第19話

 通路は行き止まりだったが、それなりの空間――戦える空間がある場に出た。

「特等の魔女とはいえ、観念した……なわけないか」

 グランが二本の剣を構える。対峙するプラムの目から、闘志と憎悪は消えていない。

 ふと、頭に浮かんだ疑問をグランはぶつけてみた。

「千年を生きる魔女よ。何がそんなに憎い?」

「この世界の全て、だ」

 そこへ、ケイトが姿を現す。細剣レイピアを手に持って。

「お前の疑問への答えが、姿を現した」

「ケイトが?」

「グラン……この場は危険だよ……魔力で……ううん、闇の魔力で満ちてる」

 グランは腰を落とし、間合いを詰めるタイミングを計る。プラムは魔力を練る。

 レジオも経験者だろうが、グラン達十三は、打物で魔女を狩ってきた。魔道具のピアスは空間魔法と同じく、自在に物を出し入れできる。メリットは二つ。一つは、持ち運びに便利なこと。もう一つは、魔女に十三が全力を出せる武器奥の手である武器を隠せること。

 プラムが氷結を発動したのと、グランが踏み込んだのは同時だった。黒刀が幾重にも分かれて円球を作り、グランを包む。黒刀が閉じると、辺り一面が氷結されていた。だがグランは意に介さず、上段から剣を振りかぶる。が、プラムの防衛魔法に阻まれる。

「空間を斬る剣も、斬れる空間は狭いようだな」

 プラムが笑う。

「プラム。お前は大した奴だ。その脚からの出血量で、まだ戦うとは。けどな」

 バシュッ。プラムの右肩が斬り裂かれる。ヤヨイの空間斬りが間一髪、届いた。

初めから十三が打物で戦わない理由は一つ。魔力の消耗が著しいからだ。今のように魔力を集中させれば、斬れる空間は広がる。ただし代償は大きく、グランに魔力はほとんど残っていない。

「お前達のせいで、あの女は殺せそうにない。人間にとっても悪い話ではなかったろうに」

「あの女? 誰のことだ?」

 それに答えず、プラムは宙に火炎球を八つ、氷柱を十二本浮かべる。

「(あと一撃が限界だな)」

 プラムは両腕を掲げ、一気に下げた。火炎球と氷柱が高速でグランに迫る。黒刀を前方に展開しながら、グランは足捌きで一気に間合いを詰める。黒刀でも防ぎ切れなかった火炎球がグランの身を焼き、氷柱が刺さる。

「絶対防御の“早雲”ですら……防げない魔力か……」

 ゴフッとグランが吐血する。そんなグランを見るプラムは、無表情だった。

 プラムの胸部を“ヤヨイ”が刺し貫いていた。プラムは黙ってヤヨイの刀身を握ると、自分の胸部から抜く。そのまま壁際まで後退し、血痕を残しながら壁伝いにヘタリ込む。

「グラン!」

 ケイトが駆け寄り、治癒魔法を発動する。

「グフッ……ケ、ケイト……プラムに……トドメを……」

 ケイトの目がグランとプラムの間を忙しなく行き来する。

「……もう、遅い。二十四時間以内に心臓が止まる呪いを……この一帯に……放った」

 プラムの片手から、魔法石五つ分の砂塵がこぼれる。

「う、嘘をつ、つつ、つくな……まだ、魔女お前の仲間は生きて、グフッ」

「仲間ごと……さ」

 自身の血液で血まみれになったグランとプラムが吐血する。

「ケ、ケケ、ケイト……魔法……を、解除……」

 それ以上、グランは話せなかった。目は霞み、音が遠くなっていく。

「ふん……む、無理だ……ち、治癒魔法を使って……ま、まま、魔力が……」

 無理だというプラムに、ケイトは魔法石五つを見せた。それを握り、魔法解除に当たる。

「準備のいいことだ……だが……ハーフエルフでは……なっ……解除……しやがった……」

 ケイトは魔法石五つの力を借り、呪いの解除に成功した。だが、彼女の顔面は蒼白だ。

「ど、どうしょう……グラン……外に出た人の一人に……解除が間に合わなかった……」

 泣き出しそうなケイトを見るグランの瞳には、優しさと感謝が込められていた。

「グラン、あなたは救うから……あなただけは救うから!」

「名をケイト……というの、か……やめて、お、おお、おけ……」

「何を言ってるの? ……私はまだ……魔法石無しで治癒魔法を」

「人間との恋は……ふ、不幸を招くだけだ……。ハーフエルフの大先輩からの……ち、忠告」

「え……ハーフエルフ?」

プラムが発した言葉の前半を、ケイトは聞き取れなかった。だが、後半はハッキリと聞こえた。「ハーフエルフ」。

「ケイト……ああ、そうか。あのリヴの娘が、そんな名前だった……」


 意識が消えゆくなか、グランの耳にプラムの声だけが聞こえてくる。

 「最後の六将」にして、ハイエルフルの女王、リヴ・ブランシェット。彼女は同じ「最後の六将」と恋に落ちた。けれど愛した男は、人間だった。初めから実らない恋だった。しかし彼女は愛した男の子を妊娠し、出産した。その子は、ケイトと名付けられた。

