第23話

 ミルン城の会議室には、今日も人影が三つだけ。

 その三人は各々が離れた椅子に座り、目の前のパソコンを見ている。

「これでミルンの兵士どもを総動員して、リヴの娘を狩れる」

 妖艶な笑みを浮かべる女将軍のエレンに、クルーニーとイギンは寒気を覚える。

「……陛下、十三は陛下の命に背き、魔女を殺しました……」

「イギンよ、それが何だというのか……」

 普段は頭が回り、阿吽の呼吸を見せる二人だが、エレンが放つオーラに圧倒されている。

「陛下の勅命違反は…‥明確な裏切り行為であり……その名目で、各軍を動かせるかと」

「うむ……名案だ……」

 バタンッ。二人の男は、飛び上がらんばかりに驚いた。エレンがただ、パソコンを閉じただけで。女将軍は表情が読めない笑みを浮かべたままだ。

「人間どもよ、屁理屈などいらぬ。この衛星画像を根拠とし、全軍を動員しろ」

「しかし、ここミルンで大量の兵を動かせば、他国が」

「他国? 邪魔する国はことごとく、ブラムスが葬ってやるまで」

 王と宰相は、音を立てて唾を飲み込む。二人には、自分が悪だという自覚がある。だが目の前の女は、スケールが違う。悪をも超えた、真の闇の住人。

「人間ども、今後も衛星で奴等を追え。我に都合のいい情報だけ、兵どもに流せ」

「……だが、衛星は空軍の管轄だ。空軍の衛星担当の兵士は、真実を目撃するぞ」

「案ずるな。そ奴等は全て、この私が皆殺しにする」


「嵌められたか。マギヌンのみんな、巻き込んで済まねえ。ま、こっからは俺等だけでやるから」

「その通りだ。これは俺達、軍の問題だ」

「違う。そう知っていて、呆けたフリをしよって」

 セゾンとグランを一刀両断するレジオ。

「これは、この国の問題だ。ミルンに生きる者全ての問題だ。そうと知りながら、保身のために見ないフリをしてきた者が何と多いことか。そのツケが回ってきた。ケジメをつけねば、過去は永遠に追ってくる。ならばここで、過去と決別する」

 そう言うレジオの目を、グランは見た。覚悟を決めた軍人の目だった。

「ふっしぎなんだけど? 何で私達、嵌められたの? 誰か得する?」

 セリーンの素朴な問いは、核心をついている。そんな彼女に答えたのはグランだった。

「俺達は、嵌められたというより利用された。デュリックスと同じだ」

「何のためにだよ? マギヌンのクーデター阻止か? 鼻で笑うぞ?」

 新しい煙草に火を点けたセゾンに、グランが説明する。

「全ては、ケイトを捕えるためだ」

「今さら国をあげて、ハーフエルフを追うわけない。グランとケイト、何を隠してるの?」

 アンリは十三の母親役。その目はごまかせない。グランはケイトを見る。ケイトは俯いたまま、わずかに首を縦に振る。

「ケイトの母親は、リヴ・ブランシェットだ」

「「ブッ」」「へ?」「えーーーっ!?」

 セゾンは煙草を、バウアーはウィスキーを吹き出す。アンリは間抜けな声しか出せず、セリーンは通常運転。

「そしてこれは、プラムが死に際に言っていたんだが……将軍は、ローラ……血吸いの女王である可能性が高い」

 もう誰も、声が出ない。そのはずだったが。

「ねー。私達にはもう一つ、選択肢がありまーす」

 場違いなセリーンの口調。

「ケイトを捕えるか殺して、魔女狩りのために利用しましたーって言っちゃうの! うん、名案! ローラ将軍も大喜び。私達は大出世でニッコリ。あわわわわわっ」

 セリーンが頭を抱えてうずくまる。ソーニャ、リゼロ、イーグル、カフカが照準をセリーンに定め、銃を構えたから。

「全員、銃を下ろせ。セリーン、冗談で言ったんだろう?」

 口調こそ穏やかだが、レジオの目は鋭い。

「冗談冗談ジョーダンッ! マギヌンってジョーク知らないの? (すこ―し本気入ってますけど。だって恋敵は、早めに芽を潰すに限りまーす)」

 マギヌン一向が銃を下ろしたのを確認して、グランが口を開く。

「将軍がローラなら、辻褄が合う。世界制覇を狙うブラムスにとって、最も目障りな種族は、最強と言われるエルフだ。特に、ハイエルフ。ケイトを人質に取れば、ハイエルフの頂点に立つリヴ女王を揺さぶれる」

「ま、そんなトコだろうな」

 セゾンが目を閉じて、紫煙を吐く。

「……私、ローラの所に行くわ……そうすれば……誰も傷つかずに済む……」

「馬鹿を言うな!」

 怒鳴ったグラン自身が、驚いた。ゴホンと下手な咳払いをして続ける。

「この戦いはもう、この国だけの問題じゃない。世界の命運を左右する戦いだ。そして、ケイトを守るための戦いだ」

 決然と語るグランが、ケイトには眩しくて。

「(どうして……どうして、ハイエルフの私なんかを……グラン、できるなら、あなたと……)」

 胸が疼く。でもそれは決して、不快ではなく。その感情を何と呼ぶのか、ケイトは知らない。

「俺達の選択肢は二つだ。将軍が送り込む軍を、ここで迎え撃つか。それともロペスに奇襲をかけ、ミルン城に乗り込み、将軍を倒すか」

 グランの言葉に、十三とマギンン全員が頷く。が、選択肢のどちらが最適解か分からない。

「取り合えず、ここから去るぞ。石器時代の遺物どもの死体がゴロゴロ転がってやがる。長居する気にならん。さっさと相談しに行こう」

「相談? 誰に相談するんだ?」

 グランは、セゾンの意図が読めない。

「誰にって、マギヌンと四大賢者はご近所さんなんだろう? 四大賢者なら、相談にはうってつけだ。みんなで会いに行こうぜ。慧眼の高鷲、ヘラー・ドットに」

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