第22話
途中で車両を隠し、前方を警戒しながら痕跡を追う。やがて、森林地帯に到着した。
「手分けして偵察だ。五分後に、ここに再集合でいいだろう」
一同が散る。命じたセゾンはプッと煙草を吐き捨て――ケイトが宙で煙草を掴む。
「植物達が……痛がる……風が熱いって泣いちゃう……」
エルフは自然とともに生きる。特に植物はエルフにとって、かけがえのない“友”だ。
ゴメンよと謝り、頭をかきながらセゾンも偵察を始めた。
一向は時間通りに再集合した。
「奴等、木の上で生活してやがる。三人程、地上で警戒していた」
「敵兵数は、丁度四十名ね。今の所、私達には気付いていない」
「パシという男がリーダーだ。一人だけスキンヘッドだから、すぐ分かる」
ケイトの手前、煙草を吸わずにセゾンはバウアーとアンリ、グランの報告を受けた。
「狙撃チームは木に登って奇襲かけろ。地上班は、下から狙う。パシって奴は生け捕りだ」
セゾンが言い終わると、全員が戦場へと散っていく。
地上の警戒要員三人が集まって煙草を吸っていると、熟成した木樽の香りが漂ってきた。
「伝説の
三人は驚く間もなく、幽鬼のように姿を現したバウアーに射殺された。
「チッ。狙撃班が奇襲だろうが。あいつ、また腹を下しやがって」
実際に腹を下したグランは、急いで木に登る。
「グラン、間に合わない! バウアーが包囲されてる! 私は撃つ!」
木に登り切ったカフカが擲弾発射機を構え、まだ登っている最中のグランに告げる。
「撃て! 俺もここから撃つ!」
「そんな中途半端な位置と体勢じゃ」
バアウンッ! バアウンッ! バアウンッ! バアウンッ!
グランが四発撃つと、木々から四人の絶命した暗殺者が転落していく。
「カフカ、何か言ったか?」
「さっさとカタつけるって言ったんだよ!」
カフカは手榴弾を放り、
木登りを再開したグランは、後方から伸びてくる枝に気付いていない。
「精霊魔法!?」
魔力を感知したケイトは、枝を伸ばす木に手を触れる。
「お願い、エルフである私の言うことを聞いて。そして、術者を教えて」
ケイトの声を聞いて初めて、グランは自分が襲われかけたことに気付いた。
「グラン、術者の座標を送る」
「送る? 一体どうやって……」
グランは黙った。脳内に、術者の正式な位置が流れ込んでくる。
「これが精霊魔法か……」
その凄まじさに驚愕しつつも、グランは術者を撃った。
五分と経たず、戦闘は終了した。勝因は奇襲が成功したこと。代替わりしたデュリックスの質が落ちていたこと。そして“点”で人を殺す暗殺者は、“面”での戦闘には弱いこと。
混成部隊は、スキンヘッドのパシを取り囲んでいた。後ろ手に縛り、膝をつかせている。
「デュリックスって聞いたときは、チビりそうになったけどな。ま、こんなもんか」
すでに周囲の安全は確保してある。気が緩んだセゾンは、煙草に火を点けた。
「おい、何か可笑しいか?」
不敵に笑うパシをグランが睨む。
「お前達は、何も分かっていない」
その口調は決して強がっていない。それを見抜くグラン。
「お前達の狙いは、ケイトだろう。なぜ、狙う?」
「こんな辺境にいる俺達は、デュリックスの落ちこぼれだ。捨て駒に過ぎない」
スパンッと風を切る音。パシの側頭部をバウアーが蹴り飛ばす。
「ここは排他領域だ。捕虜に関する法の適用は一切無い。拷問も虐殺も、俺達の胸三寸だ」
ウウッと呻きながら、パシが体を起こす。
「答えるか嬲り殺しか。好きな方を選べ」
「お前等、国軍だろう? ミルンの兵士が、無茶な真似をできるわけが、グウッ!」
パシの左太腿を、グランが自動拳銃で撃つ。
「グラン! やり過ぎだよ!」
「なぜケイトを狙うっ? 答えろ!」
アンリの制止も聞かず、グランは吠える。当のケイトはグランの変貌に、顔が真っ青だ。十三の隊員達も、初めて見る荒ぶったグランに困惑していた。何よりグラン自身が、内から湧いてくる衝動に困惑していた。自分で自分を制御できない。この感情は何だ?
