第25話

 レジオの案内で、グラン達はヘラーの自宅を目指して歩いていた。この辺りは底無し沼や砂地が多く、車両での移動には不向きだとレジオから説明を受けた。

「よし、着いたぞ」

 レジオが十三に笑顔で告げるが……目の前には何もない。

「これは……哲学だ。何も無い。けれど、ある。俺達は試されているのか」

「ヘラー、ワシだ。来たことは分かっているだろう」

 考え込むグランをよそに、レジオが呼びかける。と、何も無い空間に輪郭がボンヤリと浮かび上がる。徐々に形を現したそれは、三階建ての塔だった。

「これが四大賢者の姿隠しステルスか。いつでもサーカスで飯が食えるな。羨ましいぜ」

「俺達が来たことを分かっているのなら、もてなせ。四大賢者でも無礼なら殺す」

「セゾン、ヘラーの前では禁煙だ。バウアー、口を閉じてろ。ヘラーは気難しい一面がある」

 レジオの注意でむくれた二人を含め、全員が塔に入る。魔光石で造られた塔は明るく、吹き抜けになっている。

「四大賢者よ。我々は陸軍第十三部」

「さっさと上がってこい」

 上から、低く不機嫌そうな声。グランは隣を歩くケイトに肩をすくめてみせる。

「この塔は、彼一人が魔法で建てたのか?」

「うん、そう……火と水、土魔法に工術があれば……何でも建てられる」

「ミルンの大手は全部倒産だな。火と鉄の国だから」

 螺旋階段を上がりながら軽口を叩く二人を、セリーンが暗い目で見ていた。

「久しいな、ヘラー」

「さっさと座れ」

 塔の最上部は想像よりも広く、人数分の椅子がヘラーを中心として扇形に並んでいる。

「ご無沙汰しています」「お久しぶりです」。次々と挨拶するマギヌン兵。

 レジオ一人で鍛えたには強過ぎると感じていたグランは、納得した。ヘラーからも、マギヌンの兵士達は鍛えられているのだ。

「俺は十三のたいちょ」

「セゾンだろう。ここで敵を迎え撃て。答えを得たなら、さっさと帰れ」

「おい、レジオ。偉大な賢者殿も喫煙してるじゃねえか」

 喫煙しながらテーブルで書物を読み続けるヘラーに、セゾンは苦々しい顔。

「彼は、他人の煙草の臭いが嫌いだ」

 レジオは苦笑し、セゾンは肩をすくめる。

「ホビットよ。誰が飲酒していいと言った?」

 ヘラーの一言で、全員の目がバウアーに集中する。それでもスキットルを口から離さない。

「俺からウィスキーを奪う奴は、最後の六将だろうが四大賢者だろうが殺す。で、誰がホビットだ?」

 相変わらず書物から顔を上げないヘラーは、「ふん」と鼻を鳴らす。ケイトが口を開きかけるのを手で制し、グランは椅子をヘラーの正面に運び、腰を下ろす。ふと、ヘラーが目を上げる。

「……また一人、勇者が増えたか。我等四大賢者でも辿り着けなかった境地に」

 ヘラーが呟く。グラン以外の者には聞こえていないだろう。ヘラーはクリスタル製の灰皿に

煙草の灰を落とすと、書物に目を落としかける。ザクッ。音を立てて、書物に短剣ダガーが刺さる。

 書物を突き刺したグランとヘラーの視線が、宙で激突する。

「早い死を望んでいるようだ」

「四大賢者の中で、あんただけは負け犬だ」

「負け犬……だと?」

 初めて、ヘラーが感情を見せる。

「一人は名誉ある戦死。二人は超大国の王。あんたは僻地に引っ込んでいるだけ。魔法禁止のミルンで賢者が暮らす。国家に土下座でもしたか? あんたは負け犬の晩年を過ごしている」

「負け犬の晩年……グランよ、誰にモノを言っているのか分かっているのか?」

「相手が最後(ケイト)の(の)六将(母親)であっても、俺は言うべきを言う。何かいけないか?」

 ヘラーは溜め息をついて書物を閉じ、木製のグラスでビールを呷る。

「グラン、ワシ等はヘラーの協力を求めてきた。言動に気を付けろ」

「構わんよ、レジオ。久し振りに、耳に痛い事を言われた。大戦以来か……。それで」

「ちょっと待ってくれ! その……緊急にトイレを借りたい!」

 顔を真っ赤にする緊急事態のグラン。呆気にとられるヘラー。

「トイレなら……一階の奥にある」

「すぐ戻る!」

今来た螺旋階段をグランが三段飛ばしで降りる。

「あの腹具合で、千の敵と戦うのか」

 ヘラーの一言で、一向は浮足立った。「四十六の我々に、千の兵士!?」

「ふん、相手の戦力も知らずに来たのか。これを見ろ」

 ヘラーは立ち上がると、棚で鎮座する水晶を持ってくる。成人の頭部より大きい水晶。

「これは物見の水晶。使い魔の術者には必須の魔道具だ。使い魔と視点を共有できるからな」

 使い魔。術者に魂を奪われ、意のままに操られる。通常、虫や小動物に魔法がかけられ、偵察に使役される。

「見るがよい。これが今から、お前達が戦う敵だ」

 使い魔は鳥のようだ。空からの視点で、水晶に“画”が映る。

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