 有史以来、災厄を招くとして、ハーフエルフは憎悪と蔑視の対象だった。やがて世界は、人間が百以上の国に分かれて殺し合う戦乱の世になった。いくさは常に、人を狂わせる。人間の狂気の矛先は、ハーフエルフに向いた。当時、ミルンは未開拓の荒野だった。人間達はハーフエルフを極東の島国に閉じ込め、暴行し、虐殺した。

 統一王と魔王が現れるまで、ミルンはハーフエルフの檻だった。統一王はミルンを解放したが、その前に、多くのハーフエルフが魔王によってミルンを脱した。魔王への忠誠と魔女になることと引き換えに。その一人目が、大魔女・ジルだった。ジルの片腕が、プラムだった。

 最後の六将によって魔王がブラムスから陥落すると、吸血鬼の女王、ローラがその地位に就いた。プライドが高い吸血鬼達は、ハーフエルフ上がりの魔女を見下した。ジルは仲間を守るため、ローラの軍門に下った。一方、プラム達反ローラ派はブラムスを脱した。いつの日かローラを殺し、魔女が支配する世界を目論んで。そして、好機はやってきた。何を企んだか、ローラがミルンの最高幹部に化けた――そう、プラムは魔女仲間から聞いた。ローラを殺すため、プラムはミルンに舞い戻り、魔女達を束ねた。

 そこで、プラムの言葉は切れた。千年を生きた魔女は、死んだ。そしてグランも、意識を失った。ケイトはグランを治癒しながら、意識を外に向ける。


 リーンは十三の装甲車に乗り込んだ。運転方法は知らないが、飛翔魔法で車両ごと宙高く舞い上がった。

リーンは、魔女の敗北を悟った。ならば、追ってくる人間二人を道連れにするまで。

「おお、自分から棺桶に入ったぞ。セリーン、ドカンと花火よろしく」

「帰りは一台になっちゃいますが、ドッカーンといきまっしょ!」

 ケイトがパソコンで、装甲車の遠隔自爆を起動する。宙で、大爆発が起きる。

 八百年を生き、プラムの片腕でもあった魔女は、ミルンの地で爆死した。


「どうして? 私は闇魔法を解くために、光魔法の守護を放った……けれど、あの人は……私を拒否した……だから、守護できなかったのに……なぜ、あの人に闇魔法がかかっていないの?」

その時。ケイトは確かに見た。グランの額と両手の甲に、星型の紋様が浮くのを。

「……っ! 勇者の紋様……! グランは、後天性勇者……」


目の前に大剣を構え、漆黒の鎧を着た……少女がいた。十四歳程だろうか。そしてなぜか自分は五人の仲間とともに、少女と戦っていた。光速で剣を斬り結び、最大破壊魔法をぶつけ合い……人外の戦闘が終わると、血まみれの少女が横たわっていた。仲間が叫ぶ。

「魔王にトドメを刺せ!」


 目が覚めると、動悸と息切れがした。上体をガバッと起こす。

「あ、グランが目ぇ覚ました! あっれー、バイタルは正常なのに、ひっどい顔してる」

 セリーンがいた。自分が寝ている布団の周りに、十三の仲間達がいた。

ここは……レジオ宅の居間だ。

「死んだかと思った。吸うか?」

「喫煙を勧めない!」

「気付けに飲め」

 くわえ煙草のセゾン。怒るアンリ。スキットルを傾けるバウアー。全てが、いつも通り日常

「俺は……俺達は……プラムを……魔女を狩れたのか?」

「……それがな。生け捕りが鉄則だが、全員、死んじまった」

 セゾンが頭をかく。

「オヤッサン、俺達は……少女と戦ったか? その、魔王……少女にトドメを刺したのか?」

「少女? 若く見える魔女はいるが、二百歳は超えてるぞ? 変な夢でも見たんだろう」

 夢、か。それにしては、生々しい。けれど、今はそれより。

「魔女をころ……倒したのなら、帰還だな……」

「その事なんだが……マギヌンの奴等が全員揃ってから、ちょっと相談だ」

 リビグンの外で、ケイトは耳を澄ませていた。

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