第21話

 夜になると、レジオが隊員達に自宅の個室をあてがってくれた。

グランは布団に入ったが、眠れそうもない。多くのことがあり過ぎた。

自分が生きていたこと。生々しい夢。レジオ達の最終目標。この近くに四大賢者が……。

「(あ、来た)」

 何だか腹痛に懐かしさを覚えつつも、グランはトイレへ急ぐ。

 用を足して戻ろうとすると、ケイトが俯いて立っていた。

「ここで、俺を張ってたのか? 俺に、話でもあるのか?」

「だって今日は……一度もお腹を下してないし……。話は……」

 的確な判断を下したケイト。相変わらず俯いているが。

「俺の方は、話がある。居間に行こう。誰もいないはずだ」


 レジオに無断で居間に電気をつけ、二人は椅子ではなく、床に座った。明確な理由は無い。そんな気分だった。そんな夜だった。グランは胡坐をかき、ケイトは体育座り。

「ケイト……その……下肢の下着? が見えてるかもしれない……」

「……私の下着が見たくて、誘ったの?」

「馬鹿言うな! あ、オヤッサンみたいな口調になった」

 二人は顔を見合わせ、クスリと笑い合う。

「魔女って……元は……ハーフエルフだったんだね……」

「お前は……お前だけは魔女になんかさせない」

「どうして? ……どうして、私だけなの?」

 尋ねるケイトは頬を朱に染めて。理由を言語化できないグランは焦って。

「グランは、プラムの最後の言葉を聞いたでしょう? 私の母の事を……」

「……ああ、聞いた」

「私の母は、リヴ・ブランシェット。最後の六将で、ハイエルフの女王……それでも、いいの?」

 「いいの?」と聞かれて、グランは困った。何がいいのか悪いのか? きっとケイト自身も、ハッキリと分かっていない。世界有数の狙撃手は、早くなった鼓動に戸惑いを覚えた。

「エルフは不老不死だけど、一応、王位継承者を決めるの……私がいると……ブルームで争いが起きるから……」

 ケイトは、リヴの一人娘だ。純血ならば、後継者争いが起きる余地は無い。

ハーフエルフは同族からも「邪血」と忌避される。邪血が王位継承者になることを、他のハイエルフや高位のエルフ達がスンナリ受け入れるとは思えない。エルフの傲慢ぶりは有名だ。

「だから私は、ブルームを出たの。誰にも内緒で。でも、母に見つかって。私が出て行く事を母は知っていたんだと思う。母は私を止めず、キスしてくれて、笑顔で見送ってくれて……」

 最後の六将にしてハイエルフの女王の心中など、グランには想像しようがない。けれどリヴは、ケイトに外の世界を見せたかったのでは? かつて魔王を倒すため、自身が冒険したように。

「母に……四大賢者のヘラーの元へ行くよう……その、助言されて。それで、ミルンに来たの」

「マギヌンは、ヘラーに紹介されたのか?」

「うん。当時のマギヌンは、とても生活に困っていて……植物魔法が使える精霊魔法は、とても歓迎されて。誰かから感謝されるのも、必要とされるのも初めてだった……」

「精霊魔法の使い手は、人間にもいる。でも術者が、貧困を救ったとは聞かない……同じ人間として、恥ずかしい。でも俺だって、魔女狩りしかできない。誰かを助けたことはない……」