「……なぜハーフエルフを狙うかだと? 金が目当てに決まってるだろう」
「嘘を」
「お前はちょっと黙ってろ」
グランの横顔に、セゾンが紫煙を吐く。指揮官の目で一睨みされたグランが、正気に戻る。
「よし、続けろ。ハーフエルフは金になる、だったな?」
「ああ、そうだ。ハーフエルフの皮膚で作ったドレスは高く売れる。その内臓は長寿を促すとされ、やっぱり高値がつく。何てたって、
パァンッ! グランが今度は、パシの右太腿を撃つ。
「あんた、やり過ぎだよ! ケイトだって脅えてる!」
パシが言った運命を辿ったであろう同胞を想い、ケイトは震えた。そんな彼女を、ソーニャが抱き締めている。けれど。
「いや、今のはグランが正しい」
グランが冷静なのを確認するセゾン。その発言に、アンリとバウアーが頷く。
「その通りだ。おい、貴様」
バウアーがパシの首に手を回し、
「ミルンの兵士は拷問もできないと考えているのか? どうだろうな。お前で試してみるか」
バウアーがパシの顔にウィスキー臭い息を吐き、首筋を薄く斬る。
「わ、分かった! な、何でも言うから勘弁してくれ!」
「さっさと言え。俺が気の長い人間に見えるか?」
「お、俺達は雇われたんだ! 傭兵みたいなもんだ!」
「誰に何の依頼をされた?」
「ハーフエルフを捕まえろと……無理なら、殺せと……」
「誰に依頼された?」
「それを言うと、本当に殺される! お前等の方がよく知ってる人間だ!」
一瞬、場が静まった。お前等――十三がよく知る人間。ならば依頼主は、ミルン高官か軍部。
「(四大賢者。最後の六将、リヴ・ブランシェット。俺が勇者……もう、何を聞いても驚かない)」
グランは静かに、自動拳銃をパシの額に突き付ける。
「お前達が、国家の裏切り者に依頼されたのは分かった。その時点で、俺達はミルン政府高官と戦争だ。どこまで範囲が広がるのか、想像はつかないが。だが、覚悟はできた。話せ」
パシは脂汗を浮かびながら、グランと隊員達を見渡す。全員の目に、覚悟が宿っている。
真相を話さなければ、この男は本当に撃つ――。
「……お前達が戦争する範囲は……全軍だ。依頼主は、アッグウッッッウ……」
パシが泡を吹き、白目を剥く。ビクッと痙攣し、倒れる。生気の無い顔は、絶命を確認するまでもなかった。
「おいおい、何がどうなってんだ?」
さすがのセゾンも焦る。
「……闇魔法。呪い。指定した言葉を話そうとすると、心臓が止まる……高位の闇魔法」
瞳を涙で濡らしながら、ケイトが説明する。
「全軍が敵に回る相手……自ずと絞られるな。だが、国家反逆罪で断罪されるのはデュリックスの雇い主だ。例え高官であろうと。どうやって、俺達と戦うんだ?」
グランの疑問を、全員がしばらく考えて。
「簡単だ。魔女狩りの十三が、魔女と組んだ。それで全軍を動かせる」
答えを導いたのは、 ベテランの元兵士――レジオだった。
「ああ、なるほど。セリーン、また空軍にハッキングできるか?」
くわえ煙草のセゾンが、堂々と部下に脱法行為の可否を確認する。
「もっちろーん! 空軍なんて、温(ぬる)いしトロいし」
「じゃあ、衛星の画像を見せてくれ。魔女達との戦闘と、今回の戦闘だ」
そう命じたセゾンはくわえ煙草のまま、空を仰いだ。グランはまた、嫌な予感しかしない。
「魔女との戦闘は……地理的にも見えないな、あ、ダメだ、暗すぎる。唯一映ってるのが、装甲車を奪った魔女を、私とオヤッサンが自爆させて吹っ飛ばしたトコだけでーす」
「今回のは?」
空に紫煙を吐きながら、セゾン。
「えーっと……おお、バッチリ全部映ってまーす!」
まさか、“あの時”も見られたか? それが本当の狙いだったのか?
「セリーン、俺は精霊魔法で、首を絞められそうになった。それを防いだのはケイトだ」
「うーんと……バッチリ映っちゃってるよ、これ? ご丁寧にクリアーな音声付きでーす」
やられた。その衛星画像を見た誰もが、魔女と共闘していると判断する。
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