。その賢者の一人は幼少時、復讐の鬼だった。六将の一人は後継者を一本化できず、結果、唯一の血族だった娘を一人で旅立たせる羽目に。これが「英雄」。
「近所に元魔術師で、リンという女性が住んでいた。リンはドラガンの生まれだが、大戦で知り合ったミルンの男と恋に落ち、この国で生きていくことを決断した。愛した男との間に娘もでき、至福だった。その全てを、
「でもあんたは、復讐しなかった」
グランは真っ直ぐヘラーの目を見据える。ヘラーはグランの視線を受け止める。
「しなかった? 実行するタイミングを逃した……リンが俺にかけた転移魔法は、一つじゃなかった」
「……時空転移。ヘラーが既定の魔力量を持ったら、過去に転移する……そうじゃないと、時系列が合わない…‥」
淡々と語るヘラー。苦し気なケイト。
「そのとおりだ。気付いたら俺は、十年ほど、過去に飛ばされていた。場所は変わらず、ドラガン領だ。魔王率いる魔物達との戦争真っ只中だ。転移の術者の中には、事前に転移点――転移する時代を決められる者が存在する。リンがそうだった……」
「なぜ彼女――リンは、あんたに復讐させなかった? 夫と娘を奪われたんだろう?」
それはグランが抱いた率直な疑問だった。
「……俺に、気付かせたかったんだろうな……」
「何を?」
「当時は眠る間もなく、世界のために戦った。世界中で戦った。気が付くと、ミルンへの復讐など無駄以外の何物でないと気付いた……お前達には話せないが、この世界は重大な秘密を抱えている。血吸いの女王など吹き飛ぶ程、世界の命運がかかった秘密だ……」
グランは、ケイトの言葉を思い出す。魔王はまだ、死んでいない……。
「その秘密がどんな結果を迎えようと、再び世界は総力戦を迫られる」
「……第三次世界大戦か」
グランは呻き、ヘラーは軽く頷く。
「その未来の前で、俺の復讐心は小さ過ぎる。そして次こそは、ミルンの民も立ち上がると彼女は信じた。彼女が愛した男は、ミルン人だからな。大戦後、俺は故郷であるここへ戻った」
「この辺りに住んでいたのか?」
グランの問いに、ヘラーは首を縦に振る。
「マギヌンより豊かな村だった。排他領域で斬り捨てられ、滅んだがな」
ヘラーの目が、遠くを見る。彼がどんな景色を見ているのか、誰も想像すらできない。
「俺は、当時のミルン王達と取引した。故郷である排他領域に住み、魔法は使わないと。引き換えに、銃火器と魔法石をたんまり、せしめてやったがな」
「その大半を、マギヌンに渡したのか。そして取引があるから、俺達に手は貸せないと?」
「そうだ。だが、知恵は貸せる」
太陽は、山に隠れたがっていた。もうすぐ、夕刻になる。
グラン達はヘラーの知恵を借りながら、戦場を整えた。後は、迎え撃つのみ。
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