 二人の間に静寂が落ちる。その静寂は濃密で。千の言葉よりも感情的で。静謐な情熱。

「……グランの家族は?」

 いつか聞かれる問いだった。十三には隊員の過去を詮索しない伝統があったから、今まで話さずに済んだ。

「俺は、孤児だった。そんな俺を拾って育ててくれたのが、セントイント教会だった」

 「スッ」とケイトが息を呑む。ケイトも聖イント教会を知っていた……。

「聖イント教会は、孤児を育てる。慈善事業として……ここからは、ケイトも知ってるんだろう? 教会は戦闘素養のある子を暗殺者として育て、任務を遂行させる……」

 ケイトは「あなたはそうなの?」と聞かなかった。知りたいとは思わなかっただろう。それでもグランの戦闘を実際に見れば、答えは出る。

「教会は任務を、世界平和のためと説明する。それが本当かどうか、俺には分からない」

 ケイトは俯いたまま、何かを逡巡していたが……思い切ったように、口を開く。

「私もグランも……望まなくても……世界の平和のために戦う運命にあるよ……」

「へ? それは、どういう意味だ?」

 ケイトは黙って、グランの前に両手を出す。そして、少し魔力を練る。すると、ケイトの額と両手の甲に、星型の紋様が現れる。

「……っ! ケイトっ、これは勇者の紋様じゃないのか!?」

「そうよ……そしてグラン、あなたもプラムとの戦いで、勇者として覚醒した……」

「なっ……」

 グランは絶句した。ケイトが嘘を言っているようには見えない。いや、きっとケイトは嘘なんて言わない。自分が勇者……。勇者に先天性と後天性があるのは有名だ。誰しも、後天性の可能性は秘めているが。まさか、自分が……。最後の六将と同じ、勇者。唯一の光魔法の術者で、唯一、闇魔法が効かない。世界を照らし、巨悪を倒す宿命を帯びる……。世界の希望。

「グラン、後天性勇者は覚醒すると、夢を見るの。あなたは起きる前、うなされてて……」

「……ああ、夢を見た。地下神殿らしき所で、五人の仲間とともに、少女と戦っていた……」

「やっぱり……。理由は誰にも分からないけど、いつからか後天性勇者は、最後の六将の誰かと意識が繋がって……その人が見た記憶を共有するようになるって、母とヘラーは言ってた」

 記憶の共有。夢の中で「魔王」と呼ばれる少女と戦ったが、トドメは刺していない。

「ケイト、魔王はもしかして、少女の姿をしているのか? そして今も生きている……」

「そうよ……母が私にだけ、教えてくれたの……魔王は少女の姿をしていて、まだ……」

「まさか……」

言った側から、グランはそれで辻褄が合うことに気付く。

 伝説によれば、魔王が死ねば、眷属である魔物達も滅ぶ。しかし魔物は、跳梁跋扈している。

 何より、吸血鬼の女王が宣戦布告するのが早過ぎる。敗軍の将とは思えない。

 しかし魔王が生きているのなら、話は別だ。だが、引っ掛かりもある。

「魔王はなぜ、姿を見せない? 生きているのなら、ローラすら眷属だ。そうならば……」

 そうならば大戦は終わらず、世界は闇に覆われたままだ。寄せ集めの同盟は長期戦に耐えられず瓦解し、この世界は魔王の手に落ちているはず……。

「母も全ては話してくれなかったけど……いつか必ず、北大陸の女王を訪ねろって……」

 北大陸は氷壁で南北に寸断されている。北側には世界最大の機密があると噂されているが、最後の六将にして女王が守り通している……。

「ケイト、もう寝よう」

 唐突に話し終えるグラン。まだケイトと話していたいが、ガラスの腹が許してくれなかった。

 ケイトのように居間の外で話を聞いていたセリーンは、慌てて部屋に戻った。


 翌日、十三とマギヌンの混成部隊は、イーグル達がデュリックスに襲われた現場にいた。

「奴等、遺体は回収したか。正体がバレてねえと踏んで、痕跡は消してねえけどな」

 くわえ煙草のセゾンが、まだ新しいタイヤ痕を目で追う。

「奴等がデュリックスであることを、あんたはヘラーから聞いたんだろう?」

「そうだ。そしてイーグルによると、奴等の狙いはケイトらしい」

 グランの問い掛けに、レジオは素直に答えた。

「ケイトが? 一体、何のために? そもそも、なぜ奴等はケイトの存在を知っている?」

 グランの問いに、レジオは肩をすくめるだけ。彼にも分からないらしい。ケイトに目を向けるが、彼女もまた首をゆるゆると横に振った。

「奴等から直接聞けばいい」

 バウアーの案しか策は無い。一向は装甲車とジープに分乗して、タイヤ痕を追った。